最終回:マーティン・フリーマン(ビルボ・バギンズ役)
『ホビット 決戦のゆくえ』ロングインタビュー
『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの60年前を描いた『ホビット』シリーズ。ピーター・ジャクソン監督が2001年の『ロード・オブ・ザ・リング』から13年にわたって描いてきた“中つ国”における冒険も、本作をもって完結します。ホビットファンの皆さんへ、記念すべき完結編『ホビット 決戦のゆくえ』の公開を前にメインキャスト6名のロングインタビューをお届けします。
最終回:マーティン・フリーマン(ビルボ・バギンズ役)
目に見えない絆がある
Q:ビルボとの旅を振り返っていかがですか? 長かったですか? それともあっという間でしたか?
あっという間とは思わないな。長かったと感じるよ。ニュージーランドに行ったのが、2011年1月だったから、かなり前のことだ。去年撮影が終わったとき、僕は自分でも意外だったんだけど感極まってしまった。彼らとは2年半ずっと一緒に過ごしてきたわけだけど、それは誰の人生においても大きな部分を占めるものだと思ったんだ。2年半というのはかなりまとまった年月だからね。あっという間だとは全く思わない。
彼らのことをずっと以前から知っているかのように感じるほどさ。一緒にさまざまなことを体験してきたから、目に見えない絆がある。もちろん、戦争や軍隊といったものと似ているなどと不謹慎なことを言うつもりはないけど、戦友のようなところがあって、ずっと会っていなかったとしても再会するとその瞬間からまたそれまでと同じように付き合っていくことができるんだ。
Q:ファンタジーならではの難しさ、というものはありましたか?
そうだね。僕たちがやっていたような映画製作ではかなりの部分をCGでやるわけで、CGというのはこれからもずっと形を変えながら使い続けることになるものだ。僕は役者の目を見て演技をしたいと思うタイプなんだけど、全長400フィートのドラゴンが実際に生息しているということはないから、それは実現しないことだ。だからそういうふりをしてやらなければならない。
それは仕方ないことだね。役者の財産の一つは想像力だ。もちろんドラゴンはファンタジーの要素だけれど、中つ国の善と悪というのは、僕たちの宗教、政治哲学、イデオロギーといったものに影響を与えるもの。善、邪悪な敵といった考え方は世界共通だし、だから取るに足りないものよりもより演じやすいんだ。
『スター・ウォーズ』の最初の3作がなぜ、次の3作よりも圧倒的に良いのかわかるかい? なぜなら、誰も通商連合(『スター・ウォーズ』に登場する架空の商業組織)なんてものには全く興味がないからだ(笑)。そんなことに関心がある人なんていないだろう。でも、ダース・ベイダーのことは気になる。彼は悪役だから、その姿に反感を抱かせる。ところが新3作部作ではあまり重要ではないことにこだわっていて、「そんなの僕にはどうでもいいんだよ!」と思ったよ。
本作については、大規模な戦いがあり多くの死が待っているということはわかっているから、ビルボはもちろんそれを回避しようとする。彼自身のためにというだけでなく、仲間のためにもね。代償は大きいわけだけど、そういうのは好き。観客としても、そして僕の場合は役者としてもね。
Q:先ほど話に出たドラゴンとのシーンについてもう少し教えてください。
かなり難しかった。うまくやるのが結構難しい。人生においての全てのことがそうであるかもしれないけどね。うん、人生において全てのことが、うまくやろうとするとより難しいと感じるものなんだ。「そんなことはお茶の子さいさいだ」と思うかもしれないけど、単に見上げるというだけでも実際にやってみると難しい。実際に見ているのは壁なんだけど、その壁を見ながら恐怖を表現しないといけないわけだから、自分自身で「信じられない」という気持ちを排除してやらなければならない。恐怖を感じることになっている壁と、聞こえもしない恐怖の声に対して演技するわけ。
Q:ということは、ベネディクト・カンバーバッチを想像するわけではないのですね?
それはない。だって、彼のことなんて怖いと思っていないから(笑)。ベン(ベネディクト)がそこに居るわけではなく、2階建てバスくらいの大きさの頭を持つドラゴンだと思って演じなければならないから難しいよ。でも、そこでテクニック、経験、プロの役者としての資質が必要になってくるんだ。そういうものを備えているというのが僕たちの仕事の一部。そこが成熟した男性と青年の違いだね。そういうものをより頻繁に、より早い段階で駆使しなければならなかった。
Q:NGはあまりなかったのでしょうか?
どうだろう。この映画ではそれほどNGがたくさんあったとは思えないな。楽しい雰囲気で、僕たちは皆楽しんでやっていたけれど。カメラが回り始めて、半分アドリブのような演技や、アドリブ感覚の演技でやっているときにそういうことが起こりがちだね。自分でも何を言おうとしているのかわからないし、セリフと少しでも違うことを言うと笑えてきたりする。だけど、本作では安定している感じがあった。固定しているというか……。だから、カメラが回りだすととても大人な感覚が生まれるんだ。プロセスそのものはとても楽しかったけど、不思議なもので、あまりとちったり、へまをやったりという瞬間はなかったんだよ。
“劇場の後ろの方にまで届くように”演じる
Q:本作にはエモーショナルなシーンも多いと思います。
演じていても、エモーショナルなシーンが一番好きなんだ。爆発のシーンなんかより、そういうのがいいと感じるね。もちろん、両方とも好きだけど。(脚本を手掛けた)ピーター(・ジャクソン監督)、フラン(・ウォルシュ)、フィリッパ(・ボウエン)は登場するキャラクターを心から愛していて、キャラクター同士のエモーショナルな絆を大事にしていたから、そういう側面にとにかく愛情を注いでいた。だから単なる爆発だけで終わってしまうようにはしたくなかったんだ。
Q:エモーショナルなシーンでの演技で気を付けたことはありますか? ファンタジーとリアリティーのバランスと言いますか……。
実はイアン・マッケランがガンダルフ役でそれを見事にやっているといつも思っていたんだ。彼は『ロード・オブ・ザ・リング』の1作目でその二つのバランスを見事に取っていたと思う。彼ほど素晴らしい俳優が演じなかったら、きっと人々に共感してもらえることのない大げさな魔法使いで終わっていた。
自分の出演する作品がどのようなものであるかというのを十分に理解するのは、とても大切だと常に思っている。本作は『ニル・バイ・マウス』(ゲイリー・オールドマン監督)ではないんだ。そうした作品とは全く毛色が違う。いつも綱渡りのようなもので、演劇的には時にはパントマイムだ。いや、必要なパントマイムだと思うけど、それでも真実味のある心情を描いている。そしてビルボはその中で、核となるキャラクターでなくてはならなかった。彼は観客の立ち位置に一番近いから、そうでなければならなかったんだ。
自分自身を信じてやるしかなかった。そして監督を信じて、一歩でも線を踏み越えたら指摘してもらえると信じてやった。その世界にどっぷりと浸り、自分が行くべき位置をしっかりと把握する。そして若干大げさに演じるんだ。演劇用語で言うと“劇場の後ろの方にまで届くように”演じる。それからまた、レーザーのように正確な演技が求められるシーンもある。一対一のシーンで、相手に自分の内面をさらけ出すような場面では、さまざまな要素が共存する。そして時にはそれらが皆同じシーンで起こることもあれば、別のシーンで起こることもある。
それでも、それをどうやっているかは自分でもわからないというのが正直なところなんだよ。わかるようになるまでそのトーンでひたすら何か月、何年も居続けるんだ。というのも、役者としてどうしても避けたい状況というのは、偽物になってしまうこと。それでは話にならない。ジミー(ジェームズ)・キャグニーは昨今の映画業界の誰よりも存在感があったわけだけど、彼が言ったセリフを疑ったことなんて一度もなかった。わかるいかい? そこまで彼は信じられる存在だったんだよ。
Q:イアン・マッケランはあなたのことを絶賛していました。彼との共演について教えてください。
最高だったよ。一緒に仕事をしたいと思う役者だね。彼のために、自分ももっと上を目指さなければと思わせてくれるんだ。彼はいつも僕の話に耳を傾けてくれる。彼と一緒だとそのシーンが生き生きとしたものになるんだ。寝る前に寝室で、「明日はこうやって演技をしよう」などと計画してからセットにやって来るなんてことはない人だ。息づいている、生きた演技なんだよ。彼との共演はとても楽しかったね。オフの時間を一緒に過ごすのも、仕事を一緒にするのもどちらも楽しい人だ。
Q:ピーター・ジャクソン監督はいろいろなバージョンのテイクを撮るんですよね。彼の演出はいかがでしたか?
ああいうスタイルの演出が僕はとても好きなんだ。少なくとも僕の個人的な経験から言うと、彼は数テイク撮って終わりということはなかったよ。僕はその重要性は理解していた。彼はたくさんの選択肢があるというふうに考えているんだ。これ以外にどんな方法があるだろうかと常に追求している。
それからまた、ある者がアイデアを出すと、それによって別の者が「ああ、それなら、こうしてはどうだろう?」というふうに思い付くことになり、そうやってどんどん膨らんでいくんだ。そういうのが僕はとても気に入っている。それからまた彼が与えてくれる自由もうれしいし、彼もまた僕が提供する選択肢を喜んでくれた。僕は同じテイクを2度やることは決してないからね。
映画とテレビとトム・クルーズ
Q:伝説的なファンタジーの実写化に参加、ニュージーランドでの撮影、長期間ほかの俳優たちと過ごして……というのはなかなかない経験だと思います。
キャスト、クルーたちとはかなり長い期間を共にした。君が言うように、これがもし1作で完結する作品だったとしたら、ここまでの経験や、お互いあうんの呼吸で仕事をするということはなかっただろうね。それと同時に、これは僕たちの仕事では大概そうなんだけど、ある仕事をやったら、次の仕事に移っていく。僕とリチャード(・アーミティッジ)はいつも一緒につるんでいるとか、僕とイアンがそうだとかということはないんだ。それでもお互いに顔を合わせるのは良いものだよ。
ニュージーランドでの撮影は最高だった。他の国からあまりにも遠いところにあるから取り残されていると感じたこともあるけど、僕たちは干渉されることなくやっていくことができたんだ。ピーターはそういう意味で、とても自立していたと思う。スタジオは彼のことをとても信頼していて、彼は文字通り自分の“裏庭”でやっていたというわけだ。毎日仕事に行くのに、あそこまで短い距離だったことはこれまでなかったよ。通勤にかかるのが片道わずか5分というのは良いものだよ。全てが良かったわけだけれど、恐らくこういうのは今後二度とないだろうね。このような機会が一生のうちに二度あるとは想像し難い。
Q:アメリカでテレビドラマ「FARGO/ファーゴ」(2014~)の撮影をされたのと、かなり異なる体験だったのでしょうか?
そうだね。「FARGO/ファーゴ」は厳密に言うとカナダでの撮影だったけどね。あそこまで寒い思いをしたことはなかったよ。あれだけ長い期間ずっと寒かったことはなかったね。
Q:だからひげを生やしたのですか?
いや、これはまた別の役のためだよ(取材当時、舞台でリチャード三世を演じていた)。「FARGO/ファーゴ」のためにひげを生やすことができればどんなにありがたかったことだろう。そういえば、他の誰もがひげを生やしていた。クルーなんて、誰もがみんなサンタクロースみたいだったよ。女性ですらそうだった(笑)。なーんて、とにかく、今までで一番寒い思いをしたね。
Q:テレビのキャリアは上昇気流に乗っていますが、その成功についてどう思われますか?
とてもありがたいと思っている。光栄だよ。
Q:映画のキャリアをしのぐものだと思われますか?
それはどうだろうね、わからないよ。そうなのかもしれない。正直言って、カメラさえあれば、それが映画だろうがテレビだろうが全く違いはないと思うんだ。知っての通り、僕はこれまでも映画スターだったことはなかった。トム・クルーズがテレビの撮影に現れたら、それは驚くだろう。僕はそういう存在だったことはない。あれもこれもやるという役者だ。イギリス人俳優というのはそういう考えの者が多いのだと思う。
そうはいっても、アメリカのテレビは今世界で最も優れていると言えるけれどね。というか、アメリカのテレビ番組の中で、良いものはとても良い。だから今ではアメリカ人スターが映画ではなくテレビに出ても、それほど違いがあるものではなくなってきている。
イギリスにはハリウッドのようなものはないから、そういうのをアメリカに先駆けてかなり以前からやっていたんだ。イギリス人俳優はラジオ、舞台、テレビなど何でもこなしていた。何であれ、全く気にしないんだ。自分が気に入った役で、ちゃんとお給料がもらえればね。いや、ラジオみたいに、ギャラが良くなくてもだ。「僕はテレビ俳優だ」なんていう偉そうなところはない。全てが仕事であることに変わりはない。演技だ。
それが今ではさらに細分化されたと思う。というのも、素晴らしい脚本は、それがアメリカであれ、イギリスであれ、北欧であれ、テレビであることが多々あるからだ。俳優、監督、アートデザイナーなどは皆、良い脚本の仕事をしたいと常々思っているものだけど、それが今では多くの場合、テレビであるというわけだ。だからその二つの差は感じないね。
Q:イギリスのテレビも良いですよね?
良いものは良いね。
Q:「SHERLOCK(シャーロック)」の次のシリーズをとても楽しみにしています。
僕もだよ。僕自身もとても楽しみだ。
Q:先ほど、ご自身をトム・クルーズと比較されていましたが……。
いや、そんなことはしていないよ。
Q:あ、失礼しました。
その一行は削除しておいてくれないか(笑)。「フリーマンの傲慢(ごうまん)さはとどまるところを知らない」というのはね(笑)。
Q:そうですね。そういうふうにはおっしゃっていませんでした。ただ、大規模なブロックバスター3部作のポスターになっているあなたも大スターなわけです。それについてどう思われますか?
そうなんだ。でも他の役者たちもまたそうだし、僕はこれ以外の今年公開のブロックバスター映画のポスターに登場するなんてこともない。そういう意味では映画スターではないんだ。そういうのに対して文句を言うつもりはないよ。とてもうまくいっているからありがたいと思っているけど、そういうのをあまり信じていないんだ。うまく言えないけれど、これのおかげで僕のキャリアは永遠に続いていくものだということでもないと思う。
奇妙なものだよ。大規模の映画から小さい作品までたくさんのポスターに登場するし、これまでの作品でロンドンの2階建てバスの車両の広告にも出た。有名な映画もあれば、あまり人々に観られなかった作品もあった。そういうのには慣れているけれど、『ホビット』のシリーズのようにあそこまでの数のポスターとなると、なかなか慣れないものだね。公開時に街に行くと、まるでスターリンが人々を見下ろしているかのように、自分が至るところにいるんだ。とても奇妙なものだよ。面白いけどね。でもユーモアをもって対処していかないと。そんなものを本気にしてはいけない。
自分の子供たちに見せてあげることができる作品
Q:『ホビット』シリーズはあなたにとってどのような位置付けの作品になりますか?
それはわからないな。それがわかるにはきっとまだ早すぎるんだろうね。でも、それが僕の作品群の中に入っているというのはとてもうれしいよ。自分の子供たちに見せてあげることができる作品があるというのはいいものだ。そして大人たちもとても夢中になっているしね。
Q:このシリーズはあなたにとって分岐点となったと思われますか?
ある意味ではそうだったけれど、人々が想像するほどではなかった。それは確かだね。今でもいろいろなところに出没するけど、ビルボ・バギンズを演じたとは誰にも気付かれないこともよくあるよ。人から思われているほどではないんだ。ただ、僕の人生を大きく変えたわけだから、そういう意味では分岐点だったんだろうね。ニュージーランドに滞在するなんてことは、考えてもいなかったし。
そしてここ数年間の僕の人生において、大きな部分を占めるようになった。この作品に出演していなかったとしたら、毎日がかなり違ったものになっていただろう。ビルボ役がなかったら全く違った日常だっただろうし、ビルボ役によってとても豊かな毎日になった。僕に対する見方や、僕の価値といったことを考えると、それらが少し変わったのは明らかだ。それでも不思議なことに、いまだに人に知られずにいることができる。映画自体はとてもビッグだから、不思議なものだけどね。ホビットの映画ではあるけれど、僕はその中の部品の一つでしかないんだ。
(取材・文・構成:編集部・市川遥)
『ホビット 決戦のゆくえ』ロングインタビュー バックナンバー
第1回:イアン・マッケラン(ガンダルフ役)
第2回:ルーク・エヴァンス(バルド役)
第3回:リチャード・アーミティッジ(トーリン・オーケンシールド役)
第4回:エヴァンジェリン・リリー(タウリエル役)
第5回:オーランド・ブルーム(レゴラス役)
映画『ホビット 決戦のゆくえ』 は12月13日より全国公開
映画『ホビット 決戦のゆくえ』公式サイト
(C)2014 Warner Bros. Ent. TM Saul Zaentz Co.