ベネチア&トロント映画祭おすすめ映画一挙!熱血記者マーク・ラファロからカルト集団に潜入するエマ・ワトソンまで
今週のクローズアップ
今年9月に映画祭が開催されたイタリア・ベネチア、そしてカナダ・トロントに飛び、シネマトゥデイの記者として朝から晩まで取材&試写の日々を敢行しました。まだ日本公開が決まっていない作品も多いですが、「これぞ!」という良作を一挙にご紹介します!(文・構成:編集部 市川遥)
第72回ベネチア国際映画祭
アートハウス系の作品を上映することで知られる歴史あるベネチア映画祭。今年は現地時間9月2日~12日まで開催されました。第72回ベネチア国際映画祭特集はコチラ。
『スポットライト(原題) / Spotlight』
監督:トーマス・マッカーシー
出演:マーク・ラファロ、マイケル・キートン、レイチェル・マクアダムス、リーヴ・シュレイバー
アメリカ・ボストンにおけるカトリック教会の神父たちによる児童性的虐待とそれが数十年にわたって組織的に隠ぺいされてきたという恐るべき事実を、1年にわたる取材によって暴いたボストン・グローブ紙の記者たちを描いた熱いドラマです。長い期間をかけて一つのネタを追うチーム「スポットライト」の面々に、マーク、マイケル、レイチェル、リーヴの4人がふんしました。
門前払いをくらっても粘りに粘って関係者の懐に入り込んでいく新聞記者マイク役は、マークにとってまさに当たり役! 使命に燃える4人のチームが早口で議論を戦わせ、街を駆け回りながら、隠され続けてきた事実を裏付ける証拠、証言を手に入れていくさまには大興奮で、「ああ……新聞記者になりたい」と思ってしまうことは必至です。メガホンを取ったのは『カールじいさんの空飛ぶ家』の原案を手掛けたことでも知られるマッカーシー監督で、神父たちによる児童性的虐待を暴きつつ、ジャーナリズムの本来あるべき姿をエンターテインメントとして見せていきます。
『ア・ビガー・スプラッシュ(原題) / A Bigger Splash』
監督:ルカ・グァダニーノ
出演:ティルダ・スウィントン、レイフ・ファインズ、マティアス・スーナールツ、ダコタ・ジョンソン
アラン・ドロン主演の『太陽が知っている』(1968)を大筋でリメイクした作品です。声帯の手術を受けたばかりのため声を出せないロック歌手マリアンヌ(ティルダ)がパートナーのポール(マティアス)とイタリアのパンテレリア島で静かに療養していたところ、昔マリアンヌと関係のあった音楽プロデューサーのハリー(レイフ)とその娘ペネロペ(ダコタ)が突然押しかけてきて……。
美しい風景においしそうな食事、とバカンス気分のゆったりとした明るい空気が流れる序盤から、日を追うごとにそれぞれの思惑がすれ違って不穏な空気が充満し、サスペンスチックになっていく展開にドキドキ。言葉を発せず感情を表現するティルダ、しゃべりまくり踊りまくり脱ぎまくりのレイフ、ヨレヨレのTシャツでも超絶セクシーなマティアス、早熟な少女にふんしたダコタらキャスト陣も魅力的です。
『ブラック・スキャンダル』
監督:スコット・クーパー
出演:ジョニー・デップ、ジョエル・エドガートン、ベネディクト・カンバーバッチ、ケヴィン・ベーコン
ジョニーが、実在のギャング、ジェイムズ・“ホワイティ”・バルジャーにふんした伝記クライムドラマです。FBIはイタリア系マフィアを排除しようとバルジャーと手を組むものの、彼はその密約によって犯罪行為をエスカレートさせ、FBIも制御できないほどゆるぎない権力を持つようになっていきます。
ブルーの瞳や薄くなった毛髪といった外見から、邪魔者を容赦なく殺す冷酷さと家族思いの一面を併せ持つ複雑な内面までバルジャーを体現したジョニーの演技が称賛されていますが、それもジョエル、ベネディクト、ケヴィン、ピーター・サースガードら芸達者な面々が脇を固めているからこそと思えるほど個々がしっかり仕事をこなしています。
『エベレスト 3D』
監督:バルタザール・コルマウクル
出演:ジェイソン・クラーク、ジョシュ・ブローリン、ジョン・ホークス、ロビン・ライト、エミリー・ワトソン、キーラ・ナイトレイ、サム・ワーシントン、ジェイク・ギレンホール
エベレスト登山史上最悪の遭難事故の一つとされる1996年の大量遭難が題材です。ニュージーランドで登山ガイド会社を営んでいたロブ・ホール(ジェイソン)率いるエベレスト登頂ツアーの参加者たちは、体調不良をはじめとしたトラブルが重なり下山が大幅に遅れた上、急激な天候の悪化によりムチのような激しさで打ち付ける風と雪、そして酸素不足に襲われて生死のふちに立たされることになります。
この事故は、ロブが率いた多くは登山経験の浅い者たちであり、商業的な面が優先されたことで起きたともみなされています。しかし、『ザ・ディープ』のコルマウクル監督は、教訓を垂れるわけでも感傷的になるわけでもなく淡々と彼らが自然の前に命を落としていくさまを映し出していくだけに、その猛威を捉えた圧巻の3D映像が余計に恐ろしく感じられます。
『ビースト・オブ・ノー・ネーション』
監督:キャリー・フクナガ
出演:エイブラハム・アッター、イドリス・エルバ
アフリカのとある国を舞台に、内戦によって母と引き離され父を殺された少年アグー(エイブラハム)が残虐な指揮官(イドリス)に捕えられ、生きるために殺人もいとわない少年兵になっていくさまを描きます。大学で政治学を学び、この題材について徹底的なリサーチをしてきたという『闇の列車、光の旅』のフクナガ監督がメガホンを取っただけあって、アグーを取り巻く過酷な状況のリアリティーは圧倒的です。
内戦前には貧しくも家族・友人と共に幸せそうな笑顔を見せていたアグーが環境によってどんどん変えられていくさまを演じたエイブラハムは、本映画祭でマルチェロ・マストロヤンニ賞(最優秀新人賞)を受賞しました。Netflix初のオリジナル作品としても話題の本作はとにかく骨太でヘビーですが、観客を引き込む強い力を持っています。
第40回トロント国際映画祭
カナダ最大の都市であるトロントで開催されるノン・コンペティションの映画祭。アカデミー賞の前哨戦ともいわれ、最高賞にあたる観客賞受賞作品には映画『それでも夜は明ける』『英国王のスピーチ』『スラムドッグ$ミリオネア』などアカデミー賞受賞作がずらりと並びます。第40回トロント国際映画祭ニュース一覧はコチラ。
『オデッセイ』
監督:リドリー・スコット
出演:マット・デイモン、ジェシカ・チャステイン、ジェフ・ダニエルズ、マイケル・ペーニャ、ショーン・ビーン、キウェテル・イジョフォー
アンディ・ウィアーのベストセラーSF小説「火星の人」の映画化作品です。チームでの火星探査中に一人嵐に飛ばされて置き去りにされた宇宙飛行士マーク・ワトニー(マット)が、科学の知識を駆使して4年後に予定されている次の火星でのミッションまで生き残ろうとするさまを、洗練されたユーモアと懐かしのディスコミュージックと共に描きます。
マットは、独りきりでも前向きな気持ちを失わず、創意工夫で水やジャガイモ作りに精を出すマークを好演。彼が毎日撮るビデオログはユーモラスで思わず笑ってしまいます。スピーディーなカットバックで火星だけでなく、地球で救出に挑むNASAスタッフ、まだ宇宙に居るチームメンバーを映し出し、彼らもスマートに笑いを取っていくという、近年のSF作品とは一味違う明るさが特徴です。エンドロールで流れ出す音楽に吹き出しました!
『コロニア(原題) / Colonia』
監督:フロリアン・ガレンベルガー
出演:エマ・ワトソン、ダニエル・ブリュール
元ナチス党員のパウル・シェーファーが牧師を名乗り、実際にチリに作り上げた農業集落コロニア・ディグニダを舞台にしたスリラーです。そこでは絶対的な権力を握るシェーファーの下、悪魔祓いと称した過剰な暴力や児童性的虐待が日常的に行われていました。ルフトハンザドイツ航空のレナ(エマ)はフライトの途中、サンティアゴで恋人のダニエル(ダニエル)と再会して幸せな時間を過ごすもサルバドール・アジェンデ大統領が倒され情勢が一気に不安定に。ピノチェトの軍事政権が実権を取ったためアジェンデを支持して活動していたダニエルは捕えられ、拷問施設の顔も持つコロニアへ送られてしまいます……。
本作で描かれるのは、誰の助けも借りられないと悟ったレナが信者のふりをして単身コロニアに乗り込み、ダニエルを救い出そうとするさまです。男性、女性が引き離されてバラバラのエリアで暮らす不気味なコロニアで、ダニエルの情報を探るレナ、レナが来ているとは知らずに脱出の道を探すダニエルの姿に手に汗にぎりっぱなしです! 徹底したリサーチとコロニアの元メンバーの協力を仰いで作り上げたことが、かつてないほどの気味の悪さをこの正統派のスリラーに与えています。
『ジ・アイアン・ジャイアント:シグニチャー・エディション(原題)/ The Iron Giant: Signature Edition』
監督:ブラッド・バード
声の出演:ヴィン・ディーゼル、ジェニファー・アニストン
名作と名高い、少年ホーガースと宇宙からやって来た巨大ロボットのアイアン・ジャイアントの友情を描いたアニメーション『アイアン・ジャイアント』(1999)をリマスターし、新たな2シーンを追加した新バージョンです。この2シーンはストーリーボードを作って音は録音していたものの、予算と時間が限られていた当時は本編に組み込むことができなかったものでした。
追加シーンは「絶対に必要」という性質のものではないものの、鹿が撃たれた夜にディーンのスクラップ場でジャイアントが見る夢のシーンは、ディーンの部屋のテレビ画面とリンクさせながら、ジャイアントの過去、そしてかつて武器として存在した姿を、不安を駆り立てるような色使い&場面の切り替えで見せる素晴らしいシーンでファンなら必見です! 当時のスタッフが再結集したとあって、オリジナル版にも見事になじんでいます。
『レジェンド(原題) / Legend』
監督:ブライアン・ヘルゲランド
出演:トム・ハーディ、エミリー・ブラウニング、タロン・エガートン
トムが、1950年代~1960年代のロンドンの裏社会を牛耳った双子のギャング、ロニー・クレイとレジー・クレイを一人二役で演じた実録ドラマです。悪名高い双子が裏社会で力をつけ、そして破滅していくさまを追います。『L.A.コンフィデンシャル』で第70回アカデミー賞脚色賞に輝いたヘルゲランドが監督・脚本を務めました。
ソシオパスで何をしでかすかわからない凶暴さを持ったロニーと、スマートかつチャーミングでビジネスマン風のレジー……。トムはそんな双子の個性を完璧に演じ分けているほか、爆弾のようでありながら実は愛すべきところもあるロニー、そして実はロニーよりも暗い心を持ったレジーという複雑さまで見事に体現しており、オープニングからエンディングまでその演技力に魅了されます。
『ハイ‐ライズ(原題) / High-Rise』
監督:ベン・ウィートリー
出演:トム・ヒドルストン、ルーク・エヴァンス、エリザベス・モス、ジェレミー・アイアンズ
J・G・バラードの1975年出版の同名SF小説を映画化した作品です。外界から隔離されたハイテクなブルータリズムのロンドンの高層マンションで、社会階級そのままの低層階、中層階、高層階の住人が次第に均衡を崩して争いが始まり、美しいマンションも人間性も崩壊していくさまをつづります。
『サイトシアーズ~殺人者のための英国観光ガイド~』などでカルト的人気を誇るウィートリー監督がキャストにビッグネームを迎えたのは今回が初めてです。美しくもどこか暴力的なにおいを感じさせる映像でバラードの世界観を再構築したウィートリー監督の試みは、野心的で一見の価値アリといえます。
『ルーム(原題) / Room』
監督:レナード・エイブラハムソン
出演:ブリー・ラーソン、ジェイコブ・トレンブレイ
7年前に誘拐されてからずっと“部屋”に監禁されているマー(ブリー)と、彼女がその事実を知らせずに部屋で育てた息子のジャック(ジェイコブ)。マーは5歳になったジャックに運命を託して決死の思いで誘拐犯の手から逃れることに成功しますが、二人は普通の世界になじむためにもがくことに……。エマ・ドナヒューのベストセラー小説「部屋」を『FRANK -フランク-』のエイブラハムソン監督が映画化し、最高賞にあたる同映画祭の観客賞に輝きました。
映画は幼いジャックの視点で描かれています。生まれ育った天井に小さな窓があるだけの部屋が全世界だった彼が初めて外へ出て、遮るものもなく空を見上げるシーンは、自分がジャックになったかのように心揺さぶられる名シーンとなっています。ブリーもジャックを守ろうとする強い母親である一方、7年間の監禁生活から両親のもとへ戻ってもがき苦しむ姿までマーの気持ちを丹念に表現していて、俳優陣の名演とエイブラハムソン監督の演出がさえ渡った秀作となっています。
『デモリション(原題) / Demolition』
監督:ジャン=マルク・ヴァレ
出演:ジェイク・ギレンホール、ナオミ・ワッツ、クリス・クーパー
突然の交通事故で妻を亡くした投資銀行家デイヴィス(ジェイク)。妻が運ばれた病院の自動販売機がうまく作動しなかったため苦情の手紙を書き始めるも、内容は妻についてや自分の現状をつづるものになっていき、それを読んだ自動販売機会社の苦情受付係カレン(ナオミ)との奇妙な交流が始まります。
デイヴィスが感じる気持ちは、社会が“妻を亡くしたときはこう感じるのが普通”と考えるものとは違っていて、その作り込まれていない感じが妙にリアル。ジェイクと『ダラス・バイヤーズクラブ』のヴァレ監督が誠実に一人の男の内面に向き合ったからこそ成し得た業なのでしょう。タイトル通りさまざまな物を「破壊」しながらデイヴィスが喪失感に折り合いをつけるまでを追う、オフビートながら胸に迫るドラマになっています。
『アバウト・レイ 16歳の決断』
監督:ゲイビー・デラル
出演:エル・ファニング、ナオミ・ワッツ、スーザン・サランドン
体は女として生まれたが心は男で性転換手術を望むレイ(エル)、戸惑いつつもレイを支えようとする母マギー(ナオミ)、豪快なレズビアンの祖母ドリー(スーザン)という3世代が繰り広げるウイットに富んだハートウォーミングなドラマです。性転換手術の同意書にはレイが顔も知らない父親のサインも必要で、そのことが新たな問題を引き起こします。
ブロンドのロングヘアでおなじみのエルが、劇中ではウイッグを着用して赤毛の短髪姿を披露。クールだが時に伝わらないもどかしい思いを爆発させる少年を、歩き方から座り方から表現しています。ただ、本作の真の主人公は母マギー! 頼りなげだがわが子をサポートしようと懸命で、それが結構報われなかったりする女性をナオミがチャーミングに演じています。デラル監督の登場人物たちに向けた温かな視線が作品の色となっています。