サードシーズン2009年1月
私的映画宣言
取材したベニチオ・デル・トロ様に目の前でウインクされ、あまりの衝撃に「ひゃあ」と小声をもらしてしまった。質問全部ぶっ飛びそうなほど頭、真っ白。ウインク効果、恐るべし。そして、ウインクされたのは生まれて初めての経験!
お正月映画絡みの仕事がひと段落したと思ったら、賞レース関係の仕事が舞い込む時期に。シネマトゥデイさんで、またオスカー予想特集があるのかどうかはわからないけれど、施行するあかつきには超真剣予想でアタマ取りに行くぜ!
賞レースがスタートし、いきなりブランジェリーナがゴールデン・グローブ賞にWノミネート。アンジーは無理だろうけど、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』で熟成演技を披露したブラッドには、ぜひとも! ゴシップ好きとしては、ジェニファー・アニストンの心境が知りたい。
2009年公開作ってことで『天使と悪魔』の原作をダラダラと読了。映画が楽しみに。原作モノといえば、数年前に翻訳した小説が、ニコール・キッドマン&シャーリーズ・セロンのオスカー女優コンビで映画化されることになり、軽くテンションアップ!
ミラーズ
悲しい過去を持つ元警官が、鏡にまつわる恐怖劇に立ち向かう戦慄(せんりつ)のサスペンス・ホラー。監督は『ハイテンション』のフランス人監督アレクサンドル・アジャ。テレビドラマ「24 TWENTY FOUR」のジャック・バウアー役でおなじみのキーファー・サザーランドが出演を熱望し、主人公の元警官を演じている。共演は『アドレナリン』のエイミー・スマート。不条理な恐怖を現実の出来事として描いた、謎が謎を呼ぶ驚がくの展開が楽しめる。
[出演] キーファー・サザーランド、ポーラ・パットン
[監督] アレクサンドル・アジャ
『ハイテンション』『ヒルズ・ハブ・アイズ』で一躍ホラー界の寵児に祭り上げられた、フランスのゴア・プリンス、アレクサンドル・アジャ監督。彼がジャック・バウアー(キーファー・サザーランド)を迎えて作り上げたこの超常現象スリラーは、一応リメイクだが、オリジナル(韓国映画『Mirror 鏡の中』)のいくつかの基本設定を残しつつ、アジャ監督らしいニヒルで陰惨かつブルータルな世界へとドラスチックに改変。ゴア度はさほど高くないので、その筋のファンには多少物足りないかもしれないが、後半のオカルトな展開は何だか懐かしいにおいを漂わせつつ、十分に凶悪なスリルを堪能させてくれる。
キーファー・サザーランドの作品選びのうまさにうなった。ジャック役でこれだけ人気者になると、普通はまったく違うキャラを演じたがるもの。が、彼は自分がジャックにしか見えないことを見越して、あえて本作を選んでいるのだと思う。今回の主人公のような突然キレる暴走キャラでも、彼が演じれば説得力があるし、観客も大喜びだろう。映像はすさまじく恐ろしいが、ジャックならきっと助けてくれる。そんな安心感も手伝い、結構怖いのも耐えられる。
霊と怨念(おんねん)、狂気と苦悩、鮮血に惨死。ホラー映画に備わっていてほしいさまざまな要素が見事にかみ合っているうえに、言っていることを信じてもらえない主人公の苦境という設定の妙もあり、新世代ホラーの旗手アレクサンドル・アジャ監督の才能を改めて見せつけられた。鏡の描写の不気味さは言うまでもなく、目の前の自分が違うことをするのだから、夜中に鏡を見るのはとりあえずやめとこうと思わせるのに十分。エイミー・スマートが大熱演する、2008年の映画中もっともむごくてインパクトのある死に方だけでも観る価値アリだ。
韓国ホラーのリメイクだが、本家ほどおどろおどろしさがなく、まったく怖くないというお粗末さ。鏡に宿ったまがまがしいものが反射する素材などを使って人間に悪行の限りを尽くすアイデアはいいが、主人公との関係が希薄で、観ていて「?」となることしばしば。鏡に魅入られたわけでもないのになぜ狙われるのかが最後までフに落ちず。精神を病んだ少女を鏡療法(これもウソっぽ過ぎ)にて治療した結果、実はエクソシストでしたっていう展開にも失笑。「24 TWENTY FOUR」シリーズで復活したキーファーの格が下がりそうな出来映え。
深夜のデパートに、突然現れる“何か”。このあたり、アジャ監督らしく神経を逆なでする演出で、上々のスタート。ドアノブや水たまりなど、あらゆる反射物が危険という発想も斬新だ。ただ、肝心の鏡が死を呼ぶエピソードは、顔がゆがむ程度はともかく、やや映像にやり過ぎ感もあり、怖いけど笑っちゃう微妙な空気が漂う。しかも魔物の根源にあいまいな部分が多く、観た後にモヤモヤが……。結局、最も印象に残ったのは、鏡を意識した美しいオープニング・クレジットでした。
ヘルボーイ/ゴールデン・アーミー
地獄生まれの異色ヒーロー、ヘルボーイが活躍するファンタスティック・アクションのシリーズ第2弾。今回は、皮肉屋の赤色モンスター、ヘルボーイの前に、魔界の王子と伝説の最強軍団ゴールデン・アーミーが立ちはだかる。監督は『パンズ・ラビリンス』のギレルモ・デル・トロ。ヘルボーイを演じるのは、前作に引き続きロン・パールマン。見た目は怖いが心優しきヘルボーイの活躍と幻想的なビジュアル世界、さらにはユニークなクリーチャーが多数登場するアクションシーンに注目だ。
[出演] ロン・パールマン、セルマ・ブレア
[監督・脚本] ギレルモ・デル・トロ
天才鬼才ギレルモ・デル・トロ監督の、モンスターへの偏愛と原作コミックへの情熱がこれまでかというぐらいに込められたボリューム感満点の、現集大成的快作。型破りのヒーロー、ヘルボーイの豪快さとおちゃめぶりも健在。一見、男くさいアメコミ・アクション映画のようだが、2つのラブストーリーを巧妙に絡めつつ、ドラマ性の高いバランスの取れた作品に仕上がっている点で、男性のみならず女性も十分楽しめるはず! いよいよデル・トロ監督は、次回作『ザ・ホビット』(原題)2部作で、一気に巨匠への階段を駆け上がる。
オープニングからリズとヘルボーイはいきなり倦怠期。妙にリアルなリズのお小言にデル・トロ監督のプライベートを垣間見た。さらに「世界中の人が敵になってもわたしはあなたの味方よ」というリズの母っぽい言葉にドキリ。これもきっと監督にとって思い入れのある言葉なのでは。今回はあのクールなエイブもヘルボーイと恋愛談義を繰り広げるなど、幸せいっぱいモード全開。それだけに死の天使とのダークな契約が引っかかる。早く続きが観たい!
フィギュア付きDVDも購入した前作のファンとしては、デル・トロ監督がさらに思い入れをこめて描く続編を嫌いになれるはずがない。皮肉を言いながら怪力任せのアクションを繰り出すヘルボーイの勇姿だけでとりあえずはオッケーだが、相変わらずのダメ男である点もイイ。恋人リズに「CDで持っているならレコードは捨てなさい」と怒られ「捨てられないんだよ!」と逆ギレする姿はオレ的シンクロ度120パーセント。恋の悩みを抱えた盟友エイブと一緒にビールを飲んで語り合うシーンは、涙なしでは見られない。ラブストーリーとしてもイケてると思うぞ。
異形のヒーローが超常現象絡みの事件を解決するシリーズ第2弾だが、前作よりもデル・トロ監督色が濃厚。人間の反旗を翻す魔界のプリンスをはじめ、超常現象チームの新ボスや新登場のクリーチャーの醜悪な造形美はもちろん、VFX映像もパワーアップ。またドラマ部分も笑いとペーソスを上手に組み合わせ、ヘルボーイやリズ、エイブの人間くささ(?)が加味される結果となっている。アメコミ映画というとアクション・ヘビーなものが多いが、ストーリー性を重視した製作陣に拍手。環境問題を絡めたのはトレンドだろうが、安っぽくなった印象が残った。
『パンズ・ラビリンス』で巨匠の地位を獲得しても、この新作でのデル・トロ監督は、まるでおもちゃで遊ぶ無邪気な子ども。初心を忘れない姿勢がいいねぇ! アナログ重視の“キモかわいい”クリーチャーたちは、何でもCGの時代に対して逆に新鮮だし、シリアスなアメコミヒーローにそっぽを向けるように、酒飲んで、ラブソングまで熱唱するヘルボーイは、1作目以上に魅力的なのだ。アクションと笑いのミックスを柔軟に受け入れられる人には、至高の作品になるでしょう。
チェ 28歳の革命
歴史的な人物の伝記映画の中でも、ベストな出来ではなかろうか。チェ・ゲバラという世紀の革命家の情熱と生き様、そのカリスマ性を体現したベニチオ・デル・トロの魂がこもった演技が、とにかく素晴らしい。キューバ革命の戦いを縦軸に、革命後の国連総会での名演説シーンなどを横軸として織り交ぜ、説明的なシーンを排した、スティーヴン・ソダーバーグ監督らしいクレバーかつクリエーティビティーに富んだ作りとなっている。クライマックスの壮絶な戦闘シーンもひたすらリアルで圧巻。ゲバラの意外な側面と熱き野心、そして彼がいかに世界を変えたかという、その大きな足跡の一歩をこの映画を観て確認してほしい。
観終わったころは、すっかりチェ・ゲバラの顔を忘れるほどベニチオ=チェな気分に。特に終盤のベニチオは自信に満ちあふれ、男もほれそうな色っぽさ。ゲバラもまさにそうだったんだろうとオーバーラップ。ベニチオっていつも相当な時間をかけて役作りしている印象だけど、今回もリサーチ7年って……時給換算するといくらなの! 一分一分の重みがほかの作品とはケタ違いなんだもの。何度でも観れば、そのたびに絶対新たな発見があるはず。
チェ・ゲバラを英雄的に描こうなんて気はサラサラないソダーバーグ監督の視点はドラマ的にサービス精神ゼロ。革命闘争に取り組んだゲバラの姿をひたすら淡々と描くのだから、ゲバラに関心のない人は退屈してしまうかもしれない。が、真剣に向き合う観客には確実に、それなりの熱いモノを返してくれる。勝者に都合のいい戦利品を拒絶し、革命という概念にあくまで潔癖であり続けるゲバラの姿に、あるべき男の哲学を見た。強烈にあこがれるものの、こんな風にはなかなかなれません……。
Tシャツのモチーフとしてのチェ・ゲバラが好きだったり、何となく「革命、クール!」と思っている若者を平伏させる骨太作品。フィデル・カストロに賛同して革命決起し、ゲリラ戦や共同体設立、革命の代弁者としてのゲバラの役割がいかに大きかったかを丹念に描くソダーバーグ監督の筆致、カリスマ指導者を完ぺきな演技で体現したベニチオの実力にぐいぐい引き込まれていく。とはいえ、ゲバラをヒーロー視過ぎた感は否めない。世直しを志すゲバラの純粋さは美しくもあるが、「木を見て森を見ず」という印象もあるのだから。余談だがカストロ役の役者のコピーぶりに関心。ソックリ!
聴衆を圧倒する国連での演説や、持病のぜん息との闘いなど、「チェ・ゲバラはこうであったろう」と納得させるベニチオ・デル・トロの渾身の演技には心震える。キューバ革命に至る道のりや、ゲバラが呼吸していた空間を、この映画は観客に共有させ……と書くと傑作みたいだけど、何度となく物語は停滞し、退屈を感じるシーンも多数。きっとソダーバーグ監督は、革命の裏にある停滞や退屈のリアリズムまで追求したのだろうね。でも、もう少し映画としてのダイナミズムが欲しかった。