『月に囚われた男』特集第2弾:映画ライターレビュー 魅力を語る!
月に囚われた男
4月10日より恵比寿ガーデンシネマほか全国公開
地球から最も近い星「月」で何かが起こっている! インディペンデント作品ながら英米の映画賞を席巻し、デヴィッド・ボウイの息子の監督デビュー作としても話題の映画『月に囚われた男』が、いよいよ日本上陸。神秘的な映像美もさることながら、未知の環境、底知れぬ孤独……スリリングなドラマに備えよ!
新たな才能を発掘するサンダンス映画祭で話題を呼び、英国アカデミー賞の新人監督賞をはじめ、欧米の映画賞で高く評価された本作。宇宙飛行士のサムは世界最大の燃料生産会社との契約により、月面でただ一人、鉱物採掘の任務に就いている。話し相手は人工知能を搭載したコンピューターだけという3年間の孤独な作業。それが終わりに近づこうとしていたある日、幻覚を見るようになった彼の目の前で、さらに不思議なことが起こる。幻想に現われる黒髪の女性の正体は? そして目の前にいる自分とそっくりな男は誰なのか? 一人3役をこなしたサム・ロックウェルの演技と緊張感みなぎるドラマから目が離せない。
VFX重視のハリウッド映画とは異なり、イギリス映画らしいアーティスティックなこだわりを随所に見せている本作。月面の静謐(せいひつ)なたたずまいはもちろん、白を基調にした宇宙船内のデザイン、オールドスタイルの通信機などのセットがレトロフューチャーな雰囲気を醸し出している。また、ミュージックビデオを手掛けてきた監督らしい、観る者に主人公同様の不安を感じさせるBGMの使い方、カット割りと……センスの良さをうかがわせる。
英国SFの先人にオマージュを捧げている点にも注目。主人公に語り掛ける人工知能ガーディは『2001年宇宙の旅』のコンピューターHALを連想させずにはいられない。また、異星での孤独を描いた点は、監督の父デヴィッド・ボウイが異星人を演じた『地球に落ちて来た男』の逆バージョンともいえる。そして『未来世紀ブラジル』の管理社会への警鐘にも似た、深みのあるテイストも味わえるだろう。
本作でデビューを飾ったダンカン・ジョーンズ監督は大物ミュージシャン、デヴィッド・ボウイの息子……と聞けば親の七光りと思われるかもしれないが、そんな先入観はあっという間に払拭(ふっしょく)される。アーティストとしての確固たるコダワリは父譲りかもしれないが、志向性は前衛的な手法を好んだ若き日のボウイとは一味違う。一人の男の孤独を突き詰め、その内面を見据えた演出は丹念にして緻密(ちみつ)。狂気ぎりぎりの心理の緊密な描写に加えて、権力に対して反撃する一個人の反骨心を軸にした力強いメッセージも胸に響く。伝えたいものを胸に秘めた若い才能が、洗練された手法でそれをはっきりと表現してみせた。『月に囚われた男』は、ジョーンズの技量をしっかり感じ取れる力作なのだ!
映画周りのフリーライター。「ぴあ」「DVDでーた」「この映画がすごい!」等で執筆業を展開中。アクションとスリラー、コメディー等のエンタメ映画を日々の糧にしながら日夜奮闘中。