第22回 アメリカで大論争! 『エアベンダー』の配役は人種差別か?
LA発! ハリウッド・コンフィデンシャル
LA発!ハリウッドコンフィデンシャル
アメリカで大論争! 『エアベンダー』の配役は人種差別か?
いよいよ7月! 気が付いたら1年の半分が終わっていた……という感じのわたしですが、皆さんの上半期はいかがでしたでしょうか?
さて、夏の大作シーズン真っ盛りのハリウッドですが、実はその大作のうちの1本をめぐってアメリカでちょっとした騒動が起こっています。その作品とは、『エアベンダー』。「キャラクターの人選が人種差別だ!」ということで、同作とその監督であるM・ナイト・シャマランがやり玉に挙げられているのです。
映画の公開前夜と封切り当日、上映館の前に抗議団体がプラカードを持って集合し、人種差別反対運動を行った様子は、テレビのニュースで報道されるほどでした。一体、『エアベンダー』の何がそこまで問題だったのでしょうか?
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単一民族を基盤に発展してきた日本では、人種間に走る緊張というのはアメリカに比べて格段に低く、ましてや娯楽作品を相手に人種差別を抗議するような行動はめったに見られません。しかし、アメリカはネイティブ・アメリカン(俗に「インディアン」と呼ばれている人たち)以外は、234年前以前に他の国から来た人々を基盤に構成された国です。長い年月がたっているにもかかわらず、残念ながらアメリカでは依然として人種間に走る緊張が存在し、ちょっとした事をきっかけに、このように表面化してくることは多々あるのです。
今回やり玉に挙げられた『エアベンダー』は、アメリカのケーブル局カートゥーンネットワークで放映中の『アバター・ザ・ラストエアベンダー』というテレビアニメを基に制作された実写版映画。アニメに出てくるキャラクターは、ほとんどがアジア人とイヌイット族(エスキモーの人種)の様相を呈するキャラクターで、テレビを見ていたファンは、実写版でも当然変わらぬ人種で映画化されると思っていたのでした。ところが、いざキャスティングが発表されてみると、ほとんどが白人俳優だったのです……。
ロサンゼルス・タイムズ紙インターネット版にこのことが取り上げられると、瞬時に100件以上の書き込みがなされるという反響のすごさで、「アジア人俳優はただでさえハリウッドでの仕事が少ないのに、オリジナル・アニメを無視したこの人選は一体何なんだ!」といった怒りの投書がドッサリ寄せられました。
映画の監督M・ナイト・シャマランがインド系であるということもそんな人々の怒りをあおる結果となったようです。「同じ有色人種で同胞を擁護すべき立場にある監督が、率先して有色人種であるキャラクターのキャスティングで白人を起用をするとは一体どういうつもりなのか!?」、そんな内容のブログがインターネットのあちこちで見られ始めました。これと同時にアジア人団体やアジア系の俳優たち、ならびにハリウッド業界の見識者なども意義を唱え出し、『エアベンダー』の製作スタジオであるパラマウント・ピクチャーズに抗議するようになったのです。
これに対して、スタジオからの公式返答はありませんでしたが、2009年初頭には映画の主要キャラクターであるズーコ王子役として出演が決まっていた、人気歌手のジェシー・マッカートニーが突如降板。代わって『スラムドッグ$ミリオネア』で注目を浴びたデヴ・パテルが起用されました。
デヴ・パテルは皆さんもご存じかと思いますがインド系の俳優です。主要キャラクターに有色人種の俳優が決定! ということで、抗議団体の怒りが収まるかと思いきや……公開が近づくにつれて、『エアベンダー』騒動の勢いは増すばかりとなったのでした。ついには一般のニュースでも扱われ始めたこの騒動、その理由はデヴの役柄がある意味では「悪役」ともいえる火の国の王子だったからです。結果、抗議団体は、「有色人種は悪役にしか起用されないのか!?」と言い出したのです。もはや、彼らの怒りはとどまるところを知りません……。
ついにはシャマラン自らが、この件について弁明することになりました。シャマラン監督は映画サイト「インディームービーオンライン」のインタビューで、この人種差別騒動に関する質問に対して、「テレビアニメ『アバター・ザ・ラストエアベンダー』のキャラクターは、見るファンによってどんな人種にでもなりえる要素を備えている。僕がこの番組を見るときはインド人である僕の家族を重ね合わせて見ている。きっと他のファミリーはどんな人種であれ、自分の家族にキャラクターを重ね合わせて番組をエンジョイしているに違いないんだ。この作品はそういった人種の分け隔てを感じさせないところがいい」と話し、「デヴ・パテルが有色人種だから悪役に起用したって? それこそ人種差別発言だよ。僕はこの映画を作るとき、アジアの特色を生かすように細部まで気を配った。細かいところではキャラクターの名前の発音からして、アメリカ式発音ではなくて語源を大切にしたオリジナルの発音を保つようにと指導したくらいだ。それなのに人種差別のやり玉に挙げられるなんて、心外もいいところだ!」と怒りをあらわにしたといいます。
皆さんは、オードリー・ヘプバーン主演の映画『ティファニーで朝食を』(1961)をご覧になったことがあるでしょうか? 同作には、ミスター・ユニオシというワケのわからない名前の奇妙な日本人キャラが登場するのですが、これをミッキー・ルーニーというコメディアン俳優が演じているのです。幼いころ、この映画をテレビで観たわたしは、妙なメイクを施して変なアクセントで話す白人俳優を見て、子どもながらに非常に不愉快だったことを覚えています。
『ティファニーで朝食を』から50年近くがたった現在までに、東洋人の描き方に大きな進歩はあったものの、今回の話題になっているような問題はまだまだ残っており、人種差別問題の根の深さを思い知らされます。
ただ一方で、人種差別を減らすためにアメリカが過敏になり過ぎているという事実もあります。確かに、2009年の大失敗作(!?)『DRAGONBALL EVOLUTION』にあったように、東洋人であるはずの悟空役が白人俳優になっていたりという、不思議なチョイスがハリウッドで横行しています。しかし結局のところ、もしもアジア系の俳優の中に、「英語も話せるし、悟空役にはコイツしかいない!」と監督に思わせるような人材がいたら、恐らくスタジオ側も放っておかなかったと思うのです。膨大な予算がかかっている大作になると、映画の売り上げを重視して主役の人選はスタジオが権限を持つという場合も往々にしてありますが、キャスティングの権限は基本的には監督にあるわけで、監督のお眼鏡にかなえば、白人だろうが東洋人であろうが関係ないわけです。
ハリウッドのキャスティングが白人俳優に有利であるという事実は確かに否めません。しかし、ジャッキー・チェンやジェット・リー、そして今や日本を代表する世界的スターとなった渡辺謙の活躍に見られるように、アジアの俳優たちもここ数年かなり台頭してきています。結局は商品である映画を扱うハリウッドでは他の商業同様に、「需要があるから供給がある」という経済理論が成り立っています。よって、原作を無視したキャスティングにうんざりしたファンが、そういった映画をもっと要求しなくなれば、変なキャスティングをした映画の供給もそれなりに減ってくるかもしれないと思うのです。
(取材・文 神津明美 / Addie・Akemi・Kohzu)
高校留学以来ロサンゼルスに在住し、CMやハリウッド映画の製作助手を経て現在に至る。アカデミー賞のレポートや全米ボックスオフィス考など、Yahoo! Japan、シネマトゥデイなどの媒体で執筆中。全米映画協会(MPAA)公認のフォト・ジャーナリスト。
今年2度目の引っ越しが迫っていて、もういや~! 歯医者と引っ越しほど嫌いなものはないわたしなのです……。