アカデミー賞助演男優賞受賞作『セッション』公開記念!主役を食った名優たち
今週のクローズアップ
音楽学校の鬼教師役で鬼気迫る熱演を見せたJ・K・シモンズが、第87回アカデミー賞助演男優賞を受賞した『セッション』が公開となる。本作と同様に、主役を食う歴史的名演を披露した実力派スターたちを大特集!(構成・文:シネマトゥデイ編集部 石井百合子)
狂気の熱血教師役で下馬評通りオスカーを獲得
J・K・シモンズ『セッション』
『スパイダーマン』の新聞社編集長役として知られていたJ・K・シモンズは、『サンキュー・スモーキング』 『JUNO/ジュノ』『マイレージ、マイライフ』『とらわれて夏』など、ジェイソン・ライトマン監督作品で常連の名バイプレーヤー。そんな彼が、『セッション』では下馬評通り第87回アカデミー賞助演男優賞を見事獲得。スポ根物であり、復讐(ふくしゅう)劇でもある本作で、シモンズは、ジャズドラムを学ぶべく名門音楽学校に入った主人公ニーマンを狂気じみたスパルタ的指導で追い込んでいく鬼教師フレッチャーを大熱演。
ドラム奏者のそばには常に代役が控え、いつその座を奪われるかわからないプレッシャーを与え、文字通り手に血がにじむまで「もっと、もっと!」とドラムをたたかせる。完全にパワハラに見えるが、全ては「完璧な演奏」のためと妥協を許さない姿勢はある意味、プロフェッショナルだ。観客に与えられるフレッチャーのバックグラウンドについての情報は、音感を保つためか職場にたどり着くまでは耳栓をしていること、かつての生徒が自殺した過去があるという情報のみだが、シモンズの「情け」を感じさせない絶妙な演技によって、彼はいかにしてこのような教師になったのか? ニーマンに抱いている感情は怒りなのか、祈りなのか? と観る者は思いを巡らせずにいられない。ひょうひょうとした雰囲気の中に、計り知れない激情を感じさせる彼の演技には、誰もが圧倒されるはず。
タランティーノに見いだされ、ブラピを打ち負かす!
クリストフ・ヴァルツ『イングロリアス・バスターズ』
『Kopfstand』(1982)で映画デビュー以来、ヨーロッパ圏を中心に活躍していたオーストリア人俳優クリストフ・ヴァルツが一躍ブレイクしたのは、クエンティン・タランティーノ監督のバイオレンス映画『イングロリアス・バスターズ』。本作で彼が演じたのは、「ユダヤ・ハンター」の異名を取るナチス将校ランダ大佐。彼がユダヤ人一家をかくまったフランスの農場主を静かに、真綿で首を絞めるかのようにじわじわと尋問し、ユダヤ人の居場所を吐かせる冒頭からして強烈。
対して、ナチス皆殺しを目的とする連合軍極秘部隊のリーダーを演じたのはブラッド・ピットで、フタを開ける前までは誰もが「タランティーノ×ブラピ、待望のタッグ作」と心待ちにしていたものだが、彼のお株はすっかりヴァルツに奪われてしまった。さらに、タランティーノ作品2度目の出演となった『ジャンゴ 繋がれざる者』では、その後わずか3年にして2度目のアカデミー賞助演男優賞を受賞。こちらでは前作から一転、奴隷のジャンゴ(ジェイミー・フォックス)を救う賞金稼ぎのキング・シュルツを好演。銃の腕前は一流、差別主義者を嫌悪し、悪をバッサバッサと討っては悠々と賞金を稼ぐ。レオナルド・ディカプリオ演じる憎々しい白人至上主義の農場主と対峙(たいじ)するクライマックスは鳥肌モノ。ジョディ・フォスター、ケイト・ウィンスレットらと共演したコメディー『おとなのけんか』もしかり、あくまで「熱演」感を出さないのがヴァルツの魅力。最新作『007 スペクター』では、悪役を演じるとうわさされている。
ほぼセリフなし、エアガンを持った不気味な殺し屋
ハビエル・バルデム『ノーカントリー』
武器は特製エアガンと散弾銃。と聞いただけでも身の毛がよだつ寡黙な殺し屋を演じた『ノーカントリー』で第80回アカデミー賞助演男優賞を受賞したスペインを代表する名優ハビエル・バルデム。ジョエル&イーサン・コーエン兄弟の作品とあって、トミー・リー・ジョーンズ、ジョシュ・ブローリン、ウディ・ハレルソンと芸達者な顔ぶれが集結。ほぼセリフなしにもかかわらず、劇中と同様、誰も彼には太刀打ちできないといっていいほどのすご味のある怪演を見せた。手錠をはめられても鎖で保安官を絞め殺す怪力の持ち主で、衝突事故で大けがを負っても顔色一つ変えない。そんなごく抑えた演技で、圧倒的な存在感を発揮する筋金入りの演技派だ。
下半身不随のバスケット選手を演じたペドロ・アルモドバル監督作『ライブ・フレッシュ』、四肢まひとなり尊厳死を望む男を演じた『海を飛ぶ夢』、同性愛者で現代ラテン文学を代表する作家を演じた『夜になるまえに』など、難役が多いのも彼が評価されるゆえん。『007 スカイフォール』の、顔を半分なくした悪役も強烈だった。『夜になるまえに』『ビューティフル BIUTIFUL』の2作品でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされており、近い将来の受賞は確実といえそうだ。
死してオスカーを受賞!世紀の名悪役
ヒース・レジャー『ダークナイト』
『ダークナイト』で「世紀の名悪役」というべきジョーカーを演じ、『バットマン』シリーズ史上最も評価の高い作品に押し上げた憑依(ひょうい)型の名優ヒース・レジャー。本作は、28歳の若さでこの世を去った彼の代表作となり、亡き後にアカデミー賞授賞式で助演男優賞が授与される(亡き本人に代わって両親と姉が出席した)という異例の栄誉がもたらされたほど。
彼が演じたバットマン史上最強の宿敵といわれるジョーカーのトレードマークは、崩れた道化師のメイク。バットマン(=ブルース・ウェイン)に正体を明かさなければ市民を一人ずつ殺していくと予告し、彼が思いを寄せていた女性を死なせ、「街の正義」を象徴していた友人の検事を悪に染める。バットマンに正義と悪は表裏一体と説くこのキャラクターは、従来の単純明快な悪役のイメージを一変させることとなった。遺作となった『Dr.パルナサスの鏡』では、撮影半ばで急死した彼の遺志を継いでジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファレルら名だたるスターたちが彼の役を受け継ぎ、作品を完成させたという逸話も、ヒースがいかに偉大な俳優であったことを証明している。そのほか、20年にわたって一人の男を愛し続けたカウボーイを演じた『ブロークバック・マウンテン』での繊細な演技も秀逸。
人気が出過ぎてシリーズ2作から主役になったアタリ役
ジョニー・デップ『パイレーツ・オブ・カリビアン 呪われた海賊たち』
今やすっかりジョニー・デップ演じる海賊ジャック・スパロウが主人公になった『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズだが、第1作の主人公はオーランド・ブルーム演じる青年ウィル・ターナー。『ロード・オブ・ザ・リング』のエルフ・レゴラス役でブレイクしたオーリーが、ディズニーの大作に抜てきされた……はずが、ジャック・スパロウがあまりにも魅力的過ぎて、「引き立て役」で終わってしまった。バッチリはまったエキゾチックな海賊のコスチュームはもちろん、ローリング・ストーンズのギタリスト、キース・リチャーズをまねたしぐさなど、ジョニデの入念な役づくりによって男も女もとりこにする魅惑の海賊キャラが誕生。
アカデミー賞主演男優賞にノミネートされたのも、オーリーではなく彼だったことからもその尋常ならぬ反響がうかがえる。以降、2作目からは完全にジャック・スパロウが主役となり、現在は5作目を撮影中。端正な顔立ちにあらがうかのように、『チャーリーとチョコレート工場』 『アリス・イン・ワンダーランド』『ダーク・シャドウ』など奇才ティム・バートンとのタッグ作で型破り&クレイジーなキャラクターを喜々として怪演。いくら売れても、役の振り幅を更新し続けるハングリー精神、遊び心が、彼の最大の強みだ。
ラスト数分の「変身」は映画史に残る驚がくの名シーン
ケヴィン・スペイシー『ユージュアル・サスペクツ』
観客のド肝を抜く「大どんでん返し」で話題になったクライムサスペンス『ユージュアル・サスペクツ』。本作で、コカインの取引をめぐって27人が死亡、9,100万ドルが消えるという事件で唯一無傷で生き残った男キントを演じたケヴィン・スペイシーは、本作の人を食う演技でアカデミー賞助演男優賞を獲得し、一躍脚光を浴びた。足に障害のあるこの弱々しい男の口から刑事が聞き出したのは、カイザー・ソゼという謎のギャングの存在。ラスト数分で明かされる衝撃的な真実と共に、スペイシーが見せる「変身」の瞬間は映画史に残る驚がくの名シーン。
スペイシーは「悪が正義に勝つ」という苦々しい現実を描いたブラピ主演のサスペンス『セブン』の連続殺人鬼役でも鮮烈な印象を残し、4年後にアカデミー賞主演男優賞を受賞した『アメリカン・ビューティー』から最近作に至るまで、演技派の代名詞としてまい進。近年は『セブン』のデヴィッド・フィンチャー監督と再びタッグを組んだ、ホワイトハウス版「半沢直樹」というべきテレビドラマ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」に出演。スペイシーがカメラ目線で畳み掛けるように語り掛ける姿が印象的な本作は、第72回ゴールデン・グローブ賞のテレビ部門(ドラマ)で男優賞を受賞するなど、やはり高い評価を受けている。
13キロの減量、髪の毛を抜き歯並びまで変えた執念の役づくり
クリスチャン・ベイル『ザ・ファイター』
『ダークナイト』ではヒース・レジャーに人気を奪われ、『ターミネーター4』では撮影監督に「気が散る」という理由で4分間にわたって放送禁止用語交じりの罵声を浴びせたテープが流出してイメージダウン。何かとソンな役回りを演じることの多かったクリスチャン・ベイルだが、彼は役づくりに異様なまでに熱心な俳優だ。サイコ・スリラー『マシニスト』では1年間寝ていない主人公を演じるために1日ツナ缶一つ・リンゴ1個だけの食事で過ごし約30キロの減量を行ったといわれ、薬物中毒の実在の元ボクサーを演じた『ザ・ファイター』では13キロ減量した上に髪の毛を抜き、歯並びまでも変えてしまった。
『太陽の帝国』で4,000人のオーディションを勝ち抜いてスティーヴン・スピルバーグに天才子役として見いだされ、主演作も数多く製作されながら賞にはあまり縁がなかった彼が、20年以上の年月を経て『ザ・ファイター』でついにアカデミー賞助演男優賞を受賞。3年後の『アメリカン・ハッスル』では肥満体の天才詐欺師を演じるにあたって激太りし、主演男優賞にノミネートされた。作品によって見た目を変幻自在に変化させてきた執念の役づくりが、近年の目覚ましい躍進に結実している。