第33回 『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』に見る最新技術と心の接点って!?
LA発! ハリウッド・コンフィデンシャル
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『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』に見る最新技術と心の接点って!?
気が付けば9月……アメリカでは新学期の季節です。ハリウッドでは秋の新番組シーズンが始まったり、アカデミー賞の司会者が発表されたりと、いよいよ今年も後半戦の始まりです! アカデミー賞といえば、日本でも10月7日の公開が予定されている全米大ヒット映画『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』が、早くもアカデミー賞候補作品としての呼び声高く上がっています。
実を申せばこのわたし、数年前に『猿の惑星』が再起動(=ハリウッドで現在はやっている言葉で、リメイクの類似語Reboot)されると聞いたとき、「ハリウッドのネタ切れはついにここまで来たか……」と嘆かわしく思ったものです。そして、猿がこぶしを振り上げて雄たけびを上げているポスター画像を見たときには、本気で観に行くのをやめようかと思ったくらいでした。ところが……。
なんとこの映画、こんなサプライズに出会ったのは何年ぶりかというくらい、とっても良い映画だったのです! そこで今回のハリコンは、『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』の成功例を中心に、この映画が他のアリ物映画やCGI作品とどう違うのか、同じCGI映画のダメな作品とは、また観客が求める映画とは……などなど、映画オタク度全開でザックリ切っていきたいと思います!
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本作の大ヒット、これはもう主演のジェームズ・フランコも脱帽せざるを得ない活躍を見せた、猿シーザーを演じたアンディ・サーキスの功績が筆頭に挙げられるでしょう。そして、モーション・キャプチャーというCGI技術を使用し、アンディ(=シーザー)の繊細な表情を介して観客の心を揺さぶるまでにその技術を発展させたWETAスタジオ。この2点がこの映画のVIPといって間違いないでしょう。
『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』は、『アバター』で飛躍的に前進したモーション・キャプチャーという技術を導入しており、人(あるいは他の動物や物)の自然な動きをコンピューターに入れ込み、その上からCGIの後処理でキャラクターの画像をのせていくというテクノロジーを使用しています。ただ、『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』のテクノロジーは、『アバター』のときの技術よりも発達しており、表情のより細かい部分までCGI再生を可能にしただけでなく、撮影用のギアを簡素化し、外に持ち出せるデザインに改良。従来のように明かりの調節がきく屋内スタジオのみでの撮影という制約がなくなり、屋外で自然光を使ったモーション・キャプチャーの撮影ができるようになったのです。
では、こんな技術オタクな部分が『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』の大ヒットにどんな影響を与えているのでしょうか?
これまで、モーション・キャプチャーというCGIテクノロジーを使用するにあたって俳優たちは四方をグリーン・スクリーンに囲まれて仕事をしなければなりませんでした。これは、後からCGIの合成をかけるにあたって映像科学上どうしても避けられない状況だったのですが、俳優たちにとっては自分のキャラクターが一体何を見て反応し、どんな感情をセリフに表せばいいのか非常にあいまいなまま演技を強いられて大変な困難を伴いました。
わたしはオリジナル『スター・ウォーズ』3部作の大ファンなのですが、ここでは少々罪悪感を覚えつつもあえて『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』を悪い例に取り、話を掘り下げたいと思います。リーアム・ニーソン、ユアン・マクレガー、ナタリー・ポートマンなど、トップレベルの俳優たちが出演していたにもかかわらず、彼らの演技が感情のないロボットのようになってしまったのは、まさにこの感情の欠如があったからといえます。そして残念ながらこの状況に輪を掛けてしまったのが、決して感情表現がうまいとはいえない監督のジョージ・ルーカスだったわけです。
映画『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』は、興行的には大ヒットした作品ですが、映画の根本ともいえる俳優たちの演技を無視した、最新CGIテクノロジーのショーケースと言っても過言ではないような映画作りをしてしまい、結果は映画本来の質に対しては目も当てられないような酷評が寄せられたわけです。
しかし失敗があるからこそ成功に至れるわけで、『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』はCGIテクノロジーを改善したおかげで、俳優たちは自然な状況下で存分に演技ができるようになり、演技の要ともいえる俳優の表情がもっと細かくCGIで再現できるようになりました。キャラクターの感情がよりダイレクトに観客に伝わるようになったことで、それが感動につながり、映画の質向上にもつながって大ヒットへと結び付いたわけです。
映画は、いくら特撮がすごくても、どんなに大スターが出演していても、何かハートに訴えかけるものがないと観た後でむなしいものです。
『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』の宣伝インタビューで主演ジェームズ・フランコが、全身にモーション・キャプチャーのギアを装着して相手役を務めた猿シーザー役アンディ・サーキスとの共演で違和感はなかったかという質問に、「不思議なことに、演技をしているうちにアンディの迫真さに引き込まれて彼が本当にシーザーに見えてくるんだ。それほど彼との共演は素晴らしかった」と答えています。そして本作のルパート・ワイアット監督はアンディのことを、現代のチャールズ・チャップリンと褒めたたえているほどです。
冒頭で申し上げたように、わたしも、『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』を観るまではアリ物志向を嘆いている側でした。でも、この映画を観て思ったのです。アリ物だろうがなんだろうが、映画の本質を決めるのは心を動かせる映画かどうかということだと。アンディ・サーキス演じるシーザーはセリフはなく、本物の猿でもないのに観ているうちにいつしか本物に見えてきて、そのうち観ている側はシーザーという猿を思いやるようになり、彼の苦難に心が痛むようになるのです。
最近、アリ物の多いハリウッド映画ですが、『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』に限らず、皆さんもタイトルだけで評価をせずに、ぜひその目で実際に映画を観て確かめてみてくださいね。きっと思いがけない驚きがあるはずですよ!
(取材・文 神津明美 / Addie・Akemi・Tosto)
高校留学以来ロサンゼルスに在住し、CMやハリウッド映画の製作助手を経て現在に至る。アカデミー賞のレポートや全米ボックスオフィス考など、Yahoo! Japan、シネマトゥデイなどの媒体で執筆中。全米映画協会(MPAA)公認のフォト・ジャーナリスト。
日本語ツイッター始めました!→@akemi_k_tosto
911同時多発テロからはや10年。ロス在住のわたしもあの日のことは脳裏に刻まれています。ニューヨークでの記念式典も無事終了して安堵(あんど)。もう二度とあんなことが起きませんように……。