最先端と古き良き技術の融合とは?『リトルプリンス 星の王子さまと私』は丁寧に作り上げたハイブリッドアニメ
サン=テグジュペリの名著「星の王子さま」のその後と、勉強に追われる9歳の少女の日常。この二つのまったく世界が異なるエピソードが最先端の技術と古き良き手法の二つで表現され、一つのドラマチックな物語になっていく映画『リトルプリンス 星の王子さまと私』(2015年12月公開)。この映画を作り上げたマーク・オズボーン監督と、日本人スタッフでスーパーバイザーの四角英孝のこだわった表現とは果たしてどのようなものだったのか。(編集部:下村麻美)
最先端と古き良き技術が融合したハイブリッドアニメ
1943年に出版されてから世界中で愛読されて続けてきたサン=テグジュペリの名著「星の王子さま」のその後が、72年の時を経て2015年の12月映画『リトルプリンス 星の王子さまと私』の中で描かれる。この映画では、王子さまだけでなく、 現代の学歴社会の中で勉強に明け暮れる9歳の女の子のエピソードが同時に描かれる。
ある時、9歳の女の子の価値観を一変させてしまう人物が現れる。それは隣の家に住む老人で、サン=テグジュペリの「星の王子さま」で王子と砂漠で出会った飛行士の年を重ねた姿でもあった。物語はここから劇的に展開する。『アナと雪の女王』でエルサが「ありのまま」の自分を見つけた瞬間のごとく、この少女が自分の心を解放していく。
映画『リトルプリンス 星の王子さまと私』は、このドラマチックな展開と、最先端の技術と古き良き手法を用いたストップモーションで描かれる。そのアニメーションの製作過程は、驚くほどの多くの工程と人の手で丁寧に作られてきた。それは映画というよりはまるでアートを極めていく作業のようにも見える。それぞれのスタッフはもちろん仕事としてシビアに作品のクオリティーを高めていくが、同時に表現の可能性に挑戦するアーティストでもある。
インディペンデントと大規模スタジオのよい部分を融合
本作の監督であるマーク・オズボーンは、「星の王子さま」に対して特別な愛着を持っていた。それは監督の学生時代にさかのぼる。
「大学時代のガールフレンドと3年一緒に暮らしていたんだけど、アニメの道を進むために彼女と離れてしまったんだ。でも、やっぱりお互い好きだと気付いて ……その時に、彼女から贈られてきたのが『星の王子さま』の本だったんだ」と明かすマーク監督。その時のガールフレンドは現在の奥様。 今は二人の子供とたちと幸せな家庭を築いているそうだ。ちなみに愛息ライリーくんは、本作で星の王子さまの声を担当している。
インディペンデント映画で活躍していたマーク監督に転機が訪れたのは『カンフー・パンダ』だった。大手のスタジオと契約し、ストーリーテリングなど、 大規模スタジオならではの技術的な影響を受け、ノウハウも学んだという。『カンフー・パンダ』は大ヒットし、 マーク監督の名前はハリウッドのアニメ界にも知れ渡ることとなった。しかし一方で、「 そういった大規模なスタジオに勤めるフラストレーションや抵抗というか、馴染めない部分がありました」 と長年馴染んだインディペンデント映画とのギャップを感じたという。そんなマーク監督が今作では実験的に、 大手スタジオとインディペンデントスタジオの良い部分のみを取り入れて映画を作る試みをした。表現手法も、最新のCGと、 紙を駆使して人形劇のように作られた古き良き手法の融合だ。
大勢の女性のクリエイターが見せる繊細な技
驚くのがその表現方法の繊細さ。本作に登場する9歳の少女の主人公の表情のパターンは、微妙な顔の筋肉の動きまでを女性特有の表情をリサーチした上で表現している。またコーディネイトを含めた洋服のバリエーションは、従来のアニメーションでは考えられないほど豊富。ストップモーションアニメの部分では、和紙などさまざまな種類の紙や素材を手作業で丁寧に作り込んでおり、たとえばバラの花など、花びらの一枚一枚が手作りだ。その秘密についてマーク監督はスタッフの構成に言及した。「今回スタッフは3分の1ぐらいが女性なんだ。たくさんの女性が働いているんだよ。『カンフー・パンダ』のときは、35人アニメーターがいたけど、 女性はたった2人だった」。
宮崎駿監督の後継者候補の一人
また、美しい緑の表現や、見上げると大きく深呼吸がしたくなるような空間の広がりにもマーク監督ならではの表現あった。『となりのトトロ』に衝撃を受けたというマーク監督は、その後むさぼるように宮崎アニメを鑑賞し、作品のとりこになったという。確かにこの『リトルプリンス 星の王子さまと私』のビジュアルは、広々とした美しい空間と、穏やかに吹き抜けるやさしい風、その中で息づくにおいを感じるようなさまざまな自然と、ジブリアニメを観たときの感覚に近いものがある。マーク監督も「飛行士の家の中、庭、特に飛行士の家は、とても美しい部分なんだ。表現するときに常に宮崎アニメが頭の中にあった」と影響を受けた部分について明かした。長編作品からの引退を表明し一線を退くことになった宮崎駿監督の後継者を世界中が「誰になるのか」と固唾(かたず)をのむなか、意外にもハリウッドに一人候補者がいたことになる。
スクエア・エニックスからディズニーへ
映画『リトルプリンス 星の王子さまと私』で最先端のCGを作り上げているのは、日本人スタッフ。四角英孝は、CGを統括するスーパーバイザーだ。 日本では、ファイナルファンタジーのスクエア・エニックスで、「ファイナルファンタジーX」と初めてのオンライン仕様になった「ファイナルファンタジーXI」の製作にも携わっていた。しかし、キャリアの転機は映画『トイ・ストーリー』を観たことだったという。「衝撃を受けて、 フルCGのアニメーションを作りたくなった」と単身アメリカに渡り、ディズニーに入社する。
ディズニーでは、『塔の上のラプンツェル』で、物語の要ともなるラプンツェルの髪の毛を担当。その色つや、動き、質感は高い評価を受けた。この髪の毛を表現する作業は、CGのソフトウェアの開発にはじまり、1年半を費やしたという。しかし、そんなディズニーを飛び出して、映画『リトルプリンス 星の王子さまと私』の製作スタッフになった動機は「最初スタジオがパリにあると聞いたので、パリに住みたいと思って」という。意外に自由人だ。
理数と芸術、レオナルド・ダ・ヴィンチのような脳
四角の『リトルプリンス 星の王子さまと私』での役割は、スーパーバイザーで、キャラクター全体を監修する。 一つのパートを担当していたディズニーのときよりはるかに責任も重い。
四角は理系の出身で、もともとは絵描きではなく数学的なことが専門だった。「CGアニメの面白いところはその融合。でも、テクノロジーとアートそのバランスは難しい」と明かすが、理系のアーティストはレオナルド・ダ・ヴィンチのような大天才をはじめ、めずらしい。「人間そのものがアートとテクノジー両方。数学もつき詰めるとアートですから」とさらりと言い放つところに理系アーティストの一端が見える。
ラプンツェルの髪の毛の質感が物語の要だったように『リトルプリンス 星の王子さまと私』では、目に重きを置いているという四角。「人間が人間を見るときは、目を見ます。目は感情の窓ですよね。アニメーションの段階で瞳孔を小さくしたりなどしてディティールを試行錯誤して魂を吹き込んだんです」と明かすとおり、このアニメーションでは、キャラクターの目は常に動いている。たとえ1点を見つめていても目は動いているのが本当のリアルだという。
リアルすぎに注意!「不気味の谷」に陥らないために
そんな四角だが、CGの製作ポリシーに置いているのが「不気味の谷に陥らないこと」だという。リアルを追求し過ぎると、不気味に見えてしまい映画の素材として魅力を失ってしまうという。それを「不気味の谷」と呼んでいるらしい。いい例が2001年に公開されたフルCGの映画『ファイナルファンタジー』だったのではないだろうか。完璧なリアルさを追求したCGは見事だったが、それ以上の魅力が観客に伝わらず、興行も振るわなかった。
『リトルプリンス 星の王子さまと私』ではストップモーションの手作り感が与える印象が、四角の担当するCG部分と違和感があっては作品としてのクオリティーに関わってくる。「今回そういう手作り感というのを本当に気をつけました。例えば、少女の顔っていうのは実は、左右対称じゃないんですよ。その辺の手作り感とかです。ただ、見ている人は気が付かないかもしれません。でもその微妙な違いというのが実はすごく重要で、その辺のアイディアというのは、ストップモーションから得ました」と製作過程で工夫を加えていったことを明かした。マーク監督もその表現には驚嘆しており、「少女が紙を読む場面があるんだ。一見無機質だけど、実は紙は紙の質感がある。四角さんが加わることでよりその紙の質感が出せるようになったんだ。近づくと質感を感じられる肌も、本当に命のあるような質感のある肌になってくる」と四角の高い技術が作品のクオリティーを高めていることを喜んでいた。四角が「観客の皆さんは気が付かないかもしれませんが」という積み重ねが、映像ににじみ出てきているのは確かだ。