第32回 ジュネーブ国際インディペンデント映画祭(スイス)
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第32回 ジュネーブ国際インディペンデント映画祭(スイス)
映画祭のお楽しみは、映画を観ることだけではありません。スイス・ジュネーブで1月16日~25日に開催された通称「ブラック・ムービー」こと第15回ジュネーブ国際インディペンデント映画祭では、1960年~1980年代に日本映画界に新風を巻き起こした映画会社「日本アート・シアター・ギルド」(ATG)のポスター展を開催。その選定と現地での解説を務めた東京国立近代美術館フィルムセンターの主任研究員・岡田秀則さんがレポートします。(取・文:中山治美 写真:岡田秀則)
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三大陸の映画を紹介
2001年にスタート。フランスのナント三大陸映画祭同様、ヨーロッパではなかなか観る機会のないアフリカ・アジア・ラテンアメリカの気鋭監督の作品を集めた映画祭だ。通称で「ブラック・ムービー」と呼ばれているのは、「始まった当初はアフリカ映画中心だったからと伺いましたが、今ではこの映画祭のややアンダーグラウンドな雰囲気を指しているように思います」(岡田さん)。今回、日本から選ばれた日本映画も塚本晋也監督『野火』(7月25日公開)、三池崇史監督『喰女-クイメ-』、中島哲也監督『渇き。』、福田雄一監督『HK/変態仮面』と聞けば納得か!?
また、子供向けアニメを集めた映画祭「プチ・ブラック・ムービー」も同時開催。今年はブラジルアニメの特集上映も行われた。「地元の映画好きが毎年楽しみにしている映画祭という感じでした」(岡田さん)
デザインレベルの高いスイス
岡田さんが参加したATGポスター展はフィルムセンターの所蔵品によるもので、映画祭の公式企画として行われた。きっかけは、ある日突然届いた現地のグラフィックデザイナーの団体からのメールで、「グラフィックにこだわった面白い映画ポスターを展示したい。中でもATGに非常に興味がある」という内容だったという。「フィルムセンターでは以前にも、カナダのシネマテークにATGポスターを貸し出したことがあります。それをウェブ上で発見して興味を抱いたのかもしれません。もともとスイスは世界の出版界に影響を与えた文字デザインと、時計などプロダクトデザインのレベルが高く、“スイスデザイン”という言葉で総称できるほど。ただし彼らがカッコイイと思うポスターと、映画史的に重要な作品のポスターというのは違います。お互いにリストを出し合って検討した結果、43点を選出しました」(岡田さん)。
また、映画祭本体からの提案でATG作品の上映も決定。当時のATGを象徴するようなアングラ色が強く、性的なモノを題材にした羽仁進監督『初恋・地獄篇』(1968)、松本俊夫監督『薔薇の葬列』(1969)、実相寺昭雄監督『無常』(1970)の3作が上映された。
映画とデザイナーの競演
展示された43点は、主催者側の希望にあった大島渚監督『新宿泥棒日記』(1969、デザイン・横尾忠則)、岡田さんが選出した岡本喜八監督『肉弾』(1968、デザイン・久里洋二)、新藤兼人監督『絞殺』(1979、デザイン・小笠原正勝)など。それらは、現在の出演者を全面に押し出したポスターとは全く趣が違う。人の目を惹(ひ)きつけ、かつ想像を駆り立てるような斬新かつ挑発的なデザインばかりだ。
「当時も大手映画会社のポスターは各社傘下のデザイナーにより、宣伝方針に厳密にのっとって制作されていました。スター同士の顔の大きさにも格付けによる比率があったし、真っ白い空間を作ってはいけないなどの決まりごとが多かった。しかしATGは映画業界と関係のない先鋭的なデザイナーにも依頼できたわけです。それが結果的に、映画界と異業種の才能がぶつかったスリリングで面白いポスターを生むことになりました。まさにATGの映画の作り方と同じ、“金はないけど自由がある”というポスターばかりです」(岡田さん)。
学生も多数来場
映画祭のメイン会場は、二つの映画ホールと演劇の劇場、映画振興団体スイス・フィルムのジュネーブ支局などの映画団体も入っているグリュトリ芸術センター。一方、ポスター展の会場はアート・ギャラリー「アル・ノール」。ローヌ川中州にある元工場を文化施設にリノベーションした趣ある建物だ。会期中は岡田さんによる講演会や展示説明会、さらにATG作品の上映時には作品の解説と、わずか4日間の滞在でフル回転した。「ポスター展の来場者は、映画祭の観客や一般市民に加えて 、デザインの勉強をしている方もかなりいました。中にはスケッチブックを取り出して、模写を始める人も。中でも彼らに人気だったのは、藍野純治さんが手掛けたジャン=リュック・ゴダール監督『気狂いピエロ』(1967年日本公開)。ATGでは他にもロベール・ブレッソン監督『ジャンヌ・ダルク裁判』(1969年日本公開、デザイン・檜垣紀六)も配給していますが、フランス版とは全く異なるデザインを面白がってくれたようです」(岡田さん)。
スイスフラン暴落に遭遇
岡田さんは今回トルコ航空を利用し、イスタンブール経由でジュネーブ入り。航空代と宿泊(4泊)は映画祭側の招待だ。「スイスは非常に物価が高いので、何が助かったかといえば、ゲストには食事券が支給され、会場近くにある契約レストランを利用できたことでした」(岡田さん)。
会期中にはスイス国立銀行が、ユーロとスイスフランで設定していた防衛ラインの撤廃を発表したためにスイスフランが大暴騰。外貨両替所には、スイスフランをユーロに替える市民の長蛇の列ができた。「もしかしたら歴史的瞬間に遭遇したかもしれません」(岡田さん)。予想だにしない瞬間に立ち会えるのも、海外映画祭の醍醐味(だいごみ)かもしれない。
ポスターで見る映画史
東京国立近代美術館フィルムセンター(東京・京橋)では現在、岡田さんが企画した「ポスターでみる映画史Part 2 ミュージカル映画の世界」を3月29日まで開催中。Part1の西部劇に続いて、ジャンルごとにくくったシリーズだ。今回はイラストレーターの和田誠さんが米国オリジナル版を集めていると耳にし、和田さんのコレクションのほか、日本随一のミュージカル映画ポスター収集家として知られる大山恭彦さんの秘蔵品をお借りしたという。「ポスターは、観客と映画をつなぐ重要な媒体。映画そのものだけでなく、映画を取り巻く空間の面白さを、こうした紙資料から感じることが多々あります」(岡田さん)。フィルムセンターでは国別のポスター展も定期的に開催しており、多方面から映画の楽しみ方を提案している。
写真:岡田秀則
取材・文:中山治美