1月の5つ星映画5作品はこれだ!【第80回:今月の5つ星】
今月の5つ星
新年あけましておめでとうございます! 2016年の幕開けは、賞レースに絡む大作や衝撃作、そしてハゲたジョニー・デップまで、奥深い作品が出そろいました。これが1月の5つ星映画5作品だ!
エンタメとして最上級の出来
戦争に発展しかねない火種がくすぶる国家間の危機に民間のやり手弁護士が挑む、事実に基づいた物語。アメリカで逮捕されたソ連のスパイの弁護をトム・ハンクス演じる主人公ジェームズ・ドノヴァンが引き受ける一連のシーンでは、愛国心や人権、自由といった人間の本質が問われ、後半にかけて生命の尊厳に深みが増し、ストーリーに含まれる友情、希望、家族、ヒーローという要素がどんどん広がっていく。シリアスになり過ぎないようにありふれた日常の中にあるユーモアで和ませ、緩急をつけている演出・構成にも抜かりがない。それもトムの名演とスティーヴン・スピルバーグ監督のセンス、ジョエル&イーサン・コーエン兄弟の脚本があってこそ。トムだけでなく、アベルを演じたマーク・ライランスの一見スパイに見えないスパイぶりにも目を引かれるものがある(スパイはスパイだとバレたら意味がないので)。心に響く名ゼリフから多くのメッセージを受け取れるし、本当にあったことを基にしているから説得力のある交渉術も学べる実用的な一面も。実話ベースでちょっとアカデミー賞を狙いに来た感がにおわなくもないが、エンターテインメントとしての完成度は高く、トム&マークの卓越した演技にけがれはない。(編集部・小松芙未)
映画『ブリッジ・オブ・スパイ』は1月8日より公開
飛び出す絵本のような鮮やかな世界と共存するポップな物語
『パディントン』
本作で目を見張るのは、飛び出す絵本のページをめくるように次々と映し出される鮮やかなロンドンの街並みや家。ストーリーがテンポ良く展開することも相まって、映画を鑑賞するのではなく、登場人物たちが生きているような精巧な箱庭の世界をのぞいている気分になってくる。もちろんファミリー層を意識した「笑い」と「感動」のポイントをわかりやすく提示するポップな物語も心地よい。一方で招かれざる客であることに悩むパディントンや、劇中にチョイチョイ登場するさまざまな人種で構成された音楽バンドなど、人種のるつぼ化しているロンドンの「移民」を意識した構成は、「単なる有名児童文学の映像化作品ではないんだぞ」という製作陣の気概からか。ただその分主要キャラクターのうち悪役のニコール・キッドマンだけがイギリス出身の役者ではないことに多少のひっかかりが残るものの、ほかのイギリス出身俳優によるキャラクターたちが大なり小なり欠点を抱えた人物であることや、何よりもニコールの役柄が誰よりもカリスマ性あふれる人物になっていることから、そこにあったのはハリウッドへの毒というよりも愛だったのではとも受け取れる。(編集部・井本早紀)
映画『パディントン』は1月15日より公開
鯨に海に引きずり込まれそうになるほどの臨場感!
『白鯨との闘い』
ノンフィクション本「復讐する海 捕鯨船エセックス号の悲劇」を基に、作家のハーマン・メルヴィルが今は年老いた元乗組員からエセックス号で本当は何が起こったのかを聞き、名著「白鯨」を執筆するまでを描いた本作。メルヴィル(ベン・ウィショー)らのシーンはナレーションのような役割となり、クリス・ヘムズワースふんする一等航海士とベンジャミン・ウォーカーふんする船長らエセックス号の面々が海上で体験した壮絶なサバイバルを推し進めていく。ロン・ハワード監督とは『ラッシュ/プライドと友情』に続いてのタッグとなる撮影監督アンソニー・ドッド・マントルが帆船やボートに複数台のカメラを設置して捉えた映像の臨場感がすさまじく、嵐のシーンでは船員たちと共に波飛沫と雨に打たれ、漁のシーンでは銛を突き刺した鯨たちに海に引きずり込まれそうになる。CGで作られた白鯨の、畏れを感じさせると同時にリアルな存在感も特筆すべきもの。映像に圧倒される一方で、クリスらキャストが大幅な減量をするなど役者魂を見せていることもあり、『ラッシュ/プライドと友情』ほど人間ドラマを掘り下げきれなかった点が惜しい。(編集部・市川遥)
映画『白鯨との闘い』は1月16日より公開
ナチス収容所の死体処理部隊が見た衝撃的な歴史の暗部
『サウルの息子』
ナチス収容所で同胞のユダヤ人の死体処理に従事する部隊、ゾンダーコマンドを題材にした衝撃的な内容で、第68回カンヌ国際映画祭でコンペティション初出品にしてグランプリを受賞し、第73回ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞にノミネートされた本作。物語は、ガス室に送られるも一命を取り留めた少年がナチスの軍医によってあっけなく殺される一部始終を主人公サウルが目撃したことから始まる。仲間たちが収容所から脱走する計画を秘密裏に進めるなか、少年を自分の“息子”と認識したサウルは、少年の遺体をユダヤ教の教義にのっとって埋葬すべく、何かにとりつかれたかのように一心不乱にラビ(ユダヤ教の聖職者)探しに奔走する。サウルのセリフは極端に少なく、表情を変えることもない。ひたすら手持ちカメラが正面から、背後からと彼の姿を追い続けることで、“死体生産工場”と化した収容所一帯の目を覆いたくなるような光景が映し出されていく。仲間によるとサウルに息子はいないというが、となると彼はなぜ、そのような行為に出たのか? それは人間性を奪われた彼が理性を保つために自らに課した使命なのかもしれないし、延命と引き換えにナチスの手足に成り下がったことの贖罪なのかもしれない。自分はおろか仲間の命をも危険にさらすサウルに、仲間は「生者よりも死者が大事なのか?」と問う。しかし、沈黙し続ける主人公が永劫に語り継がれるであろう歴史の暗部を突きつける。(編集部・石井百合子)
映画『サウルの息子』は1月23日より公開
絶妙にハゲたジョニデの名言に酔う!
ジョニー・デップが、かつて米ボストンの裏社会を牛耳った大ボス、ジェイムズ・“ホワイティ”・バルジャーを演じた骨太のクライムサスペンス。絶妙に情けないハゲ具合の親父にふんしたジョニーが、見た目とは裏腹に『パイレーツ・オブ・カリビアン』『アリス・イン・ワンダーランド』といったお調子者路線とは真逆の、スゴ味ある演技を披露する。モデルになったホワイティのキャラクターは、実在するとは思えないむちゃくちゃさで、裏切り者からちょっと無礼な態度をとった部下まで、気に入らない相手は躊躇(ちゅうちょ)なく殺しまくり。果ては白昼の駐車場で堂々とライフルを乱射して邪魔者を消す始末。これだけの行いをしても逮捕されず、有力な政治家だった彼の弟と、幼なじみのFBI捜査官の力添えで罪が不問になっていた事実には、恐れを通り越してあきれるばかりだ。その上で、ホワイティが級友を殴った息子に投げ掛ける「問題なのは、みんなが見ている前で殴ったことだ」といった言葉に代表される、道徳のかけらさえもないのに妙に納得してしまう名言の数々を聞いていると、いつしか自分も彼の常識に引き込まれた気分になり身震いする。主人公の強烈なキャラクターゆえに、弟役のベネディクト・カンバーバッチやFBI捜査官役のジョエル・エドガートンの熱演が埋もれてしまった感はあるが、『クレイジー・ハート』でジェフ・ブリッジスにアカデミー賞主演男優賞をもたらしたスコット・クーパー監督の下、久々に賞レースをさわがせそうな、凶暴なだけではない、抑えの利いたジョニーの演技は一見の価値ありだ。(編集部・入倉功一)
映画『ブラック・スキャンダル』は1月30日より公開