『完全なるチェックメイト』トビー・マグワイア 単独インタビュー
『スパイダーマン』シリーズをはじめ、さまざまな役に挑んできたトビー・マグワイアの新作『完全なるチェックメイト』が、12月25日より公開される。本作で彼が演じるのは、天才チェスプレイヤーとして歴史に名を刻んだ、ボビー・フィッシャーだ。米ソの冷戦が続く1970年代に、世界チャンピオンの座を懸け、アメリカ人のボビーがソ連(当時)の強敵と対戦する物語。緊迫感満点のゲームや、天才プレイヤーの奇行など、トビーはボビー・フィッシャー本人がのりうつったような迫真の演技を見せている。役作りや演技への思いなどをトビーが語った。
■実在の人物を“着る”感覚だった
Q:あなたが演じたボビー・フィッシャーは、過去にも映画になっていますよね?
『ボビー・フィッシャーを探して』(1993)のことだよね? あの映画は大好きだったな。タイトルに名前が入っているのに、ボビー自身は登場しないところもおもしろかった(笑)。
Q:では、もともとボビー・フィッシャーに関する知識もあったのですか?
いや、あくまでも一般的な知識だよ。すばらしいチェスのプレイヤーで、世界チャンピオンになったのを知っていたくらいで、彼の人生には詳しくなかった。今回、プロデューサーから企画を持ち込まれて、ボビーのリサーチを始めたんだ。
Q:細かいリサーチをしたわけですね。
文献をたくさん読み、彼の映像を見たし、残されている肉声も聴いた。さらに彼の素顔を知っている人や、チェスの関係者にも直接会って、話を聞いたよ。毎日、そんなことをしているうちに、ボビー役にどっぷりハマった感じかな。脚本もすでにできあがっていたから、演じるシーンをイメージすることもできた。そうやってリサーチや監督との話を通して、ボビー・フィッシャーという人間を、服のように“着る”感覚だったね。
Q:“着る”というのは、おもしろい表現ですね。
たとえば映画を観た後に、出てきたキャラクターの気分になって劇場の外を歩いたりすることってない? 僕の演技は、そういう感覚の延長なんだ。ハロウィンのコスプレが何か月も続く感じだよ(笑)。
■対戦シーンはダンスのように何百回も練習
Q:もともとチェスの経験はあったのですか?
ちょっとだけね。でもそんなにうまくはない(笑)。
Q:劇中のチェスのシーンでは、まさに天才プレイヤーがのりうつっていたように見えました。
チェスのエキスパートたちが、今回の映画で描かれた歴史的ゲームを詳しく説明してくれたんだ。この一手を打つとき、ボビーが何を考え、どんな姿勢を取ったのか。そして彼には、どんな癖があったのか……。まるでダンスの振り付けみたいに、ゲームの所作を何百回と練習したよ。今回の映画で、これは絶対に必要な作業だったね。家やオフィスにもチェスのボードを置き、つねに練習できる環境も作った。技術的なトレーニングで、プレイヤーらしい肉体の動きをつかんだのさ。ちょっとだけだけど、過去のチェスの経験も役に立ったかな。
Q:本作を観ると、ボビーが非常に神経質だったことがわかります。ゲーム中に、あそこまで照明の光や、観客の音を気にしていたんですね。
チェスの経験者に聞くと、だいたいみんな、形勢が不利なときに周りの雑音が気になって、勝っているときは気にならないらしい(笑)。でもボビーは、特別に繊細だったみたいだよ。
Q:あなたも演技に集中する仕事をしているわけで、ボビーのそんな繊細さを理解できたのでは?
いや、僕自身は気が散って集中できないことは、あんまりないかな。役になりきってしまえば、ほとんど問題ないよ。それに映画の現場って、周りの音を遮断するから、結構集中できるんだよ。ある意味、不自然な状況が作られるんだ。だって日常では、犬が吠えたり、飛行機が飛んでいたり、「音」だらけだろう? その音が消えるわけだから、自然に集中できるのかもね。もし本番中に余計な音を聞いたりすると、「このテイク、またやり直しかな?」なんて、そっちの方に神経を使っちゃったりする。職業病だね(笑)。
■結婚して家庭を持ち、人生が一変
Q:本作ではボビーと、彼を取り囲むマスコミの関係も描かれます。スター俳優であるあなたにも似たような経験があったのではないですか?
それまで無名だった人が、ある日突然、有名になって、プライバシーのある生活を諦めなくてはならない。今はそんなことに慣れっこだけど、僕が俳優になったとき、そこまでは考えてなかった。自分がその状況に慣れるしかないと、徐々に理解していったんだ。
Q:『スパイダーマン』で主人公を演じていた頃と比べると、現在のあなたは変わったということですね。
僕がピーター・パーカーを演じていたのって、ええっと……。
Q:『スパイダーマン3』が公開されたのは2007年です。
そうか、今からもう10年近く前になるんだね。あれから僕の人生にもいろいろあったよ(笑)。結婚して、2人の子どもができて、私生活で多くの面が変化した。もう記憶の彼方になっている部分もあって、細かくコメントできないな。ごめんね(笑)。でもこれだけは言える。人生の中で、妻と子どもたちとの生活の比重が多くなっているのは確かだ。『スパイダーマン』の頃と僕が変わったことといえば、日常生活でさまざまな経験を新たにしていることかな。
■好きなことを一つに絞らなくてもいい
Q:あなた自身が変化したことで、演技への取り組み方も違ってきているのでは?
演じることでストーリーテリングのおもしろさを知って以来、演技への姿勢はあまり変わってないかな。脚本や演じるキャラクターが僕に何かを求めていると感じさえすれば、つねにエキサイティングな気分になる。毎回、違ったことに挑戦し、役の人生を生き、そうやって出演した作品に影響を受ける。もちろん若いときと、すべて同じじゃないかもしれない。でも演じる情熱だけは今でも十分に保っているよ。
Q:今後、俳優以外の部分でもいろいろな目標があったりするのですか?
僕が演技を始めたのは13歳だから、それから27年も経ってしまったね(笑)。ボビー・フィッシャーにとってのチェスとはいかないまでも、僕にも子ども時代から興味が湧くものはいっぱいあった。スポーツやボードゲーム、料理もやるし、食べるのも大好き(笑)。でも人生のいいところって、好きなものを一つに絞らなくていいことだよね? 僕の場合、俳優業で役を深く掘り下げられるうえに、個人的な趣味を持つこともできる。その趣味をビジネスとして展開したりするのも可能だ。僕なりに「こういう風に時間を使いたい」というルールはあるけれど、その範囲内なら何だってできると思っているよ。
取材後記
実在の人物を演じる作業は、トビーにとってもエキサイティングな経験だったようだ。ボビー・フィッシャーと自分自身が重なり合っていく過程を、彼はうれしそうに語り、ひとつの質問に対して次から次へと言葉があふれてくる印象を受けた。『スパイダーマン』の頃は、マスコミに対して警戒心を見せるエピソードもあったようだが、今年40歳になり、父親でもあるトビーからは、家族のことも少し照れくさそうに語る“余裕”さえ感じる。本格派俳優として、次はどんなチャレンジを見せるのか、次回作への期待も高まる。
取材・文:斉藤博昭
映画『完全なるチェックメイト』は12月25日よりTOHOシネマズシャンテほか全国公開