サードシーズン2012年11月
私的映画宣言
生まれて初めてシスティーナ礼拝堂を訪問。映画好きなら『天使と悪魔』の場面を思い出すべきかもしれないけど、雰囲気が荘厳すぎてトム・ハンクスは露と消えたのでした。
●11月公開の私的オススメは『裏切りの戦場 葬られた誓い』(11月24日公開)。マチュー・カソヴィッツがささげた情熱が伝わり、胸の奥に熱いものがこみ上げてきました。
今年、明けてすぐ、大衆演劇通に誘われて、浅草・木馬館でとある一座を観て以来、面白さがクセになり、また鑑賞。超濃厚な芝居に、歌謡ショー。おひねり合戦に目が点になりつつ役者の妖艶さにしびれた。
●11月公開の私的オススメは『その夜の侍』(11月17日公開)。復讐(ふくしゅう)の決行日が、わたしの誕生日だった。フクザツな心境になった……。
これが掲載される頃には閉館している浅草六区の映画館街へ。酔っぱらいから品の良い老夫婦、若いカップルまで、一体になって映画を楽しめるまれな空間。個性的な映画館がなくなるのは本当に寂しい。
●11月公開の私的オススメは、わい雑な暗闇の中で観たいスリラー『ボディ・ハント』(11月17日公開)
今夏、約1か月半欧州を行ったり来たりしていたら、時差ボケが直りません。年齢をひしひしと感じる今日この頃。
●11月公開の私的オススメは『ふがいない僕は空を見た』11月17日公開)。タナダユキ監督の代表作ができちゃったよ。
今年の春にロンドンで舞台を再見し、期待マックスな『レ・ミゼラブル』だが、映画評論家の大先輩に諭された「映画は余計な期待をせず、まっさらな気持ちで観ること」という教訓を思い出し、冷静を装う年末までの日々。
●11月公開の私的オススメは『ふがいない僕は空を見た』(11月17日公開)。
北のカナリアたち
湊かなえの小説は登場人物の心理描写が緻密で、誰もが心の奥底に秘めておきたいうそや心のしこりをむき出しにし、真実に迫る筆力は読者にぐいぐい迫る。気軽に映画化はできない小説だけに阪本順治監督はじめとする豪華な製作陣がタッグを組んだのは正解だったと思う。役者のベストを引き出す演出はもちろん脚本、撮影、美術、照明と全般にわたって素晴らしく、見応えある作品に仕上がっている。20年の時間差を感じさせない吉永小百合の美魔女っぷりは神レベルとして、鍵を握る信人を演じる森山未來の脂の乗り切った熱演には心を揺さぶられた。
近頃、ヘビロテ状態の湊かなえの原作で、これまでの吉永小百合ワールドにはなかったサスペンス色を加えたかったのか。キスシーンまで披露するというチャレンジ精神は買うけれど、世のサユリストたちは彼女のイメチェンを望んでるの? 里見浩太朗と父娘を演じて、年を重ねても美しい吉永小百合のアンチエイジングぶりがより強調されてるだけに、だからこそもっとキレイに撮ってあげてほしかった。冬の海や利尻富士の自然美もいいけれど。生徒役の若手たちの頑張りもむなしい。ただ吉永小百合映画で一瞬でも場をさらう石橋蓮司、さすがだ。
東映の昔ながらのスター映画のフォーマットに、現代的なテーマを組み込んだ試みは面白い。吉永小百合の年齢を感じさせないたたずまいは奇跡的だ。が、スターである彼女の「華」と「今」を体現する若い役者たちの「リアル」の間にかみ合わないものを感じる。ブザマでも生きてゆく人間の活力という阪本監督ならではのテーマが、伝わりきれない歯がゆさを覚えた。宮崎あおいも小池栄子もスッピンに近い顔で頑張っているのだが……惜しい。
黄金を抱いて翔べ
言いたいことはわかるけど……という作品。原作に忠実に作っていると思うのだが、細かい部分への目配りができていない演出のマズさのせいで全体にユルユルな出来上がり。強盗映画は登場人物たちが壮大な計画を進めていくのが醍醐味(だいごみ)の一つなのに、強盗に関しては素人のわたしに「他の車が走っていないの変」とか「プラスチック爆弾、どこにあったの?」と疑問を抱かせる段階でダメだろ? あまりにも突っ込みどころ満載で、観ていて疲れたというのが正直な感想。監督の思いをくみ取ってあげる優しさはわたしにはありませんでした。でもかっこいいチャンミンが見たい、というファンはぜひ!
金塊強奪の夢に懸ける男たちの面構えが、井筒作品にしてはイケメンをそろえすぎ。しかも、東方神起のチャンミン出演。絶対的に熱烈ファンが殺到しそうだが、井筒監督はそんな女性目線を完全無視して、厄介な過去を抱えた男たちのドラマを血の気たっぷりに描く。ただ人間関係があっちこっちと多くて、とっちらかった感じ。時代設定は一体いつなのか、銀行のセキュリティーの甘さは苦笑もんだし、盗み方は突貫工事みたいなノリだし……。原作への熱い思いは感じられるけど、その思いには乗っかれないなー。
こんな筆圧の強い硬派な和製エンターテインメントが観られるとは、テレビドラマの延長のような薄味の邦画がもてはやされる昨今ではうれしい驚き。井筒監督の前作『ヒーローショー』ほどのテーマ性はないものの、はみ出し者たちの強烈な個性のギラつきにうれしくなる。俳優陣は皆、味があって良いけれど、妻夫木聡が骨っぽい役をこなしている点は意外性があって楽しめた。チビでもすごみを発揮する、アル・パチーノのような役者になってくれんかねえ。
原作&設定をお見受けするに、北朝鮮の元スパイとか皆さんかなりのプロフェッショナルな方たちだと思うんです。でも、逃亡する際に周囲をキョロキョロとか、いかにも俺たち怪しい事してます! と不審者感ムンムン。それぞれの犯罪も荒っぽく、これで気付かない警察ってアホちゃうか!? とすら思ってしまった。井筒監督らしいお上に対する揶揄(やゆ)ですかね? ただ荒っぽい分(派手ともいう)、ムチャなアクションは楽しませていただきました。
狙いは現金ではなく金塊。ターゲットの銀行もレトロな内観。男たちの会話や衣装、ムードは70年代風のテイスト。やけにノスタルジーな雰囲気に浸りつつ、携帯電話は使われているので、時代感覚が混沌(こんとん)とさせられる不思議な感覚を味わった。中盤までは各キャラの駆け引きを抑えめのトーンで描き、キャストも過剰に激しく感情を爆発させず好演。じわじわ高まるテンションがたどり着く犯行シーンと、その後の結末にカタルシスを得られるかどうかは、観る人それぞれかと。
人生の特等席
『ミリオンダラー・ベイビー』『硫黄島からの手紙』など俳優、監督として活躍しているクリント・イーストウッドが、およそ4年ぶりに主演を務めた感動作。17年間イーストウッドからじかに映画制作を学んだロバート・ロレンツが監督を務め、疎遠だった父娘が仕事を通して絆を取り戻していく様子を描き出す。まな娘を演じるのは『ザ・ファイター』のエイミー・アダムス。不器用な父親と、長い間そんな彼を遠くに感じていた娘がたどる再生のドラマが胸を揺さぶる。
[出演] クリント・イーストウッド、エイミー・アダムス
[監督] ロバート・ロレンツ
失明寸前の老スカウトが心通わせられない娘とキャリア最後の旅に出る。というコンセプトだけでオチまでわかる映画だが、「水戸黄門」的安定感にヒネリはいらない! イーストウッドが演じるガスは俺流を貫く頑固ジジイだが、ヒット音やキャッチ音だけで選手の才能を見極めるプロ中のプロ。『スペース カウボーイ』や『グラン・トリノ』で演じたキャラにも通じるし、データ重視のIT野球に古くさい方式で戦いを挑む展開もファンにはおなじみ。しかもエイミー・アダムスふんする娘との関係は『ミリオンダラー・ベイビー』をほうふつさせるし、ロバート・ロレンツ監督がイーストウッドのDNAを受け継いでいるのは間違いなし。そういう意味で1点加算してます。
大人の男としてイーストウッドに憧れてたし、じいさんになってもカッコいいと思ってた。が、老いとは恐ろしい。本作はそれを描いているワケだが、いきなり御大のしょぼくれ具合をトホホな描写で始めたのには参った。笑ったけどさ。声が出てなかったり……、正直ツラいなと思うシーンも多々。でも、自分の老いをスクリーンにさらしながら、逆に人生現役を打ち出す姿はむしろ潔く、出来すぎな話でも高齢化社会に生きる現代人に夢を与えてくれる。父親似のガンコ娘、エイミー・アダムスやジャスティン・ティンバーレイクもいい役どころだし、マシュー・リラードのわっかりやすい悪キャラもナイスだ。
ファンとして言わせてもらえば、こういう軽いイーストウッドが本当に見たかった。近年、巨匠のイメージが定着して、やたらとヘビーな映画ばかり目に付き、それはそれで見応えがあったが、『ダーティハリー』のパロディーを演じ続けた80年代のノリが恋しかったのも事実。久々に手下に演出を任せ、『グラン・トリノ』でのパロディーというべき頑固おやじを楽しげに演じている御大の姿に終始ニヤニヤさせられた。ご都合主義的な展開は減点だが、私的にはまったく憎めない。
イーストウッドが監督も手掛けていたら、唐突な娘との確執もすっきりと、情感たっぷりに描いていたと思う。そこは残念。だが、御大が82歳という年齢にあらがいながら、でもアナログな俺らの人生も悪くないだろ!? とでも言いたげな男の生きざまは素直にカッコイイと思ってしまった。まして、年齢を無視した『あなたへ』の高倉健を観た後だけになおさらだ。日本の映画界は何かと神聖化しがちだが、81歳の健さんが今演じるべき役のヒントはココにあると思う。
クリント・イーストウッドがクレジットされていれば、取りあえず品質保証。本作も一定レベルの感動は約束されている。主人公の老いとの苦闘が強調されているようで、実はそんな親を持つ子どもの視線で観ると、より胸が詰まるので、エイミー・アダムス主演の映画として観た方がオトクかも。終盤の、ある出会いはやや唐突だけど、娘の再出発として捉えれば好印象で、「いい映画を観た」という後味は残る。原題の二重の意味も含め、野球ファンが楽しめる小ネタがいっぱいなのもうれしい。