もとより批評家筋の評価は高くとも興行的にはサッパリ……というのがウディ・アレン 作品の常でしたが、『さよなら、さよならハリウッド』 が発表された2002年当時は長らく常連だったアカデミー賞からも遠ざかり、前作『スコルピオンの恋まじない』 があまりパッとしなかったという低迷期。67歳という当時の年齢もあって、すでにキャリアのピークを過ぎたのではないかと思っていたファンも多いでしょう。
そんな中で発表されたのが、ウディ本人が売れない映画監督にふんしているという設定の本作ですから、笑うに笑えません。映画撮影の現場を皮肉たっぷりに描いた、いわゆる「内幕もの」と呼ばれる作品で、ウディの監督作でいえば『ブロードウェイと銃弾』や『セレブリティ』と同じ路線。大作主義の業界や多国籍化が進む撮影現場の様子をユーモアたっぷりに描いています。
ですが、何といっても秀逸なのはオチ。ハリウッド映画はハッピーエンドで終わることの多いイメージがありますが、それを逆手に取った、観ているこちらがあっけにとられてしまうような展開はウディの皮肉がさく裂! ウディらしさは遺憾なく発揮されているため、愛すべき佳作といった趣があります。
結局、アメリカ国内では興行的に芳しい結果は残せませんでしたが、国外では1,000万ドル(約8億円)に近い成績を残しており、この作中の展開をなぞるような結果にはにやりとする人は多いはず。実際、ウディはこの作品の後『僕のニューヨークライフ』 『メリンダとメリンダ』 というニューヨークを舞台にした二作を発表しますが、こちらもヒットに恵まれず。それを最後にウディは映画の舞台にアメリカではなく、ヨーロッパを選ぶようになるのです。
2005年の映画『マッチポイント』 は、ウディが初めてロンドンで撮影を行ったサスペンス。ニューヨークを離れただけでなく、BGMはジャズからオペラになり、軽妙なジョークはイギリスらしい回りくどいものになって……と、作品全体の雰囲気がロンドンの空模様のように重々しくなっているのがポイント。元テニスプレーヤーの主人公がイギリスの上流階級を舞台に成り上がっていくさまを描いています。
この路線変更は成功を収め、ウディは8年ぶりにアカデミー賞にノミネートされたのみならず、アメリカ国内で2,315万ドル(約18億5,200万円)、国外では6,215万ドル(約49億7,200万円)という破格のヒットを記録。ウディがまだ健在であることを世に示しました。この成功に気を良くしたのか、映画『タロットカード殺人事件』 『ウディ・アレンの夢と犯罪』 (レンタルソフト題『カサンドラズ・ドリーム 夢と犯罪』)も同じくロンドンを舞台に、それぞれ殺人を題材にした『マッチポイント』 のセルフパロディーのような物語が展開されています。
ちなみに「ロンドン3部作」と呼ばれることになる『タロットカード殺人事件』 『ウディ・アレンの夢と犯罪』 はさほどのヒットに恵まれず、ウディは次にスペインを舞台に『それでも恋するバルセロナ』 を、ホームグラウンドのニューヨークに戻って『人生万歳!』 を監督していますが、2010年には再びロンドンを舞台にした映画『ユー・ウィル・ミート・ア・トール・ダーク・ストレンジャー(原題) / You Will Meet a Tall Dark Stranger』を発表。アントニオ・バンデラス 、ジョシュ・ブローリン 、アンソニー・ホプキンス 、ナオミ・ワッツ というそうそうたるキャストをそろえた同作は今秋日本公開が予定されているということで、ファンは期待大です。
21世紀に入ってからも年に1度のペースで新作をリリースしていたウディが2011年に発表したのが、キャリア最大のヒット作になった『ミッドナイト・イン・パリ』 。花の都パリを舞台に、ウディには珍しくSF設定を大胆に取り込んだ作品です。
婚前旅行でパリにやって来たアメリカ人の主人公ギルが真夜中、1920年代のパリにタイムスリップしてしまうというファンタジックなストーリーはそれだけでも好きな人にはたまらないはず。ですが、ウディはそこに主人公たちが昼間エッフェル塔やロダン美術館といった名所を、巡るというエピソードを挟むことによって、現在と過去の対比を明確にしています。主人公はパリをこよなく愛する人物ですが、彼が夢見るパリは、観光地に成り果てた現在のパリではなく、かつて芸術の都だったパリ、つまりはすでに失われてしまったものなのです。
そのことは、タイムスリップした主人公が会話を交わす芸術家たちを見ても明らか。多くの著名人が登場しますが、時代の寵児(ちょうじ)としてもてはやされながらも妻ゼルダとの退廃的な生活を送り、失意のまま死を迎えたスコット・フィッツジェラルド や、ノーベル文学賞を受賞しながら自ら命を断ったアーネスト・ヘミングウェイ の悲劇的な最期を知っているからこそ、まさに人生の最盛期を生きている彼らの姿に観客はどこかしら切なさを感じずにはいられません。
そう、ウディならではのユーモラスな会話やシニカルな語り口、そしてパリという街の魅力の下に巧妙に隠されてはいますが、本作で描かれているのは、失われてしまったものへの郷愁です。それは主人公にとっては1920年代のパリだったように、それぞれ異なるものの、誰しもが胸に秘めている思い。本作、そして代表作『アニー・ホール』 『マンハッタン』がそうだったように、憧れというのは、決して手に入れることができないからこそ輝く宝石のようなものであるというメッセージが込められているからこそ、ウディ・アレン の作品は今も多くの人の心を揺さぶるのです。
21世紀に入ってから、ウディがホームグラウンドであるニューヨークを離れ、ヨーロッパを舞台にして回っているのも、もしかしたら何かを追い求めているが故のことなのかも? ここではないどこか、あなたではない誰か、そして失われた時を求めるウディの旅はまだまだ続きます。最新作『トゥ・ローマ・ウィズ・ラブ(原題) / To Rome with Love』 はイタリアが舞台とのことで、ウディ作品にほれこんだ一人とのファンとして、切に早期の日本公開を求めます!
映画『ミッドナイト・イン・パリ』 は5月26日より全国公開
映画『ミッドナイト・イン・パリ』より
Photo by Roger Arpajou (C) 2011 Mediaproduccion, S.L.U., Versatil Cinema, S.L.and Gravier Productions, Inc.
映画『ミッドナイト・イン・パリ』出演陣 - プレミア上映された第64回カンヌ国際映画祭開会式より
(C)Tony Barson / WireImage / Getty Images
主演のオーウェン・ウィルソンと談笑するウディ・アレン - 第64回カンヌ国際映画祭開会式より
(C)Dominique Charriau / WireImage / Getty Images
オスカー俳優エイドリアン・ブロディが演じるサルバドール・ダリ! - 映画『ミッドナイト・イン・パリ』より
Photo by Roger Arpajou (C) 2011 Mediaproduccion, S.L.U., Versatil Cinema, S.L.and Gravier Productions, Inc.
真夜中のパリの魅力を凝縮した作品です! - 映画『ミッドナイト・イン・パリ』より
Photo by Roger Arpajou (C) 2011 Mediaproduccion, S.L.U., Versatil Cinema, S.L.and Gravier Productions, Inc.
文・構成:シネマトゥデイ編集部 福田麗
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