敷居が高いなんていわせない!? 入門編で押さえる黒人差別映画
今週のクローズアップ
今年2月に授賞式が行われた第87回アカデミー賞で作品賞にノミネートされ、コモン&ジョン・レジェンドによる主題歌「Glory」の圧倒的なパフォーマンスで会場を沸かせた映画『グローリー/明日(あす)への行進』が6月19日にいよいよ公開されます。差別問題を扱った映画はちょっと難しいと思われがちですが、その切り口はさまざまで、中にはつらいしんどいばかりではないものも。そこで今回は、アメリカ近現代史や差別史をあまり知らなくても、学びながら観ることができる、入門編的作品をご紹介していきます。(文・構成:編集部 浅野麗)
◆これ1本で黒人差別の歴史を総ざらい!
ホワイトハウスに実在したある黒人執事から見た、アメリカ近現代史を描いた本作。奴隷の子供から大統領執事となり、7人の大統領に仕えた彼の激動の人生ドラマですが、国を動かしている存在にあまりに近いからか、俯瞰(ふかん)で捉えているような感覚があり、一方で黒人としての差別対象の当事者といった感覚も入り交じった、他作品とは一線を画すニュートラルなテイストの作品です。
それも、キューバ危機にケネディ大統領暗殺、ベトナム戦争など、7人の大統領がそれぞれに直面したアメリカ近現代史の全体的な視点と、黒人差別の歴史、そして一家族の問題とが、見事に融合して描かれているからこそ。多くの作品で取り上げられる南部でのつらい現状も、首都ワシントンD.C.にいる彼らからの視点であり、それは一視聴者であるわたしたちにも比較的近い視点ともいえます。
一人の男とその家族の生きざま、問題はわたしたちにもリンクしやすく、加えて歴史的な流れもつかめる。黒人差別の歴史を知る上でも、さまざまな作品を観ていく上でも、押さえておきたい作品です。
◆女性社会における差別と友情の物語
1960年代の南部(ミシシッピ州)の田舎町を舞台に、実在した女性たちについて記したベストセラー小説を映画化し、第84回アカデミー賞で主演女優賞、そして助演女優賞に2人と計3名の女優がノミネート、見事オクタヴィア・スペンサーが助演女優賞を受賞した本作。
自身も黒人をメイドとして雇う立場である裕福な家庭出身の白人である作家志望の若い女性が、黒人メイドたちの不遇の実情を本として出版するために調査する中で、彼女たちとの友情を育み、社会に対して立ち上がるまでが描かれています。
周囲から浮かないために自分の意見を押し殺した結果生まれる悲劇や、メイドたちに対する陰湿な対応など、女性同士ならではの関係性は人種差別という観点だけでなく、現代社会にも通じるだけに共感しやすく、人種差別など社会的問題を扱ったテーマはちょっと重くて苦手かも……という女性にも見やすく、見終わった後には何かに立ち向かう勇気をもらえる作品になっています。
◆本当にあった、ある男の壮絶過ぎる人生
第86回アカデミー賞では、主要5部門をはじめとする計9部門にノミネートされ、作品賞や助演女優賞(ルピタ・ニョンゴ)など3部門で受賞。ある日突然、拉致され、独立した生活を送っていたそれまでから一変し、奴隷として壮絶な人生を送ることになった黒人男性の自伝を映画化した衝撃の伝記ドラマです。
前述した2作に比べると、かなりつらいシーンも多く見られ、またブラッド・ピット、ベネディクト・カンバーバッチ、マイケル・ファスベンダーらハリウッドスターたちがこぞって脇役に徹していることで、彼らが主人公に与える影響の一つ一つが実に印象的に脳裏に焼き付きます。中でも、助演男優賞にノミネートされたファスベンダーの怪演は、どこまでもおぞましく、不快であり、顔をゆがめずには見ていられないほど。
日常的にこんなことが行われていたのかという人間の恐ろしさを心底思い知らされる衝撃作ではありますが、主人公が強靭(きょうじん)な精神力と教養で約12年という歳月を耐え抜き、最後には自由を手に入れるという事実に少し救われます。
◆世界が変わる瞬間を描いた感動の実話
歴史に詳しくなくともキング牧師ことマーティン・ルーサー・キングJr.の名を知らないという人は少ないでしょう。黒人差別の歴史において最重要人物であり、非暴力を貫きながらさまざまな変革に貢献してきた彼が、1964年ノーベル平和賞を受賞した後、次なる戦いの場として選んだのが、南部アラバマ州セルマの地でした。そこで行われたデモ大行進、つまり「ただ歩く」ことだけで世界を動かした歴史的出来事を映画化したのが本作です。
一つの出来事にフォーカスしているので、もちろんその歴史を知っていればより深くいろいろなことを感じることができるかもしれませんが、本作では、指導者として神格化されたキング牧師でなく、一人の人間として、父として夫としてのキング牧師の苦悩が深く描かれており、弱音を吐いたり、嫉妬したり、そんな彼の人間らしい姿にシンパシーを感じることで、普通の人間ながら強い信念を貫いた偉大な姿にあらためて大きな尊敬の念を抱かせてくれます。
特に7年間もの期間をかけて役づくりしたという、キング牧師を演じたデヴィッド・オイェロウォの迫真のスピーチはどれをとっても見事。劇中の支持者たちが引き込まれていくのと同様、スクリーンを通しても、全身全霊が込められた演説に魅了されずにはいられません。そして、コモン&ジョン・レジェンドによる主題歌「Glory」が流れだした瞬間、胸が熱くなるはず。
アカデミー賞での彼らのパフォーマンスでは、感動の涙を流していた姿がとても印象的だったオイェロウォですが、あの時、瞬時にキング牧師としての感情があふれ出たのではないかと想像してしまうほどに、彼の魂が詰まった作品になっています。
映画『グローリー/明日(あす)への行進』は6月19日より全国公開