第5回:ハワイに恋した陽気過ぎる短編映画監督
『インサイド・ヘッド』特集:ピクサーの頭の中
映画『インサイド・ヘッド』と同時公開される短編映画『南の島のラブソング』(原題:LAVA)で監督を務めているジェームズ・フォード・マーフィ。記者向けのプレゼンテーションでもウクレレ片手に歌いだす、陽気なマーフィ監督はどのようにして本作を作り上げたのでしょうか?
■『南の島のラブソング』とは
愛の歌を歌う熱帯の海に浮かぶ火山島と、その歌を聴く深海火山の物語。セリフは全て歌となっており、優しいウクレレの音で奏でられるハワイアンミュージックが観る人に癒やしを与える。また劇中に登場する壮大な自然やイルカなどの動物は実写と見紛うほど丁寧に描かれている。噴火で発生する煙や雲、水などの描写も必見だ。(作品情報→)
■ハワイに恋して映画を制作!?
もともと子供の頃からハワイが好きで、ハネムーンに行ってからはすっかりハワイに恋してしまったというマーフィ監督。そんな監督が本作を作ることになったきっかけは、ハワイ出身の歌手イズラエル・カマカヴィヴォオレさんが歌った楽曲「虹の彼方に」でした。映画『オズの魔法使』で同曲を知っていたマーフィ監督でしたが、彼のバージョンを聞いて衝撃が走り、「もし、この歌が感じさせてくれたことが感じられるような歌を書いて、それをピクサー映画に使ってみたらどうなるだろうか」と考えたそうです。そのアイデアが監督に「歌にインスパイアされたストーリーを語ろう」と決心させました。
そして監督の作品作りがスタートしますが、監督はリサーチよりも前に、まず家族を連れてハワイ島にバケーションに向かったそうです。このエピソードからも彼がどれだけハワイのとりこになっているかがわかりますね。
ハワイ島でリサーチを進める監督は、最終日にショッピングモールで見つけた五つの火山のジオラマに心を奪われます。ジオラマにはハワイ島のすぐ近くにある海底火山の情報も書かれており、その海底火山が1万年から10万年の間にハワイ島の一部になることが示されていたそうです。これを見た監督は、「なんて壮大なスケールなんだ」と魅了され、火山に焦点を絞り始めました。家に戻ってからは、ハワイ諸島の生活史という約8,500万年にわたる一つの火山の一生を表した図表などの資料に当たったそうです。
そんな中、監督宛てにある知らせが届きます。それは妹のモリーさんが、43歳で初めて結婚するというものでした。兄として、「妹は今どれほど幸せで、この特別な日をどれほど待ち望んでいただろうか」と喜んでいた監督。その結婚式に出席したことが、今回の作品の根幹に関わるあるひらめきを監督にもたらします。「もし、妹のモリーが火山だったら? そして、もし火山が、人間のように、一生をかけて愛を探していたら?」。このアイデアを映画にするために、監督は約8か月間にも及ぶストーリー・歌・キャラクター作りを開始させました。
■作品のプレゼンは歌を歌いながら!?
作品のゴーサインをもらうため、ジョン・ラセターへのプレゼンテーションに臨んだ際に、監督が用意したものは、主人公の火山・ウクの彫刻と映画に関するスケッチ、そしてウクレレでした。プレゼンでは海の真ん中に独りぼっちでいるウクやストーリーの説明のほか、監督は自作した歌を披露したそうです。
映画作りのきっかけにもなったハワイアンミュージックには、並々ならぬ情熱がある監督。その愛の大きさは、ピクサーで記者たちに『南の島のラブソング』についてのプレゼンテーションをした際にも「ぜひ歌を聞いてほしい」とばかりに自分のウクレレを取り出し、歌いだすほど。
その情熱あふれる歌を含んだプレゼンを見たラセターから出たのは、ゴーサイン。また監督はプレゼンの際にラセターに、短編では伝統的なハワイアンシンガーに歌を歌ってもらうという約束も取り付けたそうです。そして監督は、『南の島のラブソング』チームのプロデューサーを説得し、ハワイアンミュージックのグラミー賞とされている「ナ・ホク・ハノハノ・アワード」に直接出向いて、ハワイで有名なクアナ・トレス・カヘレとナプア・グレイグの2人の歌手を本作に起用しました。
■ジョン・ラセターに「気味悪い」と言われた!?ストーリー秘話
この映画で最も大きなチャレンジの一つには、火山という性質上、ほとんど動かない主人公たちがどのようにストーリーを展開させていくかということがありました。それで、監督たち『南の島のラブソング』チームは、「できるだけたくさんばかげたアイデアを考えてみよう。彼がどういうキャラクターで、どういうことができるか考えてみよう」という考えの下、三つのバージョンを思い付きました。
アイデア1「孤独なウク」
海の真ん中にいる孤独な火山だったウクのもとに、ある日、メスのクジラが訪ねてくる。クジラはほほ笑んで、いちゃつくようにウクに潮を吹き掛ける。彼もほほ笑んで、いちゃつくように、彼女に煙を吹き掛ける。しかし悲しいことに別のクジラが現れ、メスのクジラはそのクジラと一緒にウクのもとから離れていってしまう。クジラたちが残したのは、ハートの形の水しぶきの跡だった。
アイデア2「恋のキューピッドのウク」
このバージョンのウクは、いかしたルックスの島。クジラやウミガメのカップルたちがウクの周りで仲良く暮らしている。そんな中、1羽の鳥が独りぼっちで過ごしている姿を発見したウクは、鳥のためにパートナーがいないもう1羽の鳥を見つけ、彼らを恋人同士にしてあげる。
アイデア3「夢見るウク」
イルカに一緒に泳ごうと誘われるが、火山のため泳ぐことができないウク。イルカたちが泳ぎ去っていく姿を見て、ウクは「もしも自分がイルカだったら」と想像する。ほかのイルカと一緒に泳いでいる姿を思い浮かべるウク。ウクの想像はさらに広がっていき、「自分が鳥だったら」「自分が雲だったら」などさまざまなシチュエーションのウクがスクリーンに映し出される。
しかし、これらのアイデアをラセターに見せたとき、プレゼンの半分くらいでラセターからストップが出ました。監督に向かってラセターは「ジム、主人公を愛すべきキャラクターにしてください」とコメント。続けて「これらの雲のキャラクターたちは大好きだよ。彼らはとても愛らしいと思う。でも、火山といちゃついているクジラというのは、僕にはあまりに気味が悪いよ」とバッサリ。
ラセターからの言葉に「失敗してしまった。完全に恥をかいてしまった」とへこんだ監督でしたが、この評価こそが本作では重要になったそうです。「完成した映画には、これらのアイデアの多くのものが出てくるからね」。
■作品にコントラストを与えるということ
ウクの目は、ポリネシア人の目をモデルにしているそうです。にっこりとした表情が印象的な彼ですが、この彼の目は恋した相手を見たときに大きく見開かれます。この目のほかにも監督は映画ではコントラストを重要視したと語ります。
「この映画で楽しかったことは、コントラストや違いについてということでした。これは巨大で小さなラブストーリーです。巨大なものもあり、とても小さなものがあります。だから、僕たちはいつもそういうことについて考えていました。サウンドデザインもそうです。ただウクレレ・ニ美しい歌声があるだけのとてもシンプルな作りです。だから小さな水しぶきの音や、『ゴゴゴゴゴ』 というような火山の音が聞こえてきます。常にそういうコントラストを使うんです。僕はそういうところが大好きなんです。もしうまくそういうことができれば、(大きな)スケールで、とても身近で誰もが共感できることを描けるんです。ただ、愛する誰かと一緒になるということをね」
映画『インサイド・ヘッド』は全国公開中
同時上映『南の島のラブソング』
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取材・文:編集部・井本早紀