第34回
今月の5つ星
ブラピが、データを重視した破天荒な戦略で常勝球団を作り上げた実在のメジャーリーグのGMにふんするサクセスストーリー『マネーボール』、マット・デイモン、ジュード・ロウらオールスター・キャストによるパニック映画『コンテイジョン』、鬼才・園子温監督が実録殺人事件をモチーフに描いたサスペンス『恋の罪』など、話題沸騰のラインナップが勢ぞろい!
ジャッキー・チェン出演100作目となる記念碑的作品。ジャッキー自ら総監督を務め、中華民国建国のきっかけになった辛亥革命を描く。ジャッキーが演じるのは、革命の主役ともいえる孫文ではなく、彼の参謀であった人物・黄興。若者たちを率いて、銃撃や砲弾に傷つきながら戦う姿からは、57歳となったジャッキーのいぶし銀の魅力を感じるはず。登場人物が多く、いろいろなエピソードを詰め込み過ぎたためか、ストーリーについていくのは少々大変かもしれない。ただ劇中の戦闘場面は、メガホンを取ったチャン・リー監督が『レッドクリフ』2部作で撮影監督を担当していたこともあってか、迫力満点。さらに、史実に基づく作品のため期待できないと思われた、ジャッキー印のカンフーアクションもしっかり登場。ジャッキーが世界中のファンのために入れたという、スピーディーで小気味良い格闘シーンには、ジャッキーファンなら、「まだまだアクションもいける!」と心躍ること必至だ。(編集部・入倉功一)
ニコール・キッドマンがプロデュースを手掛け、主演としてもアカデミー賞、ゴールデン・グローブ賞でWノミネートを受けた本作。わが子を失った深い悲しみから立ち直れない夫婦の再生を希望あふれる物語で描いたヒューマン・ドラマだ。突然の悲劇を早く忘れてしまいたい母親と、息子との思い出に浸りたい父親。愛し合い家族になった二人だけに、共に支え合うことでこの悲しみを乗り越えたいと思っているに違いないのだが、正解のないその方法の答えは見つからず、深まっていく溝がもどかしくてたまらなくなる。だが、ただ悲しくて救いのない話ではないのが、本作の大きな魅力。夫婦それぞれが前進できる方法を見つけ出し、乗り越え、人間として、夫婦として再生する。それは、ありきたりでもドラマチックな展開でもなく、それぞれにしか効果のないような、ちょっとした出来事や不思議な出来事。「悲しみは消えるのではなく、重さが変わるだけ」、まさにそんな瞬間が見つかるのだ。観る者の心をなんともいえない満たされた気持ちにしてくれる希望あるラストは絶品。(編集部・浅野麗)
ブラッド・ピットが実在のメジャーリーグGM(ゼネラルマネージャー)を演じた本作は、弱小球団がお金に頼らないで強豪に変わっていくまでを描いた作品。いつの世もお金をたくさん持っている人が有利というのは真理であり、それを逆手に取った「マネーボール」理論がチームを軌道に乗せるまでの流れは、サクセスストーリーとして十分に面白い。だが、いくら理論的には正しくとも感情や経験に邪魔をされてなかなか踏み出せないのが人間。ブラピ演じるGMが、そういった人間的な部分をあえて拒絶するかのような人物として描かれているのが本作のポイントだ。彼の葛藤(かっとう)や孤独は、選手として挫折した過去や別れた家族との交流を通じて、かすかに浮かび上がってくるだけなので、人によっては食い足りなさを感じるかもしれない。だが、観客の共感をも拒む主人公という意味では、この手法は正解。ブラピが物言わぬ背中で語る俳優だということがひしひしと感じられる作品に仕上がっている。(編集部・福田麗)
『オーシャンズ』シリーズや『トラフィック』などで知られるスティーヴン・ソダーバーグ監督が次に放ったのは、正体不明のウイルスに侵された世界の恐怖を描いたサスペンス大作。マリオン・コティヤール、ジュード・ロウ、マット・デイモン、ケイト・ウィンスレットと主役級の俳優が肩を並べ、ウイルスを防ぐ者や侵される者などの人間模様が絡み合う様を描く。彼らの名演で作品のリアリティーがより強調されているが、ウイルスが第一感染者から急速に広がり、あっという間に社会が制御不能に陥ってしまうというストーリーのテンポの良さには、ぐいぐいと引き込まれてしまう。しかし本作の肝となるのは、ウイルスが広がることにより変ぼうしていく人間たち。ワクチンや食料を求めて店を襲撃したり、暴動やストを起こす姿は、ウイルスに感染するより、「恐怖」が感染する恐ろしさを生々しく物語っている。しかも本作に登場するウイルスは、過去に原因不明の感染症とされたウイルスをモチーフにしているというのだから、驚き。劇場を後にしたときには、ドアノブを触るのすら怖くなってしまうかも!?(編集部:山本優実)
集団自殺、宗教、近親相姦など過激なテーマを描き続けてきた日本映画界の異端児・園子温監督が、埼玉愛犬家連続殺人事件を題材にしたバイオレンス『冷たい熱帯魚』に続いて挑んだのは、日本中を激震させた東電OL殺人事件。昼は大学の助教授、夜はデリヘル嬢という二つの顔を持つ美津子(冨樫真)、彼女に“救われる”貞淑な人妻・いずみ(神楽坂恵)、そして殺人事件を担当する女刑事・和子(水野美紀)を通し、男性優位の社会で抑圧された女性の衝動、爆発を終始ハイテンションに活写。言うならば、『愛のむきだし』ならぬ「性のむきだし」だ。園監督自身が「これは僕にとっての女性賛歌」だと言っているように、廃墟のアパートで安値で男たちに体を売り、強い意志を持って“堕(お)ちていく”女たちの姿に、不思議と悲壮感は感じられず、解放感が漂っている。家庭の崩壊、再生は『紀子の食卓』や『冷たい熱帯魚』など多くの作品で重要なキーワードとなっているが、人妻・いずみの壮絶な変ぼうぶりを通して、「誰もが自分の役割を演じているに過ぎない」とでも言っているかのような園監督の家族観も興味深い。(編集部・石井百合子)