マット・デイモンが火星に取り残される『オデッセイ』はどれだけリアル?宇宙飛行士を直撃!
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世界の映画産業の中心・アメリカの最新映画情報を現地在住ライターが紹介する「最新! 全米HOTムービー」。今回は、リドリー・スコット監督とマット・デイモンがタッグを組み、興行的にも批評的にも成功を収めているSF超大作『オデッセイ』を特集! 作品がどれだけリアルなのか、本物の宇宙飛行士を直撃しました。(取材・文:吉川優子)
10月2日に全米で公開された『オデッセイ』は、火星に一人取り残された宇宙飛行士が生き残るために奮闘する姿を描くスリリングなSF超大作だ。オープニング週に5,430万8,575ドル(約65億1,702万9,000円)の興行収入を上げるナンバーワンヒットとなり、1、2週目に続き、公開4週目に再び首位に返り咲くなど絶好調。全世界興収は27日時点で3億9,203万8,124ドル(約470億4,457万4,880円)に達している。アメリカの大手批評サイト Rotten Tomatoes では批評家の93%の支持を得るなど作品自体の評価も高い。(数字は Box Office Mojo 調べ、1ドル120円計算)
舞台は火星。調査ミッションの最中、猛烈な砂嵐に襲われた宇宙飛行士たちは脱出を試みるが、その途中でマット演じるマーク・ワトニーが事故に遭い行方不明に。彼は死んだと思った乗組員たちは火星を去るが、実は生きていた。食料もわずかしかない絶望的状況の中、マークは知恵をふり絞ってサバイブし、NASAに連絡を取る方法を見つけようとする。
映画の基になったのは、アンディ・ウィアーが初めて書いた長編小説「火星の人」。最初は出版社に相手にされず、2009年から自分のウェブサイトに1章ずつ無料で掲載していた。ファンの要望でAmazonのKindleの最低価格99セント(約119円)で発売すると3万5,000ダウンロードを記録し、KindleのSF作品のベストセラーリストに入った。それがきっかけで注目されて出版社と契約を結ぶことになり、ほぼ同時に映画化も決定……という珍しいケースだ。ソフトウェア・プログラマーのウィアーは、子供の頃からSF好きで宇宙オタク。徹底的なリサーチの上で書かれた原作はリアリティーにあふれ、絶賛されている。
今作で調査隊のコマンダー、メリッサ・ルイスを演じたのは、『インターステラー』のジェシカ・チャステインで、ジェシカは役づくりのためにテキサス州ヒューストンにあるジョンソン宇宙センターに行った。彼女にいろいろとアドバイスしたのが、女性宇宙飛行士トレイシー・コールドウェル・ダイソンだ。
トレイシーは、2007年に打ち上げられたSTS-118のミッションで、エンデバーのミッション・スペシャリストを務め、2010年4月4日から9月25日まで第24次長期滞在の一員として国際宇宙ステーションで生活、宇宙遊泳を3度経験している。そんなトレイシーに、今作にまつわる話を単独取材した。
「ジェシカは事前にかなり調べてきていて、とてもいい質問をした。実物大の宇宙ステーションのモデルがあって、そこで長い時間過ごしたわ。わたしは、国際宇宙ステーションに住んで働くのがどういうことか、どんな服を着ているかとかについて話したの。特に、コマンダーが乗組員たちに対してどういう役割を果たしているのかについてかなり話したわ。コマンダーがリーダーとして出ていかないといけないのは、緊急事態が起きた時なの。話し合っている時間はほとんどなくて、優先順位を決めないといけない。だから一人が、他の人々に指示しないといけないの。手元にある情報を基に、タイムリーに最終的な決断を下さないといけないんだけど、ジェシカはそれをとてもうまく演じていたわ」
また、パーソナルな質問もあったという。「宇宙でも結婚指輪をはめているの? って聞かれたんだけど、それには感動したわ。わたしは結婚しているけど、愛している男性のものを身に着けているというのは、とても大事なことなの。他の宇宙飛行士たちも、家族を思い出させるネックレスやリングを着けていたわ」
今作はとてもリアルに作られていると皆が口をそろえるが、宇宙に行った経験のあるトレイシーから見て、劇中で起きることは実際あり得ることなのだろうか? 「わたしは火星の専門家じゃないけど、とてもあり得ることだと思ったわ。わたしたちが実際に行く前に、誰かがこういうことを考えてくれて良かったと思ったのよ(笑)。事前に準備できるから。原作にあるもので、現実とかけ離れていると思ったものはないと思うわ」
実際、緊急事態がいつ起きるかわからないわけだが、彼女自身にはどんな経験があるのだろうか? 「宇宙ステーションを冷却するポンプが故障したことがあるの。わたしともう一人のクルーが外に出て、(修理するために)緊急宇宙遊泳をしないといけなかった。わたしには全くそういうことをする用意はできていなかったわ。NASAはすべてのことを計画するけど、これは予期していなかった。宇宙服を着て、外で作業することに関してはすごく訓練を受けているけどね。わたしがやらないといけなかったのは、ただ訓練に立ち戻るということだった。多くの人々に対する絶大な信頼があるの。莫大な量の知力が地上にはあって、彼らはわたしたちが外で作業する前に、手順を考え、どういうふうにやればいいかわかるように一生懸命考えてくれていたのよ」
映画の中に出てくるNASAのコントロールルームを彷彿させる話で興味深い。一つ間違えば死が待っているという宇宙飛行士の仕事だが、もちろんリスクはよくわかっているという。「わたしたちを宇宙に送るのに関わっている多くの人々の周りに長い間居るから、彼らがどれほどプロフェッショナルかということがよくわかっている。これは彼らのただの仕事じゃなくて、彼らの人生なの。人命がかかっているということを片時も忘れることはないわ。わたしは、リスクの部分は、直面するまで考えない。ただ訓練された仕事をやるために必要なことだけを区別して考えるの。家族にわたしが働く環境を見てもらったりして、心配を少しでも和らげることは、いつもやっているわ」
映画ではそういったシリアスな状況下でもユーモラスなところがたくさん出てくるが、実際宇宙に居る時、ユーモアのセンスを持つことはとても重要だという。「わたしたちがやっている多くのことがとてもシリアスだし、緊迫した状況とバランスを取るものが必要なの。マーク・ワトニーのように、自然で、謙虚なユーモアのセンスを持つ人が一緒の宇宙船に乗っていたらとても楽しいでしょうね。特に長い宇宙の旅の場合はね」
手話もできて、メンバー全員が宇宙飛行士のバンドMAX Qのリードボーカルも務めるなど多才なトレイシー。今後の宇宙プログラムについては「わたしたちは今、火星へのジャーニーの準備で忙しいの。ロケットやカプセル、エンジンを作ることから、宇宙ステーションを技術的なたたき台として、人間がこういうミッションを遂行するために、(火星の)環境で長い期間、耐えることができる手段を理解しようとしているの。この映画は、これからNASAに期待できることを見事に表現しているわ。世界中の人々の宇宙探検に対する欲求をインスパイアすることになると思うわ」と語っていた。
映画『オデッセイ』は2016年2月5日よりTOHOシネマズスカラ座ほかにて全国公開 (c) 2015 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved
【今月のHOTライター】
■吉川優子
俳優や監督の取材、ドキュメンタリー番組や長編映画の製作など、幅広く映画に関する仕事を手掛ける。最近の作品は「ハリウッド白熱教室」など。