ウォシャウスキー姉弟『マトリックス』現象後の軌跡!
今週のクローズアップ
■ウォシャウスキー姉弟『マトリックス』現象後の軌跡!
1999年、一本の映画がそれまでのアクション映画の流れを一変させた。タイトルは『マトリックス』。現実の世界はコンピューターの見せる夢だったという設定を基に、まさに「誰も見たことがない」という言葉がぴったりの先鋭的なアクションと、東洋と西洋の概念が融合した哲学的な物語で構成された本作は、世界中で空前のヒットを記録し、映画の枠を超えてゲームやコミックなどあらゆるメディアに進出。まさに巨大な一つの産業ともいえる成功を収めた。
近年のハリウッドにおいても並ぶ者は少ないであろう大成功を手にしたのが、当時、兄弟監督だったラリー(現・ラナ)・ウォシャウスキーとアンディ・ウォシャウスキー。そんな彼らが手掛けた、16年ぶりとなる完全オリジナルストーリー『ジュピター』がついに公開。『マトリックス』から本作までの間、彼らが何をしてきたのか。関わった作品群と私生活に迫ります!
■『V フォー・ヴェンデッタ』(2005年)
3部作の完結編『マトリックス レボリューションズ』を送り出した後、次に何を仕掛けるのか期待を集めた二人が、製作と脚本を務めて送り出したのが本作。第3次世界大戦後、ファシズム体制が支配するイギリスを舞台に、国家転覆を図る謎の仮面の男“V”の戦いと、彼によって秘密警察の暴行から救われた女性イヴィーの成長を追う。
Vがかぶっているのは、1605年にイングランドで発覚した政府転覆未遂事件「火薬陰謀事件」の首謀者とされたガイ・フォークスの仮面。ハッカー集団「アノニマス」の仮面として日本でも知名度を上げた。監督は『マトリックス』シリーズでアシスタントディレクターを務めたジェームズ・マクティーグだが、政治的な趣の強い重厚な物語と、スタイリッシュなアクションが融合した作風は、ウォシャウスキー兄弟の作風そのまま。『マトリックス』と比べてもかなり地味な作風だが、シルヴェスター・スタローン主演作『暗殺者』(1995)の脚本が認められてハリウッドへの足掛かりをつかんだウォシャウスキー兄弟が、その力を遺憾なく発揮している。
『マトリックス』でエージェントスミスを演じたヒューゴ・ウィーヴィングがVを演じ、ナタリー・ポートマンがイヴィー役で出演。全編顔出しナシでVを演じたヒューゴはもちろん、実際に頭を丸刈りにしたナタリーの役者魂にも目を見張る。ちなみに本作の撮影現場でナタリーが読んでいた一冊の本に感銘を受けたラリーとアンディは、後にこれを映画化。『クラウド アトラス』となった。
■『スピード・レーサー』(2008年)
『マトリックス』シリーズ後の初監督作に二人が選んだのは、1960年代に日本で一世を風靡(ふうび)し、その後アメリカでも人気を博したアニメ「マッハGoGoGo」の実写映画化だった。もともとプレスの前で作品について語らないスタンスを取っていたラリーとアンディではあったが、本作では、拍車が掛かり、不自然なほどにメディアへの露出を避けている節が見られる。通常は監督たちのインタビューやメイキング映像をふんだんに収録するソフト化の際の特典映像にも、その姿は一切出てこない。その理由は、後々のラリーの変貌によって明らかになる。
映画化にあたっては、レースシーンから背景に至るまで、そのほとんどをCGで描写。まさにアニメの世界が現実に飛び込んできたようなビビッドな画面作りが試みられている。
あまりにキッチュな世界観があだとなったのか、1億2,000万円(約144億円)の製作費に対して、興行収入はアメリカ国内で4,395万ドル(約52億7,400万円)。全世界興収も1億ドル(約120億円)に満たず、最低映画を決めるラジー賞にノミネートされるなど、さんざんな結果に終わった。しかし、ケレン味たっぷりで、まるで実写版「マリオカート」といった趣のレースシーンは原作の魅力を十分に表現している。技術面においても、結局は違和感が勝ってしまったきらいはあるが、やはりこれまでにない試みに挑戦して新しい映像を生み出しおり、続く『クラウド アトラス』には、そのノウハウがしっかりと引き継がれていることを感じさせる。(1ドル・120円計算)
■兄弟から姉弟に!私生活では…
プロデュースを手掛けた『ニンジャ・アサシン』(2009)の後、二人は作家のデイヴィッド・ミッチェルによる壮大なSF小説「クラウド・アトラス」を映画化。同作の解説映像でラリーは、女物の服に身を包み、ショッキングピンクの髪がまぶしい、ラナという女性として公の場に登場した。
ラリーの性別に関する話題は2003年ごろから持ち上がっており、2004年には手術を受け、完全に女性になったという報道も。実際に性転換手術を受けたのは、露出を控えていた2008年の『スピード・レーサー』以降だといわれている。アメリカでも突出した成功を収めた兄弟の兄が女性となり、姉弟になった! という話題はタブロイド系の媒体を中心に大きな話題に。また、性にまつわるラリーの問題の裏に、前妻と離婚した後に内縁の妻となったSMの女王イルザ・ストリックスの存在があったことも報道に拍車を掛けた。2003年以降、『クラウド アトラス』に至るまでの約9年間、メディアに姿を現さないという異常事態となった。
しかし、ハリウッドのメジャー監督という立場にありながらカミングアウトしたラナの姿勢を、LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)の支持団体であるヒューマン・ライツ・キャンペーンが称賛。Visibility Awardを受け、授賞式において、かつて自身の性に関する悩みから自殺も考えたことなどを告白し、感動的なスピーチが称賛を集めた。
■『クラウド アトラス』(2012年)
二人が公式にウォシャウスキー“姉弟”となって臨んだ監督作。六つの時代と場所で展開する物語を交差させ、人間のつながりと愛について描く壮大なSF叙事詩となっている。それまで、極力メディアで作品について語らない姿勢を貫いていたウォシャウスキー姉弟だが、本作では積極的なメディア露出を行い、10年ぶりに来日も果たしている。
トム・ハンクスを筆頭に、ハル・ベリー、ヒューゴ・ウィーヴィング、ベン・ウィショー、スーザン・サランドン、ヒュー・グラントなど実力派俳優が参加。各キャストが、時代ごとに人種や性別までも違う役柄に特殊メイクで臨んだことでも大きな話題を呼んだ。
あまりにも複雑な物語でありながら、撮影期間は3か月という強行軍だった本作。撮影はドイツで行われ、姉弟だけでなく、映画『ラン・ローラ・ラン』『パフューム ある人殺しの物語』のトム・ティクヴァも監督に名を連ねた。丹念に演出された人間ドラマによって、現在・過去・未来が見事なつながりを見せ、輪廻(りんね)転生について考えさせる物語は実に感動的で、ティクヴァ監督との共同作業は成功したといえるだろう。壮大なストーリーの合間には、ウォシャウスキー姉弟ならではのスタイリッシュなアクションが織り込まれ、172分という長さを感じさせない一本となっている。
■『ジュピター』(2015年)
ゴシップまみれの私生活を経た二人が、『マトリックス』シリーズ以来、16年ぶりのオリジナルストーリーに挑んだのが『ジュピター』だ。主演はチャニング・テイタムとミラ・クニス。
その内容は、シカゴで清掃員として働き人生に絶望していた少女ジュピター(ミラ)が、実は宇宙の変化の鍵を握る遺伝子を持つ唯一の人物であることを知り、彼女を守る任務を負ったオオカミと人間の遺伝子を持つ元兵士ケイン(チャニング)と逃避行を繰り広げるという、どこか『マトリックス』を思わせる設定。
現代のシカゴから地球全体、そして全宇宙を巻き込む物語は、『クラウド アトラス』に負けない壮大さ。また、ケインがシカゴの空をまさに縦横無尽に駆け抜けるアクションなど、新たな試みが随所に織り込まれており、誰も創ったことがない、新たな映像を生み出そうとするウォシャウスキー“姉弟”の姿勢を物語っているようだ。
映画『ジュピター』は3月28日より全国公開
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