第4限:ピクサーがオリジナルにこだわる理由
ピクサー訪問記『モンスターズ・ユニバーシティ』編
映画『モンスターズ・ユニバーシティ』。これまでに数々の名作を手掛けてきたピクサーの最新作です。
この連載では、そんなピクサーの社内に潜入!
第4回となる今回は、本作の監督に抜てきされたダン・スカンロンさんに話を聞きました!
取材・文:編集部 福田麗
映画『モンスターズ・ユニバーシティ』は、『モンスターズ・インク』の続編でありながら、サリーやマイクの「その後」ではなく、「その前」が描かれているのが最大の特徴。なので、登場するキャラクターも前作に比べるとぐっと若返っているのがわかります。
このように「モンスター」というキャラクターをいかに若く見せるかという点にも苦労したようですが、何よりも手こずったのはストーリー。本作は『モンスターズ・インク』の前日談にあたるため、ラストが『モンスターズ・インク』にうまくつながることは大前提。その上で観客の予想もつかない展開にする必要があったのです。
こちらは本作のアイデアボード。ここに写っているものはだいぶ整理されたものですが、制作中に思いついたアイデアはとにかく書き留めることが大事だそうです。
こちらはブレインストーミングで出たアイデアをまとめたスケッチの数々です。 しかし、アイデアが出ないときもあります。そういうときはどうするのかというと……
目の前にいる人の顔をスケッチしてみるのだとか。何も思いつかなくても、とにかく手を動かしてみることで活路が開ける場合もあるそうです。
ちなみにここに集められたのはそうしたスケッチのほんの一部。映画製作の初期段階では、実際に作業している時間よりも考えている時間の方が長いこともあるそうですよ。
では、次は実際に本作のストーリーをどのように組み立てていったのかを聞いてみましょう!
ピクサーの作品で最も大事しているのはストーリー。つまり、どれほど売れた作品であっても、良いストーリーを思い付かなければ、続編を製作することはありません。
これまでピクサーでは本作を含め長編アニメーション作品を14本製作していますが、その中で続編ものは4本のみ。ライバル会社であるドリームワークスでは製作作品の過半数を『シュレック』『マダガスカル』『カンフー・パンダ』といったシリーズものが占めているので、ピクサーの続編作品の少なさは際立っています。また、『モンスターズ』シリーズでは前作から本作までに12年、『トイ・ストーリー』も『2』から『3』の間に11年が経過していることも、「良いストーリーがなければ、続編は作らない」というポリシーを如実に反映しています。
では、本作の着想のきっかけとは何だったのか。ダン・スカンロン監督はこう明かします。
「前作『モンスターズ・インク』ではすでに仲の良かったサリーとマイクが、どのように仲良くなったのか、というところから本作はスタートしました。そのアイデアを思い付くのに、しばらく時間がかかったんです。オリジナルの映画を作ったピート・ドクターが『カールじいさんの空飛ぶ家』の監督をすることになり、他のことで忙しくなってしまった。それに最初は僕たちもこの映画を作ることを予定していたわけではありませんでしたから、本当に突然、本作のアイデアが出てきたんです」
しかし、そのアイデアが出てきても、ストーリーが完成するわけではありません。アイデアを膨らませ、ストーリーを考えているうちに、作っている側にとっても思いも寄らぬ方向に物語が転がっていくこともあるといいます。
「ピクサーでは、作品はどんどん変貌していくのです。時には、それはとても良いことで、今作っているのがこれ以上良くすることのできない最高の物語であることを確かめるために、多くの時間を費やします。なので、出来上がったものが企画初期と随分違っていることもよくあります。ただ思い出してみると面白いことに、重要なところ……言ってみれば、物語のハートとでもいうべき部分はそれほど違わなかったりするんです。そこには、最初に映画を作ろうとしたときのアイデアに引き戻す何かがあるんですね。変貌していくのは、その周りの要素なんですね」
実際、この作品でもそういったところはあったんでしょうか?
「ええ。主人公をマイクではなく、サリーにしたほうがよいのではと悩んだ時期もありました。ただその場合でも、どうしてもマイクの物語がとても重要なものとして浮かび上がってきてしまったんです。それで最終的には、今回はマイクのストーリーにするべきだと気が付いたんです」
ということは、悩みに悩み抜いた結果、結局元のまま……ということもあるわけで、製作陣の苦悩がうかがえます。ピクサーでは一つの作品に平均3~4年かかるというのもそのあたりが理由なのかもしれません。
「そうですね。でも、それは正しい物語を作ろうとしている以上は仕方のないことなんですよ。何か一つのものに固執するのではなく、どんなアイデアでもすくい上げたい。それはいつも心掛けています」
そうした柔軟性もピクサーの作品の魅力になっているのがよくわかります!
ダン・スカンロンさんは、本作の「監督」。監督がどんな仕事をしているのかは今更言うまでもないでしょう。脚本、アニメーション、音楽、編集などなど……作品全ての要素についての決定権があり、それはつまり作品のクオリティーについての全ての責任を負うことでもあります。 そして、ダン・スカンロンさんにとっては、これがピクサーでの初長編映画監督作。いったいどういった経緯で抜てきされたのか、聞いてみました。
Q:監督にとってこれはピクサーで初めての長編になるわけですが、ご自身のどういったところが評価されたのだと考えていますか?
ピクサーで働き始めてから、僕は週末の時間を使って、ピクサーとは無関係な『トレイシー(原題) / Tracy』というタイトルの実写映画を作っていたんです。そして、本作のプロデューサーのジョン・ラセターとピート・ドクターはその映画を観てくれた。僕が自分で脚本を書いて、監督をすることができるのを見てくれたんです。ほかにもいろいろなことがあったのでしょうけど、そのことが今回の起用につながっているのは間違いないと思いますよ。
Q:その作品を作っていなかったら、あなたもこの作品を監督していなかったかもしれないわけですね。
その通り。もちろん、どんな仕事でもそうだけど、実際のところは、やってみるまではどうなるかは決してわかりません。それはある意味でギャンブルだといってもいいと思います。でも彼らは、僕を少しは信頼できると感じてくれたんでしょうね(笑)。
Q:あなたはピクサーに来る前には『リトル・マーメイド II/Return to The Sea』『101匹わんちゃんII パッチのはじめての冒険』といった続編タイトルにスタッフとして関わっていましたね。
そう願っていたわけではないけど、なぜか僕は続編の仕事が多かった。でも、そういう意味では今回のことは大きな挑戦でした。この企画は最初から物語の「その後」ではなく「その前」を描こうと思い付いたものだからね。続編で大変なのは、すでにある断片を拾い集めて、新しいものを作り上げなければいけないということなんです。チェスを例に取るなら、チェスの駒を使って、同じくらい人気の出そうな、けれども全く新しいゲームを作ってみてくれ、と言われるようなものなんですね。ただし、今回のような前日譚(たん)だと全く違います。前日譚(たん)だと、物語がどうやって終わるか、それをみんなが知っているという難しさがあるんです。
Q:では、同じ続編でも方向性としては全く違うわけですね。
そうですね。でも、続編を長い間仕事にしてきた身にとっては、前日譚(たん)を手掛けることは面白い挑戦でしたよ。
Q:前日譚(たん)にするということは最初から決まっていたとのことですが、大学時代の物語にするというアイデアはいつごろ固まったんですか?
僕としては、もともと大学が舞台になるだろうと感じていました。マイクとサリーがある程度大人になってからの関係性がどうなっていったのか、そこを観たいと思ったんです。また、ピクサーの過去の作品には大学ものがありませんでしたから、大学を舞台にするというのは素晴らしいアイデアだ、ということになったのだと思います。
Q:大学を舞台にする上で、何か参考した映画作品などはあるんですか?
僕たちはみんな映画マニアですから、大学時代を舞台にした映画は山ほど観ています。特にどれがというわけではないのですけれど、古き良き時代の大学を舞台にした作品というのは、なぜか1980年代に多かったように思えるんです。ただ、ピクサーの作品はほとんどの場合、どの時代ということをぼやかしています。それでも、僕としてはそこに80年代の感覚を取り入れなければいけないだろうとは思っていました。ほんの少しなんですけれど、映画を観てもらえば、その時代へのオマージュといったものは感じてもらえると思います。
Q:そのほか、本作を観る人に注目してもらいたいことはありますか?
僕たちは、大学を舞台にした映画で自己発見をテーマにしたものが好きなんです。だから、この映画には「失敗したり間違いを犯したりしても、他にまだ機会はある」というメッセージが込められています。それは、この作品ならではのオリジナルな部分だと思います。主人公のマイクは欲しがっていたもの全てを手に入れることはできないけれど、最終的には自分自身の中にある特別なものに気付くことになる……ということですね。
映画『モンスターズ・ユニバーシティ』は公開中
(C) 2013 Disney / Pixar. All Rights Reserved.
特集「ピクサー訪問記 『モンスターズ・ユニバーシティ』編」バックナンバー
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