統一と平和を祈って…ここで開催することに意義があるDMZ国際ドキュメンタリー映画祭(韓国)【第41回】
ぐるっと!世界の映画祭
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と大韓民国(韓国)の間に存在する、世界でも特異なエリアDMZ(非武装地帯)。一般人の出入りが制限されているまさかの場所で、その名もDMZ国際ドキュメンタリー映画祭が行われている。特に戦後70年の今年は、スペシャルな場所で行われたようで……。第7回(2015年9月17日~24日)を映画ライター・土田真樹さんがリポートします。(取材・文:中山治美 写真:土田真樹、DMZ国際ドキュメンタリー映画祭)
平和!交流!生命!
2009年に、韓国初のドキュメンタリーに特化した映画祭としてスタート。DMZというのは名ばかりでなく、毎回、オープニングを南北を結ぶ“自由の橋”や、京義本線の都羅山駅など、DMZに極めて近い南側の最終地点で開催するこだわりぶり。また“平和・コミュニケーション・生命”をテーマに掲げており、想田和弘監督のドキュメンタリー映画『Peace ピース』(2010)は同映画祭の企画マーケット「DMZ Docs ファンド」の第1回支援作。完成後、翌年の第2回のオープニング作品として上映された。
「昔の軍事政権下時代だったら絶対に実現しなかった映画祭ですよね。また、韓国初の国際映画祭・釜山国際映画祭が誕生して約20年になるのですが、釜山の成功で官民共に映画祭への理解が深まったことも、このドキュメンタリー映画祭開催を後押ししていると思います。DMZを警備している韓国軍にとっても、同地の平和と安全は良い宣伝になりますから」(土田さん)。
俳優チョ・ジェヒョンが先導役
本映画祭のウリは開催地だけではない。映画祭ディレクターを、キム・ギドク監督『悪い男』(2001)などで知られる俳優チョ・ジェヒョンが務めており、映画祭の顔として精力的に活動している。今年の映画祭広報大使に、除隊したばかりの俳優ユ・スンホが就任したが、これもジェヒョンがちょうど映画『キム・ソンダル』(原題)で共演したのがきっかけらしい。
「ジェヒョンは舞台出身で実績もあり、かつ自主映画にも積極的に出演する姿勢は、俳優仲間からも支持されています。もともと韓国の映画界は非常に結束力が強いのですが、そんな熱心に活動するジェヒョンを応援しようという空気があります。それで映画や演劇関係者のみならず、ミュージシャンなども毎年、映画祭に駆けつけています」(土田さん)。
元米軍キャンプで開幕
今年のオープニング会場は、元米軍の施設だったキャンプ・グリーブス。2004年に板門店南側の警備が国連軍から韓国軍に変更されたのに伴い、同キャンプも閉鎖。現在は施設を利用した兵営体験などに使用されているという。
「ここは韓国人にとっても滅多に来られる場所ではありません。軍の管理下にあるので、私たち記者も1週間前までに身分証を提出して許可を得なければなりません。それでも元兵舎を活用したユースホステルに軍隊体験のように宿泊出来たのは貴重です。お風呂はシャワーだけだし、同室者のいびきはうるさいしで快適とは言えませんでしたが、その代わり、セレブであろうが皆、雑魚寝でした(笑)」。
オープニング以降は上映会場をシネコン「MEGABOX白石(ペクソク)」(高陽市)や「MEGABOX坡州(パジュ)」(坡州市)に移し、43カ国から選ばれた102作品を上映。部門は、国際・アジア・韓国・ユースの4つのコンペティション部門をメインに、最新の韓国ドキュメンタリーを紹介するノン・コンペティション部門「韓国Docs ショーケース」などもある。
日本からは、ノン・コンペの「グローバル・ビジョン」部門に河瀬直美監督の中編『Amami(英題) / アマミ』(2015)などを上映。また日本在住の米国人イアン・トーマス・アッシュ監督『-1287』がアジアン・コンペティション部門に選出され、同部門最優秀作品賞にあたるアジアン・パースペクティブ・アワードを受賞し、賞金1千万ウォン(約110万円。1ウォン=約0.11円換算)を獲得した。
北朝鮮関連作品8本
今年の映画祭のスローガンは「Shoot The DMZ」。銃で“撃つ”も、映画を“撮る”も、英語では同じshootを使うことから「銃ではなく、カメラでDMZに照準を合わせよう」という意味が込められている。
また今年は戦後70年。朝鮮半島にとっては戦後=分断の歴史であることから、北朝鮮をテーマにした8本の映画を上映。プロパガンダではない北朝鮮映画を見ることで、北朝鮮で今何が起こっているのかを見つめ、かつ偏見を無くそうという狙いもあったようだ。そしてオープニング作品として、脱北した画家に密着した『アイ・アム・ソンム(原題) / I Am Sun Mu』が上映された。「劇中では安全を考えて顔出しはしていないのですが、映画祭会場には来場していたようです。また会場には、招待された周辺住民も出席していました」(土田さん)。
ほか、在日朝鮮人女性が主人公のファン・チョルミン監督『Jung Jo-mun's Pot(英題)』(2015、韓国)、北朝鮮の女子サッカーにカメラを向けたブリジット・ウェルチ監督『ハナ、ドゥル、セ(原題) / Hana, Dul, Sed』(2009、オーストリア)などが上映された。
芸術村に隣接
土田さんは1989年より韓国を拠点に活動しており、本映画祭に参加するのも4回目。今回はオープニングに合わせて、1泊2日の滞在だった。「マスコミは、集合場所の京義線・臨津江駅(イムジン川)まで各自行き、そこからの移動や宿泊・飲食などすべて映画祭側の招待。とはいえ、キャンプ・グリーブスなど個人行動が出来ないので、すべてお任せするしかないのですが」(土田さん)。
映画祭会場の一つとなっているパジュは、土田さんにとってはお馴染みの場所。同市には芸術村があり、パク・チャヌク監督やキム・ギドク監督らアーティストが多数在住。また映画『JSA』(2000)や『建築学概論』(2012)などで知られる映画製作会社ミョン・フィルム社もある。同社は今春、フィルム・アートセンターや映画学校をオープンさせ、一大映像文化都市を築き上げようとしており、土田さんも度々、同地を訪問しているという。「ソウルから車で約1時間離れた田舎ですが、人々のアートに対する造詣が深く、普通の村とは違います。そうした土地柄も、映画祭の発展に寄与しているのだと思います」(土田さん)。
政情に敏感
本映画祭の一番のネックは、政情が映画祭開催に大きく影響することだ。今年は、映画祭開幕直前の8月に、韓国側のDMZで爆発があり、捜索活動中だった陸軍将兵2人が重傷を負う事故があった。爆発の原因が、北朝鮮側が埋設した地雷説が出て、両国は一触即発状態となった。「今回は北朝鮮側が“準戦時状態”を宣言するまで状況が悪化しました。その後、北朝鮮が遺憾の意を表明して、互いに矛を収めましたが、一時は映画祭の開催が危ぶまれました」(土田さん)。本映画祭を開催することそのものが、平和の象徴と言えるかもしれない。