第40回 全米熱狂! 映画『ハンガー・ゲーム』とその人気を取り巻くアメリカの社会情勢
LA発! ハリウッド・コンフィデンシャル
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全米熱狂! 映画『ハンガー・ゲーム』とその人気を取り巻くアメリカの社会情勢
新緑の季節となっていますが、映画ファンの皆さんいかがお過ごしですか?
現在アメリカでは、ベストセラー小説を映画化した『ハンガー・ゲーム』が空前のヒット。ファンダンゴという大手映画前売り券サイトが発表した統計によると、多い時には毎分平均で1,020枚のチケット売り上げだったそうで、サイト創設以来の最高記録だったとか。
そこで今回は、この若者向け小説を基にした作品がなぜ老若男女を巻き込んでここまでヒットしているのか、その秘密を探ります!
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舞台は、文明崩壊後の北アメリカにある「パネム」と呼ばれる国家。主人公カットニスは父親を亡くして以来、12才の妹プリムと母親と暮らし、狩りで家族を養う気丈な16才の少女です。
この「パネム」は、権力を持った富裕層が住む都市部「キャピトル」と、貧困層が飢餓(きが)の脅威にさらされている居住区に分かれており、その貧富の差は異常なまでに開いていました。
キャピトルは、12ある居住区それぞれから12~18歳までの男女を毎年集めてクジ引きを行い、選出された24人を「ハンガー・ゲーム」という生死を懸けた生き残りゲームに参加させていました。
この様子をテレビ中継することで、キャピトルはかつて反乱を起こした者への戒めとし、また同時に、富裕層の国民たちに娯楽として与えてこの残酷なゲームのとりこにし、モラルを麻痺(まひ)させていたのです。
いよいよハンガー・ゲームの時期がやってきて、居住区中の少年少女たちと共にカットニスとプリムも出場者決定のクジ引きに招集されます。ところが、妹のプリムが選出されてしまい、カットニスは反射的に身代わりとしてハンガー・ゲーム出場者に立候補するのでした。
このサバイバル・ゲームは、出場する貧しい少年少女たちは生き残るためなら同郷の仲間も殺して最後の1人になるまで戦い続けなければなりません。果たしてヒロインのカットニスは、この熾烈(しれつ)なゲームで生き残っていくことができるのか……?
ここまでのあらすじで、「キャピトル」というのは現代アメリカの富裕層を暗に示しているのでは……と気付いた方もいらっしゃるでしょう。『ハンガー・ゲーム』が全米で共感を呼んでいる理由の一つは、まさにこれなのです。
アメリカといえば「自由と平等の国」というイメージでしたが、近年の貧富の差は「平等」とはかけ離れた状態にあり、まさに弱肉強食の世界。
富裕層と呼ばれる国民が全体の1%、あとの99%は労働者層であり、しかもその統計内には貧困層も含まれるとされています。
皆さんは、現代のアメリカで5人に1人の子どもが、毎晩おなかをすかせたままベッドに入るという近年の統計をご存じでしょうか? また、日本のように国民皆保険体制を前提としないアメリカでは、冗談抜きで「お金のない人は死んでも仕方ない」という状況が生まれてきています。「それでも平等な国アメリカ!?」と驚く方もいらっしゃると思いますが、これが実像なのです。
この恐ろしく悲しい現実は、『ハンガー・ゲーム』と紙一重の状態と言っても過言ではありません。
『ハンガー・ゲーム』を支持する人々の多くは、キャピトルをウォール街で私腹を肥やす銀行家たちやアメリカの1%である富裕層になぞらえ、また、試練に敢然と立ち向かう主人公カットニス(あるいは相棒ピータ)を富裕層との不平等さに憤る99%の自分たちに置き換えて心の中で不正との戦いを思い描き、共感を覚えているのではないでしょうか。
もう一つ『ハンガー・ゲーム』の興味深いポイントは、「モラル」についても盛り込まれていること。というのも、近年アメリカでも「ゆがんだモラル」が話題になっているからです。
この映画ではティーンエイジャーたちがお互いを殺し合う生き残りゲームがテレビで人気を博しています。「実際にはそんな悪趣味な番組はあり得ない」と思っているあなた、アメリカで大人気の「リアリティー・ショー」を思い出してください。 日本でいうところの「バラエティー番組」に近い、アメリカで大流行している超低予算番組のタイプの一つです。
その番組の多くが、ハッキリ言って内容のえげつなさで売っており、一昔前だったら「あんなもの絶対にテレビで見せられない」というような番組が主流。
例えば、『サバイバー』という番組は選抜された視聴者のグループを無人島に連れて行って『ハンガー・ゲーム』ばりのサバイバル・ゲームに参加させました(殺人こそありませんが、出演者たちが勝つためにお互いを陥れようとするさまは恐ろしいものがあり!)。
『キーピング・アップ・ウィズ・ザ・カーダシアンズ』という番組は、『ハンガー・ゲーム』に出てくるキャピトルの人々も顔負けの、金持ちド派手ファミリー「カーダシアン家」が営む露骨で派手な生活を追いかけ、普通なら絶対見せたくないし見たくないようなプライベートな生活の内側をことごとくカメラで追いかけるという趣向の番組です。
こういったたぐいのリアリティー・ショーはそれこそいまやごまんと放映されており、番組内で人間の醜さを公にさらして視聴率を取るという悪趣味レベルにおいて、『ハンガー・ゲーム』の中でキャピトルが行ったテレビ放映といい勝負でしょう。
『ハンガー・ゲーム』シリーズの原作は、全米で累計2,350万部を突破。原作者スーザン・コリンズ女史は小説という媒体を利用して、さりげなくアメリカのゆがんだモラルを風刺しているのです。
ヒットの背景には、『ハンガー・ゲーム』のストーリーが現代アメリカの抱える問題と重なる部分があり老若男女の共感を得たという理由がありそうです。アメリカでは、この本を使用して文学などの授業を行っている中学・高校もあるようです。
日本での公開は秋に決定しているこの作品、皆さんも先取りしてまずは原作を読んでみてはいかがでしょう?
高校留学以来ロサンゼルスに在住し、CMやハリウッド映画の製作助手を経て現在に至る。アカデミー賞のレポートや全米ボックスオフィス考など、Yahoo! Japan、シネマトゥデイなどの媒体で執筆中。全米映画協会(MPAA)公認のフォト・ジャーナリスト。
ツイッターもよろしく!→@akemi_k_tosto
今月はわたしにとって第二の祖国であるアメリカをバッサリ斬(き)らせてもらいましたが、愛するが故にこういった問題が歯がゆいんですよねえ。