第4回 背景美術の魔術師・竹田悠介にインタビュー! 前編
『009 RE:CYBORG』の世界
ついに公開された映画『009 RE:CYBORG』!
石ノ森章太郎氏の未完コミック「サイボーグ009」を原作に、『攻殻機動隊S.A.C』シリーズの神山健治監督が新たに現代を舞台に作り上げた本作には早くも各界から絶賛の声が寄せられています。
ストーリーや映像はもちろん、そんな本作で注目したいのが、美術監督・竹田悠介の手掛けた背景美術。この道20年のキャリアを誇るベテランであり、神山監督作品には2002年の「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」から、そのほとんどに関わっているというまさに右腕的存在。知る人ぞ知るアニメーション界の大物なのです。
とはいえ、一言で「背景美術」といわれても、よほどのアニメファン以外は「よくわからない」という人が多いのではないでしょうか。背景美術とは、いわゆる「動かないもの」=キャラクター以外のもののこと。本作では六本木、上海、イスタンブール、ニューヨークなどが舞台になっていますが、それらの街の様子を伝える背景を担当したのが竹田美術監督です。
本作の制作中にはいったいどんな苦労があったのか。その竹田が語りました。
3D立体視映像は通常の倍以上の労力!
Q:今回の作品で苦労した箇所などはありましたか?
竹田:最初から3D立体視作品になるということはわかっていたので、それ用の背景をどう構築するかというのが問題でしたね。今回が本格的にやるのは初めてといってもよかったので。立体視映像は視差をずらさなければいけないので、ブックという背景のレイヤー数が通常よりも多くなるんです。通常の2D作品であれば、ブック分けがないカットもあるし、あったとしても3~4段、10段あれば多いという感じですね。なので、今度も10段くらいかなとぼんやり思っていたんですよ。
Q:それは今までの経験からですか?
竹田:というのも、2011年の『攻殻機動隊 S.A.C. SOLID STATE SOCIETY 3D』は2006年に公開された作品を3D化したものなのですが、その際にオープニングムービーだけは背景を全て立体視用に新作したんですね。そのときはせいぜいブックは5~6段でやっていたんです。『009』に関しても、去年の10月に公開されたPVではその程度だったんですよ。ただ、制作が進むうちに、そんな数では全然済まなくなってしまったんです。演出サイドからは「平均40段だろう」と言われたりして……。
Q:40段というと、通常の10倍ですよね?
竹田:そうです。通常ならば隠れているところも描かなければいけないので、1段が2段になれば、手数も増えます。今回は最高100段でした。現場のスタッフは、原図という背景のための仕様書を見るわけですけど、これが何のことなのか、ブック分けの指示があまりに多すぎて何のことだかわからない。しかも、そういうふうにブックを分けても、隠れているところはやっぱり隠れているんです。ただ、それは試行錯誤の末にわかったことで、最終的な回答は今になってもよくわからない。それを途中工程で一つ一つ確認している暇はありませんでしたからね。
「すごいね」とは言ってもらえないのが背景の仕事
Q:そうしたブック分けというのは、完成した映像を観てもわかるものなんですか?
竹田:わからないですね。というのはとても自然な立体視に仕上がっているので、左右の絵を重ねて見比べない限り、判別はできないと思います。100段に達したのが2カット、映像で見ても何で100段に分かれていないといけないのか、わからない(笑)。一つは中国の港を俯瞰(ふかん)するカットで、あれはコンテナがブロックごとに別のレイヤーで描かれているんですよ。もう一つが、ラストのフランソワーズの部屋のカット。あれは、椅子のクッションとか螺旋階段の手すりとか、全小物が別パーツです。これはわからないですよ。なおかつ「あのカット、特に立体的だよね」というのが売りのカットでもないですし。
Q:3D立体視以外の苦労はありましたか? 本作では六本木や上海など、実在の都市が舞台になっていますよね。
竹田:特にはないですね。そういうのはこなして当たり前なんですよ。例えば3D立体視のことで言うと、「立体視だからパーツ多いね」っていうのは誰も思わない。「美術さんすごいね」なんて声があるわけもない。なぜならできるだけ自然に見える立体視に仕上がっているから。観た人が「あれ?」って思わせてはいけない。だから、僕らは観た人に気付かれてはいけないことを頑張っているわけです。ただし、本当に頑張らないといけないのは描き上がった絵の完成度なので、実在のビルを描くといった種類の苦労は当然ありました。これは、あって当たり前の苦労なんです。
Q:では、神山健治監督作品と他の作品で取り組み方に違いなどはありますか?
竹田:神山さんの作品は現実が舞台なので、そういう意味ではすごくリアリティーを要求されますね。キャラクターの足場として、セットがしょぼいと物語に説得力が生まれない。物語を支えるセットがないといけない。僕らが仕事を始めたころに、先輩からよく言われたのは、「美術っていうのは良くてスルー。悪いと目立つ」ということです。
仕事が終わったという実感がない!
Q:竹田さんから観て、完成した作品はいかがでしたか?
竹田:作品の感想って、本当に難しいんです。何年もしないと湧いてこないんですよね。いつもそうなんですけど。作品を自分の作業の確認でしか観られていない。素になって観客として観られるのは何年も後。今回ももうラッシュのときから何度も観ているんですけど、基本的には自分がやった背景しか観ていない。ストーリーも本当の意味では入ってきていない。やった作品の映像を観るときは背景をチェックするという意識がなかなか抜けないんです。
Q:では、背景美術の出来栄えはいかがでしたか?
竹田:20年近く美術をやっているので、自分の目指していたことがどれくらいできていたかっていうのは普段は判断できるんですけど、今回は初挑戦の立体視映像だったということもあって……観る人がどう思うのかは全然わかりませんでした。「やったぞ」と思っている自分と、「うまくやれたのか?」っていうのが半々なんですよ。終わった実感では、まだ7割くらい。観た人の感想が徐々に届き始めて、やっと……という感じですね。「うまくいったんだな」とか「自分が考えていた以上に効果が出ているんだな」とか。
Q:具体的にはどんな意見がありましたか?
竹田:これまでの作品を観てもらっている第三者からの意見では、全体にピントの合った、いわゆる「パンフォーカスの絵でしたね」というのがありました。良く言えば、そう受け止めてもらえたんだな、と……というのも、今回は3D立体視だったので2Dでやるのとは絵の遠近感の付け方が微妙に異なっていたんですね。なので、悪く言うと「のっぺりしている」という感想もいただきました。
Q:一般の観客から反応はありますか?
竹田:最近はインターネットが発達したので、一般のリアクションがわかるようになりましたね。主にメールやツイッターですが。それでもだいぶ時代は進んだと思います。以前は背景会社にファンレターが届くっていうことはあり得ませんでしたからね。
Q:そうしたことで、仕事への取り組み方は変わったりはしますか?
竹田:それはありますね。力を入れた背景の作品っていうのは、やっぱりちゃんとリアクションがあるんですよ。僕たちがやっている仕事っていうのは結果が出ることの方が少ない。絵描きって大抵そうだと思うんですけど、手間をかけて、いろいろなことを試して、そのうちの一つでも成果につながればいい方なんです。とはいえ、まいた種の数だけでいったら、『009 RE:CYBORG』はダントツで多かったですね(笑)。
美術監督としてはすでに名声を確立した竹田すら、手こずらせた映画『009 RE:CYBORG』。今回は制作途中の苦労を語りましたが、次回では神山健治監督との関わりなども語ります!
取材・文・構成:シネマトゥデイ 福田麗
映画『009 RE:CYBORG』は公開中
短期集中連載『009 RE:CYBORG』バックナンバー
■第3回 声優コメント特集Vol.3 ~小野大輔・斎藤千和・玉川砂記子~
■第2回 声優コメント特集Vol.2 ~増岡太郎・丹沢晃之・大川透~
■第1回 声優コメント特集Vol.1 ~宮野真守・杉山紀彰・吉野裕行~
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