第29回 ティム・ヘザリントン追悼記念:ハリコン流ドキュメンタリー映画のススメ
LA発! ハリウッド・コンフィデンシャル
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ティム・ヘザリントン追悼記念:ハリコン流ドキュメンタリー映画のススメ
映画ファンの皆さんいかがお過ごしですか? 5月に入りいよいよ夏の大作シーズンを目前に控えたハリウッドですが、メジャー映画が話題になるときだからこそ! 今回のハリコンはあえて、地味な存在ながらも、影響力を持つドキュメンタリー映画の世界にスポットを当ててみたいと思います。
ご存じの方もいるかと思いますが、2011年4月20日、わたしも尊敬しているドキュメンタリー・フィルムメーカーの一人であるティム・ヘザリントンさんが、撮影中、飛んできた手りゅう弾に当たり、同行していたカメラマンもろとも帰らぬ人となってしまいました。
ティムさんといえば、2月に授賞式が行なわれた第83回アカデミー賞でドキュメンタリー長編賞にノミネートされた映画『レストレポ ~アフガニスタンで戦う兵士たちの記録~』の監督・製作・撮影を手掛けたフィルムメーカー兼ジャーナリストで、危険な戦地を回っては、その壮絶さや、若き兵士たちの雄姿と苦悩をカメラに収めてきた人です。今回の出来事もカダフィ政権と市民の抗争が激化しているリビアのミスラタという地方で撮影していたときのことでした。
というわけで今月のハリコンは、彼の死を悼むとともにドキュメンタリー映画というジャンルをたたえてお送りします!
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日本に入ってくるドキュメンタリー映画というのは数に限りがありますが、アカデミー賞のドキュメンタリー部門で受賞した作品などは観る機会にも恵まれやすいのではないでしょうか。例えば、『不都合な真実』(2006)など、近年話題になった有名なドキュメンタリー映画の一つといえるでしょう。
同作は、アル・ゴア元アメリカ副大統領が脚本とナレーションを担当し、地球温暖化の問題に真っ向から立ち向かったドキュメンタリー作品で、第79回アカデミー賞でドキュメンタリー長編賞と歌曲賞を受賞したばかりでなく、環境問題の啓発に貢献したということで、彼がノーベル平和賞を受賞するきっかけまで作ったほどです。
実際にこの映画を観て、環境問題により敏感になったという人たち、そして実際にエコ活動を始めた人たちも少なくありません。映画『不都合な真実』をきっかけに、人々が地球に対してもっと優しくなったといっても過言ではないでしょう。
皆さんは2004年に日本でも公開されたドキュメンタリー映画『スーパーサイズ・ミー』をご覧になりましたか? モーガン・スパーロックというフィルムメーカーが製作・監督・主演も兼ねたこのドキュメンタリーはアメリカ社会で加速している肥満問題を軸に、肥満は粗悪な食生活がもたらしているという警鐘の意味で作られた作品です。不健康な食事の代表ともいえるファストフードのマクドナルドを1日3食・30日間ぶっ続けで食べたら果たして人間はどうなるか……? スパーロック監督が自ら実験台となって撮影されたこの映画は公開されるやいなや大きな話題となりました。
撮影スタート時には3人のドクターから健康優良児のお墨付きをもらったモーガン監督は30日後には、11キロの体重増加、11%だった体脂肪は18%に跳ね上がり、加えて肝炎と躁ウツ病まで併発して身も心もボロボロになってしまったのです。スパーロック監督はこの実験を経て、健康に有害なものを提供する面ではファストフード業界もタバコ会社も変わりがないのではないかと指摘し大変な物議を醸しました。
実際に、この映画が社会に与えた影響は大きく、映画『スーパーサイズ・ミー』の公開をきっかけに全米が食生活を見直す方向に動き始めました。幼年肥満の大きな要因といわれる、学校内のチョコやソーダを売る自販機や、食堂で販売されている油っぽいピザやバーガーの害が指摘され始め、子どもたちがもっと健康的な選択ができるよう、サラダバーを設けたりする学校や自販機を取り払う学校も出始めました。また、マクドナルドをはじめとするファストフード店のメニューにチキン・サンドやサラダ、ポテトの代わりにフルーツなどのヘルシー・メニューが増え、チェーン店のレストランはメニューに必ずカロリーを表示しなければならないという取り決めができたのです。
まだまだ肥満は深刻問題ですが、人々の間に少しずつ健康は食生活から、という意識が高まりつつあることは事実です。それがすべて映画『スーパーサイズ・ミー』のおかげというわけではありませんが、映画を観た多くの人たちが、改めて食生活を見直すよう感化されたことは確かでしょう。食生活の改善は病気を減らすともいわれています。ということは……ドキュメンタリー映画は人々の命を救うことすらある(!?)といえるかもしれません。
日本で5月28日より公開されるドキュメンタリー映画『ヤバい経済学』は、前出の映画『不都合な真実』のように世界に大きな影響をもたらすような作品ではないかもしれませんが、一見敷居の高そうなドキュメンタリー映画というジャンルに興味を持つきっかけとなりそうな作品です。
4本の題材で構築されている本作には、相撲界の八百長事件を軸に「どうして人間は八百長をするのか」というテーマや、前出のモーガン・スパーロック監督がナレーションと脚本を担当し、「人生は名前に左右されるのか」といった身近な事柄を分析したものなど、われわれが無意識に取っている行動の裏には何がひそんでいるのか、人間はどうしてそういった行動を取るのかといったことを分析して得た興味深いデータを、時に面白おかしく、時にシリアスに紹介してくれています。
人間の心理や行動の理論といった、文字で読むと難しそうな題材を、映像によってより楽しみながら学ぶことができる。これもドキュメンタリー映画ならではの大切な役割なのではないでしょうか。
今回ご紹介したドキュメンタリー映画はまだまだ氷山の一角です。ディズニー製作の映画『オーシャンズ』のようなビッグヒットとなるドキュメンタリーもありますが、大半は入手が困難な作品であり、秀作が埋もれてしまっていることも往々にしてある分野でもあります。
インターネットが普及してきた今日、今までは絶対に観られなかったようなマイナー作品にも少しずつ手が届くようになってきています。自分の視野を広げ、周囲の世界を一歩ずつでもいいから変えていきたくなる……そんなエネルギーをくれるのがドキュメンタリー映画だとわたしは思っています。もし、自分で興味のあるカテゴリー(例えば社会問題、政治、医療など)があれば、ターゲットを絞り、ちょっと苦労してでも探してドキュメンタリー映画を観てみてください。きっと新しい驚きが得られるはずですよ。
(取材・文 神津明美 / Addie・Akemi・Tosto)
高校留学以来ロサンゼルスに在住し、CMやハリウッド映画の製作助手を経て現在に至る。アカデミー賞のレポートや全米ボックスオフィス考など、Yahoo! Japan、シネマトゥデイなどの媒体で執筆中。全米映画協会(MPAA)公認のフォト・ジャーナリスト。
日本語ツイッター始めました! @akemi_k_tosto
3週間ほど前、車をぶつけられ、愛車は大破、わたしとダンナさんはムチ打ちに。ロスの道路ってこっちが気をつけていてもこれですからね……。とはいえ、大事がなくて良かった。新車も買えたし、まぁいっか~!