第48回『フライト』『ジャンゴ 繋がれざる者』『愛、アムール』『ジャックと天空の巨人』『シュガー・ラッシュ』
今月の5つ星
今年のアカデミー賞レースをにぎわせた『ジャンゴ 繋がれざる者』『愛、アムール』のほか、デンゼル・ワシントン主演のサスペンス、『X-メン』シリーズのブライアン・シンガー監督がおとぎ話を基に映画化したファンタジー大作、人気ゲームの悪役を主人公にしたディズニー・アニメなど必見の春映画を紹介します。
飛行機事故を題材にしたアクション・スリラーか、その事故を救ったパイロットからアルコールが検出されたことで巻き起こる法廷サスペンスを想像していたが、その実は愛すべきダメ男を描いたヒューマンドラマだった。だが、飛行機事故のシーンは容赦なく凄惨(せいさん)で緊迫感にあふれており、法廷では識者たちが主人公のためにあれやこれやと頭脳戦を展開。どの要素も含まれているのが、本作の魅力でもある。その物語展開は、ロバート・ゼメキス監督の出世作でSF映画である『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に盛り込まれたヒューマンドラマの要素を想起させるし、さすが「ザ・ヒューマンドラマ」である『フォレスト・ガンプ/一期一会』がアカデミー賞作品賞を受賞したゼメキス監督作品だといえる。そこで面白いのが、本作の主人公でパイロットのウィップ・ウィトカー機長がアルコール依存症でコカイン使用者……とフォレスト・ガンプとは似ても似つかないダメ男だというところなのだが、鑑賞後はフォレストに抱いたような愛着を、この男に抱かずにはいられないはず。(編集部・島村幸恵)
「ボヨーンボヨーン」と揺れる時代錯誤な歯のオブジェが装着された馬車が現れるタランティーノ・ワールドの幕開けにワクワクさせられる本作。愛する妻を取り戻すために極悪農場主への復讐(ふくしゅう)を誓う元奴隷の黒人ガンマン・ジャンゴと、なぜか彼の味方につく元歯医者の賞金稼ぎドクター・シュルツとの珍道中にして壮大な旅物語は、「負の歴史を破壊する」という意味では西部劇版『イングロリアス・バスターズ』といえる。ドクター・シュルツにふんしたクリストフ・ヴァルツが『イングロリアス~』に続いてタランティーノ作品で2度目のアカデミー賞助演男優賞に輝いているように、本作の魅力はヴァルツの並外れた存在感によるところが大きい。残忍なナチスの将校を怪演した前作から一転、本作では人種差別主義者を懲らしめる異色のヒーローを好演。ひょうひょうとした不思議キャラにもかかわらず、彼と、レオナルド・ディカプリオ演じる白人至上主義の農場主との対峙(たいじ)は、鳥肌が立つほどの迫力。「悪にはユーモアで応える」。そんなタランティーノのメッセージは、どちらかというと熱い血潮が流れる主人公ジャンゴよりも、このシュルツに宿っているかのような印象だ。現実には絶対に存在し得ない、夢のような痛快キャラが活躍するタランティーノ流の「血と暴力のファンタジー」に快感を覚えること必至!(編集部・石井百合子)
妻が突如病に侵されたことから生活が一変したパリに住む老夫婦の日常を描くことで死生観を問う人間ドラマの傑作。長年連れ添った夫婦でも夫が妻に初めて話す自分の過去があり、そのエピソードを聞いた妻が喜びの表情を浮かべる場面など、細かな一コマに掛け替えのない愛がにじんでおり、自分も彼らのような年まで愛する人と寄り添って生きられたらいいなと共感する。特筆すべきは、妻がアルバムを見ながら自分の人生を振り返り「素晴らしい 人生よ かくも長い 長き人生」と発する名シーン。右半身が麻痺(まひ)し自由が利かなくなった現状に絶望しながらも「人生は素晴らしい」という彼女の言葉に人生そのものが表現された美しいシーンとなっている。夫婦を演じたジャン=ルイ・トランティニャンとエマニュエル・リヴァの繊細でリアリティーのある演技は他に類を見ない素晴らしさがあり、第85回アカデミー賞主演女優賞にリヴァが選ばれなかったのは本当に残念の一言。ミヒャエル・ハネケが過激描写なしに王道たるドラマで新境地に達した。(編集部・小松芙未)
イギリスの民話「ジャックと豆の木」とそれより残酷な「Jack the Giant Killer(巨人殺しのジャック)」を基に、『X-MEN』シリーズのブライアン・シンガー監督が独自の解釈で描き出したアクション・アドベンチャー。豆の木が勢いよく天空へ向かって伸びる様子は3Dの効果もあって驚くほどグロテスクで、これまたグロテスクな造形の巨人たちが100体も空から降ってきて人間をバクバク食べるさまにギョッとさせられつつ、見入ってしまう。その一方で、ニコラス・ホルト(ジャック)、エレノア・トムリンソン(プリンセス)、ユアン・マクレガー(騎士)がそれぞれの役柄をさわやかに好演しており、彼らが繰り出す軽妙なやりとりがそんなグロテスクさとほどよくバランスを取っている。最後にはジャックの冒険がどう語り継がれて現在の民話になったのかという点まで示されており、2時間弱ですっきりと娯楽作にまとめたシンガー監督の手腕は見事といえるだろう。また、前述の主要キャストに加え『ラブ・アクチュアリー』のビル・ナイや『トレインスポッティング』のユエン・ブレムナーなどイギリス人俳優が勢ぞろいしている点もファンにはたまらないところ。(編集部・市川遥)
例えば30年間、同じ仕事をしなくてはいけなくて、おまけにその仕事が人から嫌われることだったとしたら? それがゲームの世界で「悪役」として働く主人公ラルフの悩み。本作は、そんなラルフがみんなに愛されるヒーローになるべく奮闘するアドベンチャー……なのだが、そこはディズニー。単なる子ども向けアニメで終わらないヒネリが用意されている。例えば、悪役として働くラルフは意外にブラックなゲームの世界の勤務に耐え、行きたくないと思いながらも規則正しく仕事に向かい、休みの日には同じ立場の同僚(悪役)と愚痴り合う。その姿は大人になるにつれてしがらみが増え、身動きが取れなくなっていった自分と重ならないだろうか? その意味で主人公のラルフは、大人になってしまった自分そのもの。スーパーマリオ世代の『トイ・ストーリー』とでもいうべき作品だが、それはゲームの世界を舞台にしているからじゃない。子どもの頃、スーパーマリオで遊んでいた世代の大人たちにこそ観てもらいたい作品だからだ。(編集部・福田麗)