第28回 サンセバスチャン国際映画祭(スペイン)
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第28回 サンセバスチャン国際映画祭(スペイン)
スペインの中でもバスク語を公用語とし、独自の文化を歩んでいるバスク自治州。途中、フランコ独裁政権の圧力を受けながらも、実に今年で62回(2014年9月19日~27日開催)の歴史を刻んできた映画祭があります。それが今やスペイン最古のサンセバスチャン国際映画祭です。2008年~2014年まで日本作品を担当した映画祭コーディネーターの久保田ゆりさんが、この6年の遍歴と魅力についてレポートします。(取材・文・写真:中山治美 レポート:久保田ゆり)
苦難を乗り越え62回
1953年に避暑地である夏の風物詩としてノン・コンペティションでスタート。1957年にコンペを設け、カンヌやベルリンと並ぶ国際映画製作者連盟認定のAランクの映画祭に。しかしバスクの独立運動が激化した1980~1984年はノンコンペでかろうじて開催し、Aランクを失った時期もあった。1985年の第33回大会でAランクに復活し、黒澤明監督『乱』(1985)を上映するなど世界に復活をアピール。1986年には功労賞にあたるドノスティア賞を設けてウディ・アレン監督など一流の映画人を招待して授賞式を行い、映画祭のハイライトを巧みに演出している。「街の人たちが映画祭を楽しみにし、映画祭も彼らを大事にしている。また映画祭全体が、監督らゲストを歓迎する温かい雰囲気に包まれています」(久保田さん)。
たびたび日本映画の特集上映も
久保田さんは、「日本のフィルム・ノワール」を特集した第56回をきっかけに同映画祭の日本作品を担当することに。「故・若松孝二監督と伊藤俊也監督が来てくれたのが良い思い出です」(久保田さん)。昨年は大島渚特集も行われたが、コンペや新人監督部門への新作映画を紹介すべく試写用DVDの収集、権利保有者への連絡、さらに現地入りした監督たちのサポートもする。「わたしが紹介したいと思う作品と、映画祭プログラマーとの間で違いが生じることも多い。それが永遠のテーマですね。一方で発見もありました。是枝裕和監督『歩いても 歩いても』が56回のコンペに選ばれた時、当時のディレクター、ミケル・オラシレギが『あの家族の物語はバスクの家族と似ていてものすごく共感する』と。そういう視点から映画の魅力が伝わる例があるのだと気付かされました」(久保田さん)。
スペイン語字幕がネックに……
新人監督部門には定評があり、『ヒューマンリソース』(1999)のローラン・カンテ監督、『殺人の追憶』(2003)のポン・ジュノ監督らが受賞している。日本からは近年、『PASSION』(2008)の濱口竜介監督、『エンディングノート』(2011)の砂田麻美監督が選出されているが、なかなかハードルが高い。「部門によってスペイン語字幕を付けなければならず、費用を出せないという映画会社も。日本にも助成制度はありますが、映画祭の出品費用は各社にとって難しい問題です。でも日本映画も海外戦略として製作の段階からこうした出品費用や海外宣伝費用を考慮した上で動かないと世界に通用しない時代が来ていると思います。国内への露出のみならず、もう少し外国語で記事が出ることの重要性と、それを国内宣伝に活用することを考えた方がいいのではないでしょうか」(久保田さん)。
歴史にあぐらをかかない
ホセ=ルイス・レボルディノスが2011年に新ディレクターに就任して以降、新設されたキュリナリー・シネマ部門とサベージ部門が好評だ。いずれも美食と、サーフィンをはじめとするアウトドアスポーツが盛んな街であるという特徴を生かしたもので、新たな観客の開拓に成功している。
また南米を含めたスペイン語圏や地元バスク地方を中心としたスペイン産映画の紹介にも力を入れており、日本ではなかなかお目にかかれない作品に出会える。「『イン・ア・フォーリン・ランド(英題) / In a Foreign Land』は、経済危機にあるスペインから職を求めて70万人が国外へ移住したという驚がくのドキュメンタリー。バスク祖国と自由を題材にした『ラサ・ヤ・サバラ(原題)/ Lasa Y Zabala』がコンペ入りするなど、市民がそれを受け入れる状態にあるのかと新鮮な驚きがありました」(久保田さん)。
ビルバオ空港から約70分
日本からサンセバスチャンへは、欧州各都市で乗り換えてスペインのビルバオ空港に入るのが便利。そこからバスで約70分だ。映画の合間のお楽しみは、何といっても美食巡り。「庶民的なバルから高級店まで、いろんな味を楽しめます。隣り合った地元の客と映画談義に花を咲かせることもあり、気軽にバスク文化に触れられるのも魅力です」(久保田さん)。風光明媚(めいび)な上に治安も良く、日本人観光客の人気も上昇中だ。
もっと映画祭の活用を!
日本ではどうしてもカンヌ、ベネチア、ベルリンの三大映画祭か、日本作品がよく受賞に絡むカナダのモントリオール世界映画祭への出品が多いが、久保田さんは「コンペじゃないとパブリシティーが出しにくいとかよく言いますが、宣伝する側が映画祭を活用し、たくましく(宣伝のための)ストーリー作りをしてほしいと思います。作品だけ映画祭に送って誰も来ないなんて、せっかく選ばれたのにもったいないですよ」(久保田さん)。今年からは東京ごはん映画祭とオフィシャルパートナーになったこともあり、本映画祭の日本での注目度はさらにアップするに違いない。
レポート:久保田ゆり
取材・文・写真:中山治美