紅葉狩りだけじゃない!魅力タップリ山の映画特集
今週のクローズアップ
人は何故、山に惹かれるのか。いや、なぜ映画人は山に惹かれるのかというべきか。とにかく山を舞台にした映画は数多い。秋の紅葉シーズンで山に入る人も増える中、過酷な遭難事件から心温まるストーリーなど、さまざまな物語が交差する「山の映画」を集めてみました。
ちょっと気軽にハイキング?
『ウェールズの山』(1995年)
過酷なだけが山ではない。本作に登場する「フュノン・ガルウ」は、ウェールズ南部に位置する、ちょっとしたハイキング気分で登ることもできそうな小ぶりなもの。1917年、山を自慢とする小さな村を、2人のイングランド人測量士が訪れる。彼らの測量の結果、山は、高さが6メートル足りないために「丘」として扱われることに。納得のいかない村人たちは、頂上に土を運んで山を高くしようと一致団結する。
郷土愛にあふれる村人たちが、あの手この手を駆使して測量士たちを足止めし、山を高くするために協力する姿に心が温まるハートウォーミングコメディーの佳作。鑑賞後には、小高い丘のような山に登ってみたくなること必至。ちなみに主人公の測量士を演じたのは、当時まだ30代前半のヒュー・グラント。映画の主役は、あくまで山と村人たちだが、ちょうどブレイク時期の作品ということもあってか、ヒューも生き生きとした演技を披露している。
野蛮人が男を犯す!山の民の恐怖!
『脱出』(1972)
山で会う人々が、心優しい者ばかりではないことを教えてくれる一本。ダムによって沈む川にカヌー下りにやってきた都会から来た4人の男たちが、山に住む野蛮な地元住人との軋轢から、命懸けの戦いに駆り出される姿を描く。
アメリカでは、東南部の山岳地帯で育った人々のことを侮蔑的にヒルビリーと呼ぶ。ようは、いなか者ということだ。本作では、そんな未開の地に住む彼らの野蛮な恐怖が描かれており、近親相姦の結果と思われる子供の登場や、一人のヒルビリーが小太りの都会人を犯すというとてつもなく不快なシーンまで登場する。4人の都会人のうち、野性的な男を演じたバート・レイノルズと、理性的な男にふんするジョン・ヴォイトの立場が、後半になって変化していく部分も見どころ。命懸けのゲームを経て、文明的な都会人が暴力性を目覚めさせていくヴォイトの姿には、戦慄さえ覚える。
ちなみに劇中、都会の男たちがバンジョーを弾くヒルビリーたちとセッションする場面があるのだが、イーライ・ロス監督の『キャビン・フィーバー』にはそのまんまのシーンが登場。厳密にはサスペンス映画といえる内容だが、後世のホラー映画に与えた影響は計り知れない。
スタローン、山で復活!
『クリフハンガー』(1993年)
山が舞台のアクション映画としては、最も高い知名度を誇る一本。雪のロッキー山脈を舞台に、シルヴェスター・スタローンふんする山岳救助隊員ゲイブと、強奪した大金の入ったスーツケースを、よりにもよって航空機からロッキー山脈に落としてしまった武装強盗団との戦いを描く。
スタローン演じる主人公は、かつて同僚の恋人の救助に失敗して死なせてしまうという、超トラウマ級の十字架を背負った男。極寒の中、基本薄手のセーターだけを身につけて戦う姿には、観ているこちらまで身震いしてしまう。プロのクライマーを起用した冒頭のロッククライミングシーンや、とにかく高さにこだわった映像は圧巻。強盗よりも、大自然の方がよほど怖く強大であることを描く姿勢には好感が持てる。ただ、山の存在が主人公の復活にそれほど関係がない印象で、そこは少しマイナスポイントか。
映画は大ヒットを記録し、当時、『オスカー』『刑事ジョー/ママにお手あげ』などサムいギャグ満載のコメディー映画によってキャリアの面で窮地に立たされていたスタローンにとって起死回生の一本となった。
この作品以降、スタローンは本来の自分の魅力を再認識し、打ちのめされ、ドン底に落ちたところから復活する主人公像を体現し続けることになる。
『八甲田山』(1977年)
山岳遭難事件としてあまりにも有名な「八甲田雪中行軍遭難事件」を、新田次郎の小説「八甲田山死の彷徨」を原作に映像化した作品。明治35年、来たる日露戦争に備えるべく、無謀な雪中行軍に挑んだ青森の連隊が遭難し、次々と命を落としていくさまを描き出す。
実際に冬の八甲田山で行われたロケは、あまりの過酷さに出演者が逃げ出すほどだったといわれているが、それもうなずけるほどの恐ろしさが映画全体を覆っている。雪の白さのため、映像上では顔面が真っ黒になったように見える兵士たちが、ある者は崖から滑落し、ある者は寒さのあまり錯乱して軍服を脱ぎ死んでいく。映画だとわかってても「ああ、人間は極限状態で死ぬとき、このようになるのだな……」と思わずにいられない映像が、いつまでも頭から離れない。
事件の過酷さだけでなく、むちゃな行軍を命じられても命令に逆らえない組織に組み込まれた人間の苦悩も克明に描かれており、3時間近い上映時間中、一瞬たりとも気が抜けない作品になっている。高倉健をはじめ、北大路欣也、三國連太郎ら名優たちの迫真の演技も見どころ。
本物だけが醸し出せる美しさに注目!
『劔岳 点の記』(2008年)
『八甲田山』で極限状態の撮影を乗り切り、日本映画史において人々の記憶に残り続ける名作を手掛けてきたカメラマン・木村大作が初めてメガホンを取った一本。くしくも『八甲田山』と同様、新田次郎の小説を原作に、明治40年、日本地図完成のために立山連峰、劔岳への登頂に挑んだ、陸軍測量官の柴崎芳太郎(浅野忠信)ら測量隊の姿を追う。
「厳しさの中にしか美しさはない」という監督の信念に従い、CG全盛の現代において、北アルプス・立山連峰各所で足かけ2年にわたる撮影が行われたことでも大きな話題となった。スタッフだけでなく俳優たちも何時間もかけて山を登り、数カットの撮影に挑むという、まさに常軌を逸したロケ。さらに、人物の感情を大事にするため、基本的には順撮りを行ったというのだから、ハリウッド映画の大規模予算など吹き飛んでしまうような贅沢さだ。
それだけに、どんなCG技術もかなわないであろう、まさに本物の劔岳の美しさが描かれている。人間に牙をむく姿だけでなく、澄み渡った青空を背景にした、ただただ美しく雄大な山の映像には、観ているだけでえもいわれぬ感情がわき上がる。
浅野忠信や香川照之、松田龍平、宮崎あおいら俳優陣の演技も素晴らしいのだが、ひたすら測量の日々を追う内容は単調な面もあり、ツイストに欠ける部分があるのも事実。しかし、映画の完成までを追ったドキュメンタリー『劔岳 撮影の記 標高3000メートル、激闘の873日』を観るとそんな思いも消えるはず。本作に懸けるスタッフたちの思いだけでなく、冗談ではなく「命」をかけ、「行」に耐えて作られた作品であることが理解できる作品になっており、これだけでも一本の映画として観る価値のある作品になっている。本作を観るときには、必ず併せて観てほしい。
脚本タイトルは「山小屋の三悪人」
『銀嶺の果て』(1947)
黒澤明監督が共同脚本を手掛け、銀行強盗を働き北アルプスまで逃げてきた3人が、雪の渓谷でたどる運命を描く。『愛と憎しみの彼方へ』『潮騒』などを手掛けた谷口千吉の監督第1作、伊福部昭が初めて映画音楽を手掛け、3人の悪人のうちの1人を演じた三船敏郎にとっても初めての映画と、記念すべきデビューづくしの作品となった。もう一人の強盗犯は志村喬が演じている。
山岳アクション映画として製作された一本だが、雄大な日本アルプスにおいて、それぞれの犯罪者たちがたどる三者三様の運命が象徴的に描かれた物語が胸を打つ。自身の欲望に忠実な犯罪者を演じた三船の、粗暴で野性味あふれながらどこか憎めない役者としての魅力は、このころから冴えわたっている。また何より、山小屋で出会った人々の情に触れ、次第に人間的な心を取り戻していく男を見事に体現した志村の演技も必見。本作で描かれる山は、厳しくも人間の心を持った者を見逃すことのない、まるで母のように描かれている。
若者たちの生きようとする意志に希望が見える
『生きてこそ』(1993)
実際に起きた墜落事故を映像化した迫真の人間ドラマ。1972年10月、ウルグアイの学生ラグビーチームを乗せた航空機がアンデス山脈に追突・墜落。わずかな生存者たちが、食料も水もない中、救助されるまでどのように生き残ったのか。残酷な事実を克明に描き出す。
山での遭難を描いた映画は数多いが、飛行機の墜落した先が極限の雪山だったという珍しいケース。それも実話だというのだから、余計に恐ろしい。極寒の山中で生き残るために彼らが選んだのは、死んでいった仲間の肉を食すること。しかし本作は、決してその残酷な現実をことさらあおりたてるのではなく、極限の状態に陥っても生きることを選んだ若者たちの苦悩を切実に映し出す。重なり続ける苦難の果てに、救助を待つだけでなく行動することを選んだ彼らの姿に、希望を感じずにはいられない、複雑な思いが去来する一本だ。
天国のような美しい山が魅了!
『ブロークバック・マウンテン』(2005)
どうしてもヒース・レジャーとジェイク・ギレンホール演じるカウボーイたちの激しいラブシーンが話題となってしまう作品だが、この映画のもう一つの主人公は、二人が出会い、やがて禁断の関係へと踏み込む舞台である「ブロークバック・マウンテン」そのものだ。
本作が描くのは、保守的なアメリカ西部で20年以上も互いを思い続けた男同士の愛。放牧された羊の管理をまかされた二人がひと夏を過ごし、禁断の関係を結ぶ山は、美しい森と川に囲まれた、まるで天国のような場所。仕事を終え、山を下りて別々の生活に戻った二人が、ひたすら現実に打ちのめされていくさまを描くことで、二人以外には誰もいない、雄大な山の美しさがさらに際立つ。
次々と命を飲み込む世界最高峰の現実
『エベレスト 3D』(2015)
1996年、世界最高峰の山エベレストで実際に起きた大量遭難事故を映画化。主演のジェイソン・クラークをはじめ、ジョシュ・ブローリン、キーラ・ナイトレイ、サム・ワーシントン、ジェイク・ギレンホールら実力派俳優が顔をそろえる。
ハリウッド映画であるためか、どうしても「カメラの向こうのスタッフは安全なんだろうな」と思わせられ、『八甲田山』のような、こちらの命まで縮むような恐怖を感じるのは難しい。
しかし、3Dで映し出される雪山の姿は大スクリーンで見るべき仕上がり。また、大衆化によって登山者が詰め掛けたことで山頂付近が渋滞するさまや、ベースキャンプで過ごすクライマーたちの姿をしっかりと描いている面は興味深い。順調に進んでいるように見える山頂までの道中で発生するほんの少しのほころびが、やがて大量遭難につながっていくさまは、やはりエベレストが一歩間違えれば「死」が待っている場所であることを見せつける。
映画『エベレスト 3D』は全国公開中