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第6回 『野火』への道~塚本晋也の頭の中~

『野火』への道

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 大岡昇平の原作小説「野火」の映画化を思い立ってから二十数年。塚本晋也監督が遂に夢を実現し、映画『野火』が7月25日に東京・渋谷ユーロスペースほかで全国順次公開されます。劇場映画デビュー作『鉄男 TETSUO』(1989年)から常に独創的かつ挑発的な作品を発表し続けてきた鬼才がなぜ、戦争文学の代表作といわれる「野火」にたどり着いたのか? 製作過程を追いながら、塚本監督の頭の中身を全8回にわたって探っていきます。(取材・文:中山治美)

■俳優・塚本晋也

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田村1等兵の姿のままカメラを回す塚本晋也監督 © SHINYA TSUKAMOTO / KAIJYU THEATER

 積年の夢だった映画『野火』について語る際、塚本晋也監督が必ず口にする言葉がある。「唯一残念なのは、自分が主演ということ。相当なガッカリ感でスタートしました」(塚本監督)。

 そう聞いて笑ってしまう人が多いが、これは製作者でもある塚本監督の、市場を見据えた本音である。「『野火』多くの方に観ていただきたい作品だったので、皆さんが知っているような著名な方に出てほしかったのです。でも、現実的には厳しかった。撮影スケジュールを計算すると主演俳優を100日間拘束する時間が必要でしたし、フィリピンロケを敢行するなら航空運賃も宿泊費もサポートしなければなりません。それが、自分主演なら1人分の経費で済みますから」(塚本監督)。

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スタッフが撮影準備をしている中、メイクも自分で行う塚本晋也監督 © SHINYA TSUKAMOTO / KAIJYU THEATER

 しかし、塚本作品を初期から観ている人ならご存じだろう。劇場デビュー映画『電柱小僧の冒険』(1987)以来、俳優として自作に出演するのが恒例で、それがファンにとってもお楽しみであるということを。あのアルフレッド・ヒッチコック監督のように、自作にチョイ役出演する遊び心を持っている映画監督は多いが、塚本監督の場合は常に主役か準主役級。しかも演じるのは、代表作『鉄男 TETSUO』(1989)で主人公に復讐(ふくしゅう)を仕掛ける“やつ”に代表されるように、何かを執拗(しつよう)に追い回す粘着質な敵役だ。それは、妄想好きで引っ込み思案だった少年が、小学校4年生のときに出演した学芸会での原体験に起因する。

 当時、塚本監督が演じたのは、人気者だった主人公役の男子に屈折した感情をぶつける役どころ。その瞬間「パーっと青空が見えた」(塚本監督)という。今でこそ社交的になったように見えるが、人前に出るにはそれなりの準備と勇気が必要だというほど、内気な性格は変わらない。塚本監督にとって映画は、自分の妄想を無限大に広げることができるキャンバスであると同時に、日頃、どこかでグッと抑えている感情を唯一解放できる空間なのかもしれない。

「それもあるかもしれないですね。自分の映画に出演するときは、映画を創るのと同じくらいのモチベーションで挑んでいます。『鉄男』の“やつ”も、『TOKYO FIST』(1995)の嫉妬深い夫も、『六月の蛇』(2002)のストーカーも、自分がやるしかない! 絶対この役をやりたい! と思って演じています。それらの役は、どれも心の中はドロッとしているんですけど、身体的には作品の舞台となっている都会のコンクリートジャングルをスーパーボールみたいにパパパパーン! と弾け飛んでいるようなイメージ。その役を自分が演じる前提で、ストーリーが浮かび上がってきます。ただ、年も取り、『鉄男 THE BULLET MAN』(2009)あたりでスーパーボールもおしまいにしようと思いました」(塚本監督)。

 2011年に製作した『KOTOKO』は、シンガー・ソングライターCoccoの初主演映画とあって、極力部外者を入れずに少人数スタッフで製作したこともあり、監督兼相手役を務めている。さらに『野火』のように、ここ最近は必要に迫られて自分が出演と、自作での俳優としての関わり方が変化してきたという。

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ボクシングを題材にした『TOKYO FIST』(1995)では1年間、ボクシングジムに通ってキャラクターを体得した。本作で、実弟・塚本耕司(写真後方)を役者の世界へと誘った。 © SHINYA TSUKAMOTO / KAIJYU THEATER

「ただ、その役を演じるために“宿題”を一生懸命することに変わりはありません。ボクシングをテーマにした『TOKYO FIST』では1年間ジムに通いましたし、拳銃を扱う『BULLET BALLET バレット・バレエ』(1998)では、サイパンへ銃を撃ちに行きました。肉体から吸収して役に投影させていく感じでしょうか。『野火』では飢餓状態の兵士を演じるために減量しましたが、自分が痩せ衰え、フィリピンの土と同化していく感じが心地よくもあり、それがモチベーションとなっていたように思います。痩せ細った自分を自然の中に置いて、どう映るのか。イメージは、舞踏家の故・土方巽さん(笑)。自分という、さして出来の良いわけではない肉体を映画というまな板の上に置いて、どう料理するかと思うとおかしいような気持ちも湧いてくるのです」(塚本監督)。

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伍長役の中村達也に撮影の説明をする塚本監督。今や俳優としても活躍しているドラマーの中村は、塚本監督の『BULLET BALLET バレット・バレエ』(1998)で俳優デビューした。 © SHINYA TSUKAMOTO / KAIJYU THEATER

 塚本作品といえば『悪夢探偵』(2006)しかり、人間の心の闇をあぶり出すようなスリリングさが持ち味だが、その中でも一瞬、塚本監督演じるキャラクターが絶妙な笑いを提供していく。

 『野火』のオープニングシーンもそうだ。肺病を患った田村1等兵(塚本)は部隊を追い出され、わずかばかりの芋を持たされて野戦病院へと向かう。だが、野戦病院は重症患者であふれ、命に関わる病でもなく、持参した食料も少ない田村は病院を追い出される。致し方なく部隊へ戻ると、自分より明らかに年下の分隊長から「治ってないのに戻ってくるな!」と叱責(しっせき)され、また病院へと逆戻り……。

 ここで笑っていいのか戸惑う観客も多いが、これはお笑いでいう「天丼」の手法。そうして戦場の不条理さをより際立たせる。まさに塚本晋也という俳優を使って、面白く見せている。「塚本監督の芝居なり、演出の魅力は、見ている人に多くの想像力を与えて、楽しませてくれるところにあると思います」。

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撮影も自分で行うため、モニターでチェックしながら立ち位置などを念入りに決める。 © SHINYA TSUKAMOTO / KAIJYU THEATER

 そう語るのは、『野火』の若い兵士・永松役にオーディションで選ばれた新人俳優・森優作だ。森には、印象に残っているシーンがある。永松が、野戦病院から芋を盗んだものの、軍医らに捕まり暴行を受ける場面だ。脚本には、永松が謝罪をするセリフが書かれていた。しかしリハーサルを繰り返しているときに塚本監督から変更の指示が出た。「そこ、『芋~!!』って叫んで」と。

「そう言われても、どういう意味なのか全くわからなかった。でも出来上がった映像を観たら、人間が我を忘れて必死になっている滑稽(こっけい)さも出ていた。これは人によってはシリアスにも、コメディーにも取れるシーンだと思うのですが、塚本監督のすごさは、その二極のギリギリのところを表現できるところだと思います」(森優作)。

■どう料理されるのか

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塚本晋也の名前を世界に轟かせた映画『鉄男 TETSUO』(1989)で、復讐(ふくしゅう)のために主人公を執拗(しつよう)に追い掛ける”やつ”も演じている。以来、塚本作品では、監督自ら演じるストーカー気質のキャラクターがおなじみ。 © SHINYA TSUKAMOTO / KAIJYU THEATER

 俳優・塚本晋也をどう料理するか楽しみにしているのは自身だけではない。近年ではNHK朝の連続テレビ小説「カーネーション」での、ファッションデザイナーの小原姉妹(モデルはコシノヒロコ&コシノ・ジュンコ姉妹)が通った服飾専門学校の原口先生役で起用された。また大谷健太郎監督『とらばいゆ』(2002)や三池崇史監督『殺し屋1』(2001)などにも出演し、それらの演技で毎日映画コンクール男優助演賞も受賞している。

 NHKエンタープライズ所属の演出家・高橋陽一郎も、俳優・塚本晋也に魅せられた一人だ。NHKデジタル衛星ハイビジョンで1999年に放送されたドラマ「日曜日は終わらない」で塚本監督を起用した。同ドラマは少年犯罪が社会問題となっていた時期に、義父殺しを犯してしまった青年の心の再生を描いた意欲作だ。脚本は、作・演出を手掛けた舞台「テレビ・デイズ」(1996)でも塚本監督を起用した作家・岩松了。当初は、塚本監督主演で、理不尽な感情を抱えた中年男性ドラマを考えていという。しかし話し合いを進めていく中、塚本監督が主人公に理不尽な感情をかき立てる役の方が面白いのではないか? という案が出て、殺害される義父役へと変更になったという。

 主人公の青年を演じたのは、俳優・水橋研二。塚本監督演じる義父は、表面上は愛想がいいが、腹に一物あるようなえたいの知れなさを持ち合わせ、青年をいら立たせていく。ある日、高橋監督が水橋に「どう? お義父さん(塚本)を殺せる気分になった?」と尋ねたという。返ってきた返事はあっさり「大丈夫です。殺せます」。その瞬間、高橋監督はこのキャスティングで正解だったのだと確信したのだという。結果同作品はドラマ作品では異例の、カンヌ国際映画祭ある視点部門に選出された。

「俳優として出演させていただくときは、自分の敬愛する監督の場合が多いです。出っ張りすぎず、引っ込みすぎず、効果的に作品の部品になるのが目標です。ただ役者として出演していく中で気付いたのですが、自分の中に全くない物は演じられない。無理にやるとパロディーになってしまいます。依頼を受けたとき、現場で全然できないとご迷惑をお掛けしてしまうので、どんな役かくらいは伺うようにしています。新人さんの場合は脚本を読ませてもらいます」(塚本監督)。

■『野火』からスコセッシ作品へ

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沖縄ロケ中、つかの間の休息をとる塚本晋也監督。共演俳優の森優作いわく「塚本監督は撮影中は減量をしていたので体力が奪われてしまう分、ここぞというときの集中を大事にしていらっしゃったように感じました」。 © SHINYA TSUKAMOTO / KAIJYU THEATER

 そして今年、敬愛する監督の一人として主演したのが、映画『タクシードライバー』(1976)などで知られるマーティン・スコセッシ監督の『サイレンス(英題) / Silence』(来年公開予定)だ。原作は、遠藤周作氏の「沈黙」。江戸時代初期のキリシタン弾圧という史実を、ポルトガルの司祭ロドリゴの視点から描いた問題作だ。塚本監督が演じるのはキリスト教に心酔する村人モキチ。約6年前にオーディションで選ばれた。

「スコセッシ監督にはオーディションのときにお会いしました。その時に『ツカモトって、あの映画監督のツカモトか!?』と気付いたようで、『鉄男』と『六月の蛇』が好きだと言われました(笑)。ただ選ばれたものの、製作が1回白紙になりそうになり、時間の経過と共に他の俳優はどんどん変わっていったので、自分の出演もいつなくなるのかとハラハラでした」。

 その間、居ても立ってもいられず、小説の舞台となった長崎に赴き、教会や博物館、そして遠藤周作文学館も訪問した。作品の魂に少しでも近づきたかったのだという。また、遠藤周作氏のサイン入り原作本を見つけた時にはスコセッシ監督に、演技のアイデアを記した手紙と共に送付し、作品に懸ける思いをアピールしたこともあるという。

「実は『野火』で田村を自分が演じることを決断したのも、『サイレンス(英題)』へきちんと向かうために、この大変な役をやっておこうと思ったから。両方ともに、身を削らないとできない役でしたし。それに、もし『サイレンス(英題)』が先に公開されたら、田村役が自分であっても、『野火』の商品価値が多少は上がるのでは? と考えたからです。結果的には『野火』の方が先に公開することになってしまったので、そのもくろみはかないませんでしたが(苦笑)」。

 映画『野火』の撮影は2013年末に終わった。それから『サイレンス(英題)』の撮影に入るまでの約1年と2か月、塚本監督は田村一等兵を演じるために53キログラムまで落とした体重をさらに3キロ絞り込み、撮影地の台湾へと乗り込んだ。自身の計算通り、『野火』で火を付けた俳優へのモチベーションを『サイレンス(英題)』まで持続させたのだ。

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マーティン・スコセッシ監督『サイレンス(英題) / Silence』(来年公開)の情報解禁写真第1弾は、主演のロドリゴを演じる英国俳優アンドリュー・ガーフィールドと、モキチ役の塚本晋也監督のシーンだった。 Courtesy FM Films, Photo credit: Kerry Brown

 そして今年6月。『サイレンス(英題)』の情報解禁写真第1弾として世界に配信されたのは、ロドリゴ役の英国俳優アンドリュー・ガーフィールドと塚本監督のワンシーンだった。

映画『野火』は7月25日より渋谷・ユーロスペース、立川・シネマシティほかにて公開
オフィシャルサイト

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