~第39回 2012年1月~
INTERVIEW@big apple
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今月は、名女優メリル・ストリープ主演の『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』、菊地凛子主演の『ノルウェイの森』、そして長年にわたってコメディー映画の主演・監督を務めたアルバート・ブルックスを紹介。
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『マーガレット・サッチャー鉄の女の涙』
同作は、イギリスで初めて保守党党首、英国首相に就任したマーガレット・サッチャー(メリル・ストリープ)が、男性優位の政界で政治手腕を発揮して世界的なリーダーになっていくさまと、母親や妻としての顔も描いた伝記ドラマ。サッチャーの夫デニス役をジム・ブロードベントが演じ、『マンマ・ミーア!』のフィリダ・ロイドがメガホンを取っている。
メリル・ストリープ、フィリダ・ロイド、アビ・モーガン、ハリー・ロイド
実は『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』の取材日に、同じウォルドルフ=アストリア・ホテルで、マドンナが監督を務めた『ダブリュー・イー(原題)/W.E.』の取材があった。しかしその取材には極少数のアメリカ人記者しか入れず、残念なことに僕は参加できずに悔しい思いをしていた。もちろん、取材現場ではメリル・ストリープの取材に集中するようスイッチを切り替えていたのだが。そのうえ、よりによって『ダブリュー・イー(原題)/W.E.』の取材受付を通過して、この映画の取材現場に向かわなければならなかったのは酷だった……。まだ取材まで時間があったので、用意されていたワカモレ(メキシコ料理)とチップスを食べながら待つことに。ウマシ! しばらくたってから、前のインタビューが長引いて記者会見の時間が遅れることをパブリシストから知らされたため、友人と談笑。20分後に取材会場に移動するように言われた。取材会場にはおよそ40~50席ほど用意されていたが、わずか14~15席しか埋まっていなかった。しかし20分くらい待っても一向に始まらず、僕は気付いたのだった……。記者の数が少ないのは、『ダブリュー・イー(原題)/W.E.』の取材が終わっておらず、その記者たちのために、僕らは待たされているのだった。結局、1時間も待たされて取材開始となった。
早速、笑顔で手を振りながら登場したメリル・ストリープは、まずメイクアップの時間に約2時間も費やしたことを、フィリダ・ロイド監督は、この映画がシェークスピア劇の「リア王」の構成に基づいていることを話した。次に、「若いころに舞台に参加した経験が生きたのか?」という質問に対してメリルは「そうでなければ、わたしはいつもニュージャージー州(メリルの出身地)出身の女性を演じるしかないわ」とおどけて、記者たちを笑わせた。取材はしばらく順調に進んでいたが、ゲイ雑誌に執筆する男性が、「マーガレット・サッチャーはゲイの人たちにとって象徴的な人物だったか」というダイレクトな質問をしたところ、メリルは「なぜかわたし(メリル)は(ゲイの人たちの間で)象徴的な人物とされているのよ。でも、マーガレット・サッチャーがそうなのかはわからないわ」と答えた。ちなみに、メリルは強い女性としてゲイの人々から評価されているが、彼女自身はゲイではない。パブリシストが意図的にメリルのみに質問が集中しないよう調整していたためバランスの良い記者会見になっていたが、僕としてはメリルの記事を書くのに十分な内容を押さえられるかヒヤヒヤしていた。すると、その不安が的中したかのように、パブリシストが「時間が押しているから次の質問が最後よ! 終わったらすぐに道をあけてね」とまくし立てられ、結局、取材用の写真を撮ることもできなかった。メリルのコメントは興味深かったものの、取材対象が4人いるにもかかわらず、時間はわずか20分程度という最悪の記者会見で、僕は記事を書くために少ないメリルのコメントをどうにかして膨らませねばならなかった……。
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『ノルウェイの森』
高校時代の親友キズキ(高良健吾)を亡くしたワタナベ(松山ケンイチ)は、東京で大学生活を送っていた。ある日偶然、キズキの恋人だった直子(菊地凛子)と再会したことで、直子とキズキを失った痛みを分かち合おうとするが、直子の喪失感は深まるばかり。そんな中、ワタナベは同じ大学の女学生、緑(水原希子)に惹(ひ)かれていく。村上春樹のベストセラー小説を、『青いパパイヤの香り』のトラン・アン・ユン監督が実写映画化した青春映画。
菊地凛子、トラン・アン・ユン
10代のころに村上春樹の原作を読んだ僕は、個々のキャラクターがいまだに深く脳裏に焼き付いていた。そして、30代に突入してからもう一度読み返したところ、どこかノスタルジアを感じたが、最初に読んだときほどのインパクトはなかった。その小説が映画化されると聞き、誰が主演を演じ、メガホンを取るのか、気になっていた。スタッフ&キャストが決まった段階では、個人的にはトラン・アン・ユン監督の独特の世界観が好きだし、菊地凛子も素晴らしい女優だと思っていたものの、正直なところ彼女が適役だとは思っていなかった。ところが映画を観たとたん、今の日本の若手女優の中でこの役を演じられるのは彼女だけ、と思うぐらい菊地凛子の演技に圧倒された。
『ノルウェイの森』の取材当日、菊地凛子は日本人記者のみのラウンドテーブル・インタビューとなり、トラン監督はアメリカ人記者も交えてのインタビューとなった。菊地凜子が登場し、まず印象に残ったのは、彼女の眼力が非常に強かったこと。特に、質問をする記者を直視するときの眼力の鋭さといったら……! 初めに出演の経緯について訪ねると、彼女は直子役の候補リストから外れていたにもかかわらず、自らプロデューサーにアプローチして説得したと語った。生に対して積極的で、自分の知っている範囲の役柄である緑よりも、未知数でリスクのありそうな直子に惹(ひ)かれたと言い、さらにこの原作に触れたことによって、自分の本の好みが明確にわかったそうだ。取材中、言葉の節々に主張を感じさせる場面と、感情的になる場面が対照的で、興味深く話に聞き入ることができた。彼女はニューヨークに住むようになってから、客観的に物事を見られるようになったことで、トラン監督の映画へのアプローチ方法にも共感でき、彼がまさにこの映画に適した監督だとも語った。映画の内容については、リズムやペースは居心地の良い感じではないが、むしろそれが人生そのものであることを感じ取ってほしいと答えた。そして、『バベル』を撮り終えた後、少しハリウッド映画への挑戦が怖かったこと、まだ日本の監督たちと仕事をしたかったため、すぐにアメリカに拠点を置いて仕事をする気にはならなかったと締めくくった。
次に行われたトラン監督の取材は、別の部屋で行われた。彼は小柄で温厚な印象だった。なんと彼は自ら、僕らにコップを用意し、水を飲むように勧めてくれた。初めに語ったのは、『夏至』から『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』に至るまで、およそ8年間のブランクがあった理由について。なんでも『夏至』の後に、ある映画を企画していたそうだが、実現しなかったらしい。また、『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』ではプロデューサーとの折り合いが悪く、不快な体験をしたという突っ込んだ裏話も明かしてくれた。次に『ノルウェイの森』で、緑役に新人の水原希子を抜てきしたことについては、水原がまったく演技経験がないにもかかわらず、勇気のある女性だと思ったことが決め手だったそうだ。彼女が演じた緑は、原作とは少し雰囲気が違うかもしれないが、解釈は人それぞれで、原作が絶対ではないと話した。個人的に、この原作を読んだ多くの日本人は、個々のキャラクターに対する思い入れが強いために、キャスティングが原作のイメージから外れているという理由だけで、作品を受け入れられないという人が多いように思えた。最後にトラン監督はハツミに女性の本質を感じたそうで、彼女が最も好きなキャラクターであることを教えてくれた。トラン監督の原作の解釈は新鮮で、原作を再び読み返してみたくなった。
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アルバート・ブルックスの過去の作品
『タクシードライバー』に出演してから、『ブロードキャスト・ニュース』や『ファインディング・ニモ』まで、俳優、声優、脚本家、監督と多岐にわたって活躍するアルバート・ブルックスの過去の作品を通して、当時の撮影状況を振り返ったイベント。
アルバート・ブルックス
リンカーン・センターのパブリシストにチケットを手に入れてもらってから、日曜日にこの取材を行う予定だったのたが、僕が金曜日の昼に食中毒を起こしてしまい、土曜日は動くことさえもできず、日曜日の取材も微妙だったが、気力だけで取材現場に向かうことになった……。当日は、このイベントに参加する友人記者に前列の席を確保してもらい、ゆっくり現場に向かった。現場に着くとウォルターリード・シアターは、予想していた通り、ほとんど年配の観客で埋め尽くされていた。そして、いよいよアルバートが登場! 割れんばかりの拍手の中、登場したアルバート・ブルックスへの最初の司会者の質問は、彼がコメディアンになった経緯について。父親がラジオでコメディー番組を担当しており、学校の周りでも常にジョークを言い合う環境だったらしいが、意外にも最初はコメディアンになるつもりはなく、俳優を目指して演技学校に通っていたという。俳優としては芽が出ず、結局コメディアンとして活動し始めたものの、当時はバラエティー番組以外に活躍の場はなかったそうだ。
そして、話が『タクシードライバー』に及ぶと、彼のキャラクターはほとんど脚本に書かれていなかったため、自分でキャラクターを膨らませたこと、ロバート・デ・ニーロが自分の役を嫌っていたため、(メソッド手法を使う)デ・ニーロにまったく口を聞いてもらえなかったと言って会場を笑わせた。さらにマーティン・スコセッシは当時ぜんそくを患っていて吸入器を使っていたと話し、吸入器で息をする様子を再現して笑いを誘った。『プライベート・ベンジャミン』では、セットを訪れたゴールディ・ホーンの母親から、「娘と結婚してほしい」と迫られたこともあるそうだ。そして『ブロードキャスト・ニュース』でタッグを組んだジェームズ・L・ブルックスとの出会いについては、ロブ・ライナー監督とペニー・マーシャル監督が結婚していたときに、よくコメディアンを集めたパーティーを開いていて、その中で面白い人物だと思ったのがジェームズだったそうだ。
質問の内容が彼の作品から離れて、「尊敬する俳優は?」と聞かれると、彼はスペンサー・トレイシーを挙げた。感情的な演技や泣くことがうまいのが演技派だと勘違いされがちだが、スペンサーはそれとは違った真実味を持った俳優なのだという。また、「監督を務めるようになってから、俳優の活動に支障は出なかったのか?」と聞かれると、「監督はあらゆることを懸念せねばならないが、俳優は特に何も気にせず演技だけに専念すればいいのだからそんなことはない」と答えた。『ハリウッド・トラブル』でプロデューサー役を演じた際は、今やハリウッドの大物プロデューサーとなったジョエル・シルヴァーをモデルにしていたそうで、ジョエルの声色をまねして会場を爆笑の渦に巻き込んだ。そんな矢先、面白いハプニングが起きた。アルバートの過去の作品を各5分程度の長さで上映してから、その後に解説をするという流れだったのだが、映像に音が入らないトラブルが発生。そこでアルバートは、「リンカーン・センターという有名な場所で、映像とサウンドがマッチしないことなんてありえるの? ひょっとして僕(のイベント)だから起きているのかなぁ。僕のレトロスペクティブだと思っていたのに~」と嘆いていたのがおかしかった。そんな調子で、終始会場を盛り上げようとするアルバートに好感を持てた。