ジブリの「今」を描く!『夢と狂気の王国』砂田麻美監督インタビュー
数々の名作アニメーションを世に送り出してきたスタジオジブリの「今」を捉えた映画『夢と狂気の王国』。メガホンを取るのは、ガン宣告を受けるも最期の日まで前向きに生きようとする父の姿を記録したデビュー作『エンディングノート』が絶賛された砂田麻美監督。2作目となる本作で、ジブリの中核を担う宮崎駿監督、高畑勲監督、鈴木敏夫プロデューサーの3人を描いた砂田監督が、作品に込めた思いやスタジオジブリについて語った。
■ジブリを題材にした「映画」にしたかった
■映画だから撮れたジブリ
ジブリに関するドキュメンタリーを撮りませんかという依頼がジブリではない他の会社からあったんです。ただ、もともとは映画ではなくDVDやテレビなど別の形が想定されていて、かつ宮崎監督と高畑監督にはインタビューできませんという条件の中でのお話でした。
その後、鈴木さんのところに企画を持って相談に行ったものの、なかなか話が進まなかったのですが、最後に「映画にしたいんです」と絞り出すように言ったら、鈴木さんの反応が変わりました。これまでにもジブリのドキュメンタリーはたくさん作られてきたけど、映画という形は初めてだから何か新しいものができるかもしれないということで許可を頂きました。
■時間を掛けることの必要性
ジブリのドキュメンタリーを撮る以上は、いろいろな角度からジブリを見ていく必要があると思っていたので、時間をかけて精いっぱいやろうと思いました。DVD、テレビ、映画であろうと、作り方やそこにかける労力を変えるつもりはありませんでしたが、わたしは1作目の『エンディングノート』を映画という形で最初にお客さんに見せることができたので、2作目もそうしたいという思いがありました。
■約1年間、ほぼ毎日ジブリに通う
■ジブリとのかかわり
小さいときに時々観たりしていましたけど、ジブリと自分に特別大きな接点はありませんでした。大人になってからも『崖の上のポニョ』を映画館に観に行ったりしましたが、ごくごく一般的な感覚でした。
■撮り始めるまでの葛藤
最初は宮崎さんたちにはインタビューできないという条件があったので、かなり悩みました。それで一体何ができるんだろうと。ただ、ジブリ作品を熱狂的に観てきたわけではないわたしにどうして話が来たのかという理由がわからず不思議だなと思うと同時に、すごく光栄だなと思ったんです。そして、その光栄という気持ちが一体どこから来るのか、これが国民的であるということなのかと考えるうちに、その謎を解き明かしたいと思いました。
■ほぼ毎日1年通った撮影
初めは恐る恐るでしたけど、少し慣れてきてからはほぼ毎日ジブリに行っていました。昨年の秋の終わりから撮り始めて宮崎さんの引退の日まで撮ったので、延べでいうと約1年通いました。
■ジブリに対する夢と現実は変わらず
ジブリに対して勝手に抱いていた夢のようなイメージは全く変わらなかったですね。行ったことによって幻滅したり、「現実はこうだったんだ……」というようなことはほとんどない会社でした。
■宮崎、高畑、鈴木にカメラを向ける
毎日大変で、最後まで慣れることはなかったです。人にカメラを向けるのはそもそもものすごく緊張することだから。さらにそれが宮崎さん、高畑さん、鈴木さんなのでなおさらでした。ずっと緊張していました。
■タイトル『夢と狂気の王国』の意味
■タイトルに込めた狂気の意味
夢を追求すればするほど、周りの人に恐ろしいと思わせる瞬間にぶち当たると思うんです。宮崎さんたちが何十年も手作業でアニメーションを作り続けているという事実もそうだし、『風立ちぬ』を作る上でどうしても妥協できないという業みたいなものも狂気だと思います。高畑さんが公開を遅らせてでも自分の作品を全うしようとする姿も、いわゆる一般的な社会に当てはめたとき、簡単に理解できるものではないと思うんです。
それは一つの狂気だと思うし、鈴木さんも毎日楽しそうに仕事をされていますが、次々と周りが予想もしなかった作戦を打ち立て、いつそんなことを考えていたんだろうと驚くほど先を見越している。そういう姿を見ると、人間ってこんなことができるんだと感動すると同時に怖いなとも思います。畏怖の念ともいえるかもしれません。それを全部ひっくるめて“狂気”という言葉で表したかったんです。
■ジブリの人は皆が誠実に物事に向き合う
私利私欲のためにやっていないというのはジブリの一つ大きな魅力だと思います。三人(宮崎、高畑、鈴木)は一見、自分のために仕事をしているように見えるかもしれないけど、自分のことよりも、与えられた仕事や生きてきた中で巡り合った仕事に対してすごく誠実に向き合っている。それはジブリで働くアニメーターたちも一緒だと思いました。
そういう仕事の仕方ができる人たちってどんどん減っていっているような気がするんですよね。特にわたしの世代は、こと有るごとに「自分にしかないものを探しなさい」と言われ続けてきた。その結果、やりがいのある仕事や夢のある仕事ばかりを探し続けて、目の前のことに力を尽くせない人が増えているように思うんです。ジブリは親方がいて職人がいるという仕事の形をずっと保ちながら、作品という一つの完成形にたどり着く。それをみんな誇りに思って働いているように見えました。
■砂田監督から見た宮崎駿
■砂田監督から見た宮崎駿
ある時は少年のようで、ある時は侍のよう。両極端な個性が一日に何度も顔を出す方でした。無邪気に人にいたずらをしたり、冗談を言ったり、飛行機の話を楽しそうにする監督と、周りを一切寄せ付けずアニメーションに没頭する監督。同じ人間でありながらそこまで二つの顔が見えるのは、ある意味人間的というか、魅力だと思いました。
■精神的にも肉体的にも限界に見えた宮崎監督
『風立ちぬ』が公開されてしばらくしてから引退を知ったのですが、そんなには驚きませんでした。会話の中でも「もう最後です」というような言葉はありましたし、あれだけ精神的にも肉体的にも自分を追い詰めながら作品を作っているのを目の当たりにして、逆に『風立ちぬ』が完成したこと自体が奇跡的なことだと思っていたので、引退されることに特別驚きはなかったです。寂しいという気持ちよりもまず、お疲れさまでしたという感情が湧いてきました。
■次回作はフィクション
今は本作が完成したばかりなので、まだ次の作品に取り掛かろうという気持ちにはなれないのですが、また作りたいという気持ちが出てくるといいなと思っています。1作目のときからずっと言っていましたが、次こそはフィクションを撮りたいと思っています。
■ジブリを見学するつもりで
スタジオジブリと同時代に生き、作品を体験できることはとても幸運だと思います。図らずもわたしはその創作の世界をのぞかせてもらって本当に幸せな時間をたくさんもらったので、それをおすそ分けしたいという思いで映画を作りました。ジブリを一日見学するような気持ちで本作を観ていただけたらうれしいです。
映画『夢と狂気の王国』は公開中
公式サイト:http://yumetokyoki.com/
(取材・文:編集部 中山雄一朗)