~第48回 2012年10月~アン・リー監督作『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』、ニコール・キッドマン主演『ザ・ペーパーボーイ(原題)/ The Paperboy』、デンゼル・ワシントン主演の『フライト』
INTERVIEW@big apple
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今月は、ニューヨーク映画祭で話題になった作品の中からアン・リー監督の『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』、ニコール・キッドマン主演の『ザ・ペーパーボーイ(原題)/The Paperboy』、そして最後にデンゼル・ワシントン主演の『フライト』を紹介します。
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『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』
インドで動物園を経営していた家族と共に、ある日カナダに移住することになった16歳の少年パイ(スライ・シャルマ)は、家族と動物たちと共に船に乗り込んだが、太平洋上で嵐に巻き込まれ船が沈没してしまう。だが、家族の中で唯一救命ボートによって生き残ったパイは、同じくボートに乗っていたベンガルトラ、シマウマ、ハイエナと漂流していたオランウータンと共に、壮絶なサバイバル生活を始めていくというドラマ作品。カナダ人作家ヤン・マーテルの小説を、アン・リー監督が3D映像で映画化。
アン・リー、ヤン・マーテル、スライ・シャルマ、エリザベス・ギャブラー
これまでのニューヨーク映画祭は記者が会場を訪れ、列に並んだ順番で席に座れることになっていた。だが、今年から記者たちに事前に渡されるバッジの色によって、優先順位が決められていた。色は緑と紫の2種類。ちなみにバッジの色の選別は、基本的に記者が執筆している媒体の大きさによって分けられており、僕は運良く緑のバッジを得たためスムーズにフロント席を確保できた(ラッキー)。個人的にもアン・リー監督作品が大好きな僕は、彼の3年ぶりの新作で、しかも原作がヤン・マーテルのベストセラー小説「ライフ・オブ・パイ」ということで、かなり期待していた。実際に鑑賞したところ、鮮明な色使いで繰り広げられる壮大な冒険劇で、迫力十分の動物の3D映像も魅力的で、さらにスライ・シャルマ演じるパイの哲学的な価値観が印象深い。
記者会見が始まると、まず作家のヤン・マーテルは、シンプルな言葉が見事に映像化されていることに感嘆していた。リー監督は原作を読んだときに、「この原作を映画化する人は(製作の予算が高額になることを予測できるため)正気ではない」と思ったらしいが、フォックス2000ピクチャーズの社長エリザベス・ギャブラーが、彼にアプローチしたことで、この映画を制作することが自分の運命と思えるようになったという。エリザベスは、観客に新たな映像体験を提供することを重要視したそうだ。映画初出演となるスライ・シャルマは、「兄弟がこの映画のオーディションに参加していたために付いて行ったところ、彼も参加することを勧められ、いつの間にか主役を獲得していた」と笑顔で答えた。
ちなみに、劇中でボートに乗っているトラは、すべて別の場所で撮影したものか、CGによるものだそうだ。ただ、トラを調教しているトレーナーをずっと監視して、(セットでは)見えないトラの前で演技する工夫を研究したらしい。さらに、アン・リー監督は76日間もの間、海で漂流していた経験を持つスティーヴン・キャラハンがコンサルタントとして参加したことで、現場の士気が彼のおかげて高まったと話した。一方、スライが、そんなスティーヴンに漂流していた時期のことを聞いたら、「ほとんど海で漂流しているときは放心状態になっていることが多かったため、何かハプニングが起きると過剰なまでに感情が爆発してしまうので、その感情の高まりを演技に取り入れた」とのこと。作家のヤン・マーテルは、ヒッチハイクをしながらインドで原作を書いていたこと、さらにこの映画で描かれるいろいろな宗教は、インドでさまざまな宗教を学んだ経験に基づくものであることを話した。最後にリー監督は、予算上の問題でアメリカではなく台湾で撮影したものの、現地の人々は彼のために精いっぱい協力してくれたと明かした。記者会見が終わって、ようやく一仕事終わったという安堵感が彼の笑顔から感じられた。
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『ザ・ペーパーボーイ(原題)/ The Paperboy』
マイアミに戻ってきた記者ウォード・ジャンセン(マシュー・マコノヒー)は、記者ヤードリー(デヴィッド・オイェロウォ)と弟ジャック(ザック・エフロン)と共に、白人保安官殺害事件の調査を開始。犯人として逮捕され、死刑を宣告されたヒラリー(ジョン・キューザック)と接触を図るが、ヒラリーと文通する妖艶な女性シャーロット(ニコール・キッドマン)に惑わされ、事件の真相から徐々に遠ざかっていくというサスペンス、コメディーなどの要素も入ったドラマ作品。監督は、『プレシャス』のリー・ダニエルズ。
ニコール・キッドマン、リー・ダニエルズ、デヴィッド・オイェロウォ
前作『プレシャス』でアカデミー賞作品賞にノミネートされ、評価が一気に上がったリー・ダニエルズ監督の新作であること、さらにニコール・キッドマン、そして近年ジョージ・ルーカス監督やスティーヴン・スピルバーグ監督らと共に仕事をしてきた注目の黒人俳優デヴィッド・オイェロウォが記者会見に来ることで相当な数の記者が参加すると思っていたが、すでにカンヌ国際映画祭で鑑賞した記者が多かったせいか、思ったほど会場は混雑していなかった。キャストでは、自由奔放で妖艶な女性を演じたニコール・キッドマンも目を引くが、最も印象に残ったのが「ハイスクール・ミュージカル」のイメージを覆すザック・エフロンの演技。ただストーリーに関しては一貫性がなく、『プレシャス』の時ほどの衝撃は感じられなかったのが残念だった。そして、いよいよ記者会見がスタート!
以前、ニコール・キッドマンがニューヨーク映画祭に登壇した際は、『マーゴット・ウェディング』の記者会見で、その時はボトックスをした後だったせいか顔が異様に膨れ上がっていたのを鮮明に覚えていて、後に彼女自身もボトックスをしたことを認めていた。今回登壇した彼女は、ボトックスで硬直したときのような表情ではなく笑顔がきれいな印象だったが、柔らかく人間味のある感じではなかった。記者会見が始まると、リー監督は「十数年以上前に出版された原作を読んで以来、ずっと頭の中に残っていたのだ」と語った。原作と映画の違いは、デヴィッド演じるヤードリーというキャラクター設定が、白人から黒人になった点。ニコールは、この役のために実際に囚人を恋している女性数人に会って話を聞き、役に入っていったそうだ。さらにリー監督からは、「このセクシーな女性を演じるためにお尻を大きくしてきてくれ!」と言われたこともあったという。
次に、『セルマ(原題)/ Selma』でマーティン・ルーサー・キング・Jrを演じるはずだったデヴィッドは、突如全く正反対のタイプの役柄をオファーされたことにびっくりしたそうだ。続いて、リー監督は歌手メイシー・グレイが演じた役を、最初にアメリカの人気司会者オプラ・ウィンフリーに依頼したそうだが断られたらしい。「もちろん、ニコール演じるシャーロットが自慰行為をしているシーンがあるような映画に、(アメリカ中から愛されている)オプラ・ウィンフリーがOKしてくれるとは思わなかったけれどね!」と語っていたのがおかしかった。そして最後に、リー監督は予算があまりなかったために1960年代の衣装をそろえるために街に出て安い古着屋で見繕ったこと、今までの作品と違ってファイナルカットの権限は自分にはなかったこと、撮影もわずか2、3テイクに収めたことなど、苦労を振り返った。
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『フライト』
旅客機のパイロットを務めるウィップ・ウィテカー(デンゼル・ワシントン)は、酒浸りの生活を送っていたある日、不備があり墜落しかけた旅客機を大惨事から救ったことから一躍世間に注目される。だが、彼の操縦していた際のコンディションが、世間や調査員から疑問視されていくというドラマ作品。映画『キャスト・アウェイ』以来、12年ぶりに実写映画のメガホンを取ったロバート・ゼメキス監督の演出に注目。
ロバート・ゼメキス、ジョン・グッドマン、ドン・チードル、メリッサ・レオ、ジョン・ゲイティンズ、ブルース・グリーンウッド、デンゼル・ワシントン
ロバート・ゼメキス監督が12年ぶりに実写映画を制作したことや、デンゼル・ワシントンとのタッグを組んだことは、興味深かったが、プレス用の試写を含め、およそ約一か月間近くニューヨーク映画祭の取材をしていた僕は、体が完全に疲れ切っていた。しかも、この取材をする2日前に食中毒にかかったため朝9時からの試写に参加できるか、かなり不安であった。さらに、40~50分前に行かなければ席が確保できないだろうと思い、半ば放心状態で僕は会場に向かった……。運良くフロントの席は確保できたが、これから飛行機の墜落を防ぐ激しい映像を前方の席で観ると思ったら、余計に気が重くなった。ところが、いったん映画が始まると、デンゼルの迫真の演技、道徳心を追求するテーマ、構成にグイグイ引き込まれ、疲れを忘れて夢中になっていた。こういった映画はアカデミーの会員に好まれる作品だろうなぁと思っていたら、記者会見のためにキャストとスタッフが登壇!
あれっ、何かおかしいぞと思ったら、デンゼル・ワシントンがいないではないか! 事前にチェックしたE-mailでは、デンゼルも登壇することになっていたはずなのに……。すると司会者でニューヨーク映画祭のディレクターでもあるリチャード・ペーニャが、「デンゼル・ワシントンは体調不良で、参加できるようだったら来るだろう」と言い出した。主役なしで記事にするのはつらいなぁ……と思っていたら記者会見が始まった。まず、ジョン・ゲイティンズは、今から13年前に40ページ分の脚本を書いたという。その脚本は死の恐怖から生まれたもので、「飛行機で死ぬか、急性アルコール中毒で死ぬか」、二つの死に方を考えながら執筆していて、それが後にアルコール依存症からの回復や真実の価値について記すことになり、さらに道徳観も脚本に加えながら、この10年以上もの間、徐々に脚本を膨らませてきたそうだ。映画の冒頭に激しい雨天の中で飛行機を運航するシーンがあり、記者が「あれほどヒドい天候なら運航中止なるのが普通じゃないのか」とゼメキス監督にツッコむと「最終的に運航するかしないかを決めるのは機長なんだ」とやんわりと答え、「僕自身も、この映画のようにヒドい天候で飛行機に乗ったことが過去にあったよ」とも語っていた。
そして、記者会見開始から12分が経過して、ようやくデンゼルが登場すると拍手が沸き起こった。早速、ある記者が彼に出演の決め手を尋ねると、「脚本を気に入ったし、監督がゼメキスだと聞いて飛び付いた」とのこと。そして、司会者のリチャードが「一番大変だったシーンは?」と尋ねると、体調が芳しくないデンゼル・ワシントンは、「今が一番つらいよ!」とジョークで返して笑いを誘った。その後も短い返答が続き、デンゼルがかなり無理をして参加しているのが伝わってきた。最後に、ゼメキス監督は「このような題材を扱った映画(アルコール中毒の機長の物語)でも、試写を観た航空関係者たちのほとんどがポジティブなリアクションで、僕に感謝してくれたよ」と興奮気味に答えていたのが印象的だった。