第4回:エヴァンジェリン・リリー(タウリエル役)
『ホビット 決戦のゆくえ』ロングインタビュー
『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの60年前を描いた『ホビット』シリーズ。ピーター・ジャクソン監督が2001年の『ロード・オブ・ザ・リング』から13年にわたって描いてきた“中つ国”における冒険も、本作をもって完結します。ホビットファンの皆さんへ、記念すべき完結編『ホビット 決戦のゆくえ』の公開を前にメインキャスト6名のロングインタビューをお届けします。公開まで奇数日更新です!
第4回:エヴァンジェリン・リリー(タウリエル役)
実際に選ぶならレゴラスよりキーリ
Q:本作が長く続いたシリーズの最終作になることについてどのように感じていますか?
うれしい! この原作から4作を製作するのはあまりにも正しくないことだと感じるから(笑)。わたしが演じるキャラクターについて言えば、第2作『ホビット 竜に奪われた王国』では彼女がレゴラス(オーランド・ブルーム)に思いを寄せているかもしれない、もしかしたらドワーフのキーリ(エイダン・ターナー)に対して恋心を抱いているかもしれない、と思わせる曖昧な部分があったけど、それが展開していくの。
彼女が本当はどんな気持ちを抱いているのか、それを観客に理解してもらえるようになって、クライマックスのアクションへとつながっていく。この3作目では、わたしが演じるドラマチックな題材があるの。そのことは本当に刺激的だった。(J・R・R・)トールキンの映画の中で誰もがこれほど豊かなストーリーと題材を演じる機会を与えられるわけじゃない。わたしは本当にラッキーだった。
Q:先ほどお話にあったように第2作ではレゴラス、キーリとの微妙な三角関係も描かれました。実際のところ反響はいかがでしたか?
正直なところわたしが耳にしたのは……。わたしは悪い評判とか、そういうマイナスなマスコミや人々の反応には耳を貸さないの。そんなものは自分から探さない。だから、わたしが耳にしたのは、人々がそうした三角関係や関わりを気に入ってくれたってこと。映画には必要なことだったって多くの人々が言っていた。登場人物は男ばかりでとても重たい感じだから、気持ちを上げてくれるような軽い、優美な感じのものが必要だったって。特にタウリエルがキーリを癒やすシーンを気に入ってもらえたみたい。怒りだけでなく、それ以外の甘くて女性的なものを人々が感じられるシーンってね。
Q:実際にレゴラスとキーリから思いを寄せられたとしたら、どちらを選びますか?
間違いなくキーリを選ぶわね! 個人的にメトロセクシャル(美意識の高い都会風な男性)な中性的な男性はあまりタイプじゃないのよ。
Q:タウリエルはエルフとドワーフという相容れない種族の架け橋になる興味深いキャラクターですよね。なぜ彼女はそんなにも曇りのない目を持っているのでしょうか?
それはタウリエルが若いからだとわたしは思っている。わたしの息子は3歳なんだけど、彼はわたしとあなたを見ても、わたしたちを違う人種だとは見ない。ただ、違う女性だと思うだけ。それは、彼がまだそれを思い知らされていないから。人生経験を積めば積むほど、簡単に人々を区画に分けるようになっていくと思う。あなたはこの団体に所属している、あなたはこちらのグループ、というふうにね。
だけど、最初はそんなふうに考えなかったはず。タウリエルはエルフにしてはとても若いというだけでなく人生経験も少ないの。外の世界に出たこともない。エルフの人生しか知らなくて、汚らしくおぞましいドワーフのうわさしか耳にしたことがない。
このキャラクターでわたしが大好きな点は、ずっとドワーフの悪い話を聞いて育ってきたから、彼らはモンスターだっていうイメージが作り上げられてしまっているのにもかかわらず、彼女は実際に彼らに会ったとき、「わたしがおじやおばや兄弟たちから耳にしてきた何とも恐ろしい話の半分ほどさえも彼らはひどくないじゃないの」と思うところ。彼女は人生経験が少なくて、偏見にはルーツがない。ただ家族から「こういうふうに感じるべきだ」って言われたことが基盤になっているだけ。
だから、実際に彼らと会ったら、ばかげた見解を放り出すのにあまり時間がかからないの。それは本当のことではなかったってことがわかるの。自分の目で見えるわ、ってね。でもエルフ王スランドゥイル(リー・ペイス)のようにドワーフとの悪い体験があると、それが彼の抱く偏見の原因となり怒りのルーツとなってしまう。そんな人の意見を変えるのは困難よ。だけど、彼女の場合は一人としてドワーフに会ったことがなかったのだもの。そして彼女は、彼女なりの体験を得る。だから、あら、彼ってなんだかキュートだわ、魅力的ね、って感じるわけ(笑)。
一番の親友はスランドゥイル役のリー・ペイス
Q:エイダン・ターナー(キーリ役)とオーランド・ブルーム(レゴラス役)との共演はいかがでしたか。
2人とも素晴らしい男性よ。イギリス人との仕事は大好き(エイダンはアイルランド人)。彼らって実はほとんどふざけて時間を過ごすんだけど、そこが気に入っているの。生真面目で肩の張る態度は苦手だから。オーランドほどふざけることが好きな人はいないわ。彼は『ロード・オブ・ザ・リング』の伝統ともいえる、青春まっただ中みたいなブリティッシュボーイズの小さなグループからやって来た人。彼らはいつでもふざけ合っていろんな冗談を飛ばしているわけ。そうした空気や遊び心はオーランドが撮影所に持ち込んだものよ。
そしてエイダン。彼が話すのを聞いたことがある? あの声を聞きながらだったら毎晩うっとり眠りにつけるわ。最も美しいアイルランド英語。彼はチャーミングな若者で、美しいえくぼに漆黒の髪。見ているだけでうっとりさせられる。話したら楽しいし、とても良い役者よ。そしてエイダンとわたしは本当にシリアスなシーンを演じた。このシリーズではあちこち動き回るでしょ。それでもわたしたちにはじっと動かずに会話できるシーンがあってすてきだった。エイダンは良い役者だから楽しめた。2作目の独房シーン。星空の下を歩くことをわたしが話したりするシーンなんかもね。
Q:ピーター・ジャクソン監督がFacebookにアップした動画を見て、エルフ役の役者たちの仲がすごく良さそうだなと思いました。
ええ、彼らとの共演は本当に楽しかった。リー(スランドゥイル役のリー・ペイス)とわたしはしばらくルームメートだったのよ。最初のニュージーランドでの2~3か月、一緒に暮らしたの。だからリーとわたしは撮影所での一番の親友だった。それは楽しいときを一緒に過ごしたわ。そして、そんな彼が現場ではわたしの王になる(笑)。とても奇妙でしょ(笑)。
あとオーランドとリーとの親子関係もおかしい。オーランドの方がリーよりも年上なのに、彼はリーの息子を演じなくてはならなかった。見ていていつもおかしかったわ。
Q:本作でもタウリエルには多くのアクションシーンがあるのですか?
ええ。でも、レゴラスほどのアクションはないわ。彼のお株を奪うなんてこと絶対しないわよ。今回もアクションはあった。でもタウリエルにとってのフォーカスはより感情の面にある。わたしはそれを気に入っているの。
人によっては「あ~、やっぱり女性キャラクターだからね。感情のシーンを与えられるわけね。男たちは殺し合いができるけどね」と言うかもしれないけど、わたしの反応は「ええ! 彼女は女性だもの! それに何か問題でも?」ってこと(笑)。わたしたち女性はより感情的な生き物だもの。それを恥ずかしいとは思わない。かなり誇りに思っているわ。自分の感情とコネクションがあることがわたしたちを美しくするのだし、パワフルな生き物にするわけだから。本作でタウリエルの感情がたどり着く先が見られることに興奮しているの。
五軍のバトルシーンは全部、追加撮影中にやったのよ。わたしにとってそれは幸いだった。だって、撮影所に戻ったときには出産から2年がたっていて、わたしの体はまた強く戻っていたから。2作目でのアクションシーンは出産直後に撮影したものなんだけど、とても体力的なことができる状態になかったの。だから本作のバトルシーンの撮影のときは、ようやくちゃんとスタントができる状態になってうれしかった。
唯一の映画オリジナルキャラだということ
Q:タウリエルは原作に登場しない唯一の映画オリジナルキャラということで、演じるのは大変だっただろうと思います。
わたしはそれをありがたいと感じたの。みんなが本を読んだときに抱いたイメージへの期待を裏切るかもしれないというプレッシャーなく、キャラクターを創造できる自由に感謝した。マーティン・フリーマンは心から気の毒だと思うわ。だって彼は、イギリス文学史における最も伝説的なキャラクターであるビルボを演じなくてはならなかったんだもの! ビルボがどうであるべきかという、みんなのビジョンをどうにかして表現しなくてはならなかった。そのプレッシャーといったら恐ろしいものだったと思う。でも、わたしの場合は自由があった。
いったんこの役柄をやるのだと決めた後は、彼女が原作に登場しないキャラクターだってことを心配するのはやめた。この役柄のオファーをもらったときはもちろん「えっ!? 本に出てこないキャラクター?」って心配した(笑)。だけどピーターたちから説得されて、実は彼女は原作に出てきていた、つまりトールキンはただ彼女に名前を与えなかっただけ、と認識するようになった後は、何も心配しなくてもいいと自分に言い聞かせた。
そうしてタウリエルが一番いい役柄になったのよ。つまり、誰もわたしに「彼女は原作では、そうじゃなかった。あなたの解釈は間違っている」って言えないわけだから。「ノー、彼女は完全にこの通りだったのよ。わたしが勝手に作り出した姿そのままよ!」ってね(笑)。
Q:それにしても原作純粋主義のファンも多いですし、勇気が要ったのではないですか?
わたし自身がまさにそのようなファンなの。でもピーターが映画化するにあたって施した全ての変化のうちで、わたしの役柄を加えたことが最も意義のある、重要なものだと感じた。映画を観たとき、ゴブリンのトンネルのシーンのストーリーは原作と随分違うものだって思った。トールキンファンのわたしとしては「え? これ、違うわ」っていう反応よ。そして、わたしのキャラクターはこのストーリーの変化に比べたら大した変化でもないわよね(笑)。かなり小さな変更だと思った。
ピーターとは『スター・ウォーズ』についてたくさん話し合ったの。わたしは『スター・ウォーズ』の大ファンなんだけど、新3部作は大嫌いだと感じた。ところが旧3部作を観たことがなくて、新3部作が大好きだっていう新しい世代の子供たちがいる。旧3部作のことなんて全く気にもしていない世代よ。新3部作を通して、古いストーリーが新しいファンを作ったというわけね。新3部作がなかったら、この若者たちは『スター・ウォーズ』が何かも知らなかったことでしょう。
それと同じように、原作を読んだこともなくて、でもタウリエルが一番好きだっていう観客が存在する。原作のことなんて全く気にも留めていない人たちがいるの。新しいメディアを通してトールキンのストーリーに恋をして、タウリエルが大好きだという若い世代がね。それはなんて美しいことかしら。ストーリーを生き続けさせる力となっているわけだもの。もっと現代的な方法でね。なぜ「現代的」かというと、2014年の現在、女性の出てこないストーリーって、あり? 1935年なら良かったでしょうけど(笑)。
ピーター・ジャクソンはパジャマも脱がずに働き始める
Q:ピーター・ジャクソン監督の演出はいかがでしたか? 胸に残っている言葉などありますか?
いいえ、彼は知恵ある名言をわたしに投げ掛けたりはしなかった。ピーター・ジャクソンはそういう人じゃないの!(笑) 彼は一緒に働くには本当に楽しい人よ。でも、そういう特別な言葉を吐くようなタイプじゃない。彼はただおかしな人で、いつもふざけている。シリアスにならないタイプ。でも勤勉にハードに働く。一緒に働く人たちのことを真面目に扱ってくれる。誰よりも早く起きて、誰よりも遅く床に就く。朝起きた途端に働き始める。パジャマも脱がずに即、働き始める(笑)。本当に彼ってそんな感じなのよ。髪もとかさないし、顔も洗わない。働くことに夢中だから時間がないの。
そんな彼とはただ一緒に笑うだけ。そんなピーターと働くことを本当に心から気に入った。わたしはプラスチックの尖った耳を着け、中つ国だというセットに立っているわけでしょ。木が歩くことができて、熊が話すことができる世界に。そんな設定でどれだけ自分たちを大真面目に扱える?(笑) 彼はちゃんとわかっていて、自分のことを大真面目に受け止めたりしないの。
Q:なぜピーター・ジャクソン監督がこの『ホビット』、そして『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズにふさわしい監督だったのだと思いますか?
わたしはトールキンの大ファンだから、最初に彼が『ロード・オブ・ザ・リング』を製作するとなったとき、神聖なものを汚す行為だと思った。「絶対こんな映画、観るものですか!」って啖呵(たんか)を切ったわ。トールキンの作品をだめにしてしまうって思ったから。
でもクリスマスの家族だんらんの外出として、おじ、おば、いとこ、両親、家族全員で『ロード・オブ・ザ・リング』を一緒に見に行くことになったの。絶対、鑑賞しないって心に決めていたのに、クリスマスの特別な家族イベントだからみんなと一緒に出掛ける羽目になってしまった。でも、それは人生におけるマジカルな瞬間と呼べるものとなった。夢としか認識していなかったことが現実に自分の目の前で起きる、そんな魔法の瞬間。わたしの頭の中に描かれていた全てを、ピーターは認識していたのよ。『ロード・オブ・ザ・リング』3部作の中で、ほんの2か所だけ「あー、それはわたしが想像していたのと違う」と思っただけ。それだけよ。
そして、家族と話してわかったんだけど、みんな同じことを言うの。自分たちが思い描いていたものと同じだったって。でも、わたしたちみんなが全く同じものを頭の中で描いていたなんてあり得ないことよ。みんな人それぞれ違う画(え)をイメージしていたに違いないのに、彼はエッセンスとなるものを見つけたの。わたしたちみんなのイマジネーションのエッセンスを捉えたということ。
それって本当に信じられないほど不可思議な神業のように聞こえるけど、どうしたわけか彼はみんなの集団意識を捉えられたのよ。人々はトールキンの作品をそれは情熱的に捉えている。彼らはトールキンの視覚的な世界を長い間、頭の中に描き続けてきたから、その集団意識が一つの命となって息づいていったような感じ。そして、ピーターはそれを提示しなくてはならなかった。
だけど、彼自身は『ホビット』の製作に関して「僕はファンを満足させるためにこの映画を作っているんじゃない。僕自身を満足させるために作っているんだ」と言うの。「自分の気に入った映画を映画館で観たいんだ。他の人たちが気に入らなければ、もうそれに関して僕は何も手を施すことができない。いつでも僕の映画を気に入らない人が出てくる」って。それこそがどのアートであろうと取り続けなければならない態度だとわたしは思う。50年以上人々から愛し続けられてきた神聖な原作の映画化に関してもね。
Q:さきほどピーター・ジャクソン監督は名言を吐くような人じゃないとおっしゃっていましたが、今の彼の言葉こそいい格言ですね。
本当にそうね! それは真実だわ。実はね、ピーターがわたしに言ってくれたベストの言葉というと、「連続性は女々しいやつらのためのもの (“Continuity is for pussies.”)」だわ(笑)。それはわたしに染み付いてしまって、他の監督と仕事をするときにも「ピーター・ジャクソンいわく……」ってその言葉を放り投げてしまいそう。「最後のカットでは、あなたは左手でコップを持っていたから今回もそのように」って言われるたびに、「連続性は女々しいやつらのためのもの!」ってね(笑)。
Q:この新作にわたしたちは何を期待できるのでしょうか?
ハハハ!(笑) 『ロード・オブ・ザ・リング』で観た戦闘シーンのリピートを期待しちゃだめよ。多くの人たちが「どうやってピーターは彼自身が描いた『ロード・オブ・ザ・リング』を超えるのだろうか」って言ってくる。特にあの『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』での最後の戦闘シーン。「あれ以上のものを彼はどうやって実現できるだろうか」ってね。
そのプレッシャーについては撮影現場でピーターと直接話した。去年の宣伝ツアーのときにも、そのプレッシャーは大変なものだろうってことが話題になったの。彼は「そんなこと気にしていられない」って言っていた。「トールキンに忠実でいなくてはならない」、そして「トールキンは今回のバトルをあのバトルより先に書いたんだ。彼自身、あの戦闘以上のものを表現しようとはしていなかった」とね。
色調が違うのよ。全く違う境遇にある。今回はバトルを終結させるためのバトルじゃない。つまりバトルを始めるためのバトルなわけよ。今回のバトルは、中つ国のステージを設定するためにあるもの。だから、これは問題を解決するためのものではなくて、物事を揺るがすためのもの。『The Hobbit: The Battle of the Five Armies(原題訳:ホビット 五軍の合戦)』というタイトルを見ただけでも、一対一で戦ってどちらかが勝利する、というものではないことがわかるでしょう。
5人が戦えばみんなが負けてしまう。それが『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズへとつながっていく元になっているの。そして、多くの意味で、これは戦闘だけではなくてそれぞれのキャラクターのストーリーでもある。ビルボのストーリーがフロド(イライジャ・ウッド)のストーリーへとつながっていって、わたしのストーリーがオーランド演じるレゴラスのストーリーへと続いていく。トーリン(リチャード・アーミティッジ)のストーリーはギムリ(ジョン・リス=デイヴィス)のストーリーを設定していく。
そういう驚異的な設定が今回の作品では展開されているの。そして、これは時代の終わりでもある。中つ国の純粋で理想的な時代の終わり。だから多くの終結が描かれている。ああ、もうおしまい、っていう気持ちにさせられる。わたしはこれが3部作の中で最も美しい作品だと思うわ。
(取材・文・構成:編集部・市川遥)
『ホビット 決戦のゆくえ』ロングインタビュー バックナンバー
第1回:イアン・マッケラン(ガンダルフ役)
第2回:ルーク・エヴァンス(バルド役)
第3回:リチャード・アーミティッジ(トーリン・オーケンシールド役)
映画『ホビット 決戦のゆくえ』 は12月13日より全国公開
映画『ホビット 決戦のゆくえ』公式サイト
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