新しい才能を発掘!日本映画発信の貴重な場 レインダンス映画祭(イギリス)【第43回】
ぐるっと!世界の映画祭
英国・ロンドンでは、同国最大級の映画祭として2015年に59回を迎えたロンドン映画祭があるが、自主映画の祭典として気を吐いているのがレインダンス映画祭。母体は映画学校で、その運営もいまやロンドンのみならずカナダ・トロント&バンクーバー、米国・ニューヨーク&ロサンゼルス、フランス・パリなど世界へ。さらに3年前からはウェブ映画祭を同時開催している。逞しく成長を遂げる中で開催された第23回大会(2015年9月23日~10月4日)を、同映画祭日本映画プログラマーの中崎清美さんがレポートします。(取材・文:中山治美 写真:中崎清美、レインダンス映画祭)
タラちゃん、ノーラン、園も!
英国映画『THE ROOM 閉ざされた森』(2006)の製作総指揮を手がけた映画プロデューサーのエリオット・グローヴが1992年に映画学校を創設。翌年に、自主映画や短編、ミュージック・ビデオのショーケースの場となることを目指して映画祭をスタートさせた。“レインダンス”の意味は、ロンドンが雨の街であること、さらに第1回の上映作品にダンス映画が多かったことから、この名前になったと言われている。新鋭発掘の場として定評があり、第1回のラッセ・ハルストレム監督『ギルバート・グレイプ』(1993)に続き、クエンティン・タランティーノ監督『パルプ・フィクション』(1994)、クリストファー・ノーラン監督『メメント』(2000)、園子温監督『愛のむきだし』(2008)の英国プレミアが行われた。
第23回の部門はインターナショナル長編コンペティション、ドキュメンタリー、短編のほか、リール・ブリタニア、インディー・アメリカ、デイズ・イン・ヨーロッパ、バルカン・ショート、ウェイ・アウト・イースト(日本・フィリピン・中国)と国や地域に分けた特集上映。さらにセックス、ドラッグ、ロックをテーマにしたレインダンス・シンフォニー・オーケストラ部門もある。
短編映画はここでの受賞が、米国アカデミー賞と英国映画テレビ芸術アカデミー賞(BAFTA)へのノミネートに繋がる道もある。「10月のロンドン映画祭と会期が近いこともあり、その前にロンドンに入ってレインダンス映画祭で新鋭監督を先物買いする映画関係者もいるようです」(中崎さん)。
貴重な日本映画発信の場
中崎さんはロンドン在住時の2001年から同映画祭に参加。2003年に帰国し、公益財団法人ユニジャパン在職中は一時離れたが、2010年から再び日本映画のプログラマーを担当している。上映作は英国初上映が条件で、近年は安藤桃子監督『カケラ』、吉田浩太監督『ソーローなんてくだらない』、能野哲彦監督『赤い季節』など。横浜聡子監督は特集上映も組まれた。そして2014年は呉美保監督『そこのみにて光輝く』がインターナショナル長編コンペティション部門で最優秀作品賞を受賞している。 第23回で上映された日本映画は次の通り。
■インターナショナル長編コンペティション部門
塚本晋也監督『野火』
石井岳龍監督『ソレダケ/that's it』
■ドキュメンタリー部門
エリック・シライ監督『ザ・バース・オブ・サケ(原題) / The Birth of Sake』(日米合作)
■ウェイ・アウト・イースト部門
若木信吾監督『白河夜船』
大崎章監督『お盆の弟』
冨永昌敬監督『ローリング』
二宮健監督『SLUM-POLIS』
■短編
Yuki Saito監督『しゃぶしゃぶスピリット』
齋藤俊道監督『小春日和』
林俊作監督『Remember』
残念ながら日本映画の受賞はなかったが、塚本監督、大崎監督、シライ監督が現地入りし、英国のファンと交流を重ねた。
「映画祭のメインテーマは“新しい才能の発掘”なので、まだ英国ではあまり紹介されていない新鋭監督の作品が中心となります。英国において、インディペンデント作品はもとより、日本を含めたアジア映画の産業は非常に厳しいので、こうした映画祭が発信する貴重な場となります。ただ英国には映画評論家トニー・レインズのように、日本映画を欧州に広めてくれるオピニオン・リーダーがいますが、彼以外の後進がなかなか育っていないこともあって、日本映画の発信力が弱くなっているように感じます。それが映画祭での日本映画の動員にも繋がったのですが、正直、今は難しい一面があります」(中崎さん)。
またせっかく選ばれても、上映されたことだけで満足してしまい、次の展開に繋げようという貪欲さがない監督や映画会社も多いという。 「戦略を持って映画祭を活用している人が少ないなと感じます。せっかく英語字幕を付けて、ロンドンで上映しているのですから、こちらの映画会社に売り込むくらいの意気込みで参加して欲しいと思います。こちらは予算もスタッフの人数も限られているため、十分なホスピタリティを提供するのは難しいですが、英国の配給会社への橋渡しなど、色々と出来る限りのお手伝いをしたいと思っています」(中崎さん)。
国際交流基金がサポート
映画上映のほか、会期中には脚本家ギジェルモ・アリアガのマスタークラスや、誕生50周年を迎えたスーパー8mmカメラのフォーラムなど映画製作を取り巻く“今”を考える多彩なイベントが用意されている。
また映画祭には日英の文化交流に尽力している国際交流基金とグレイトブリテン・ササカワ財団が協賛に入っている。会期中には、国際交流基金主催で塚本監督のトークイベントも開催され、用意された150席が英国の塚本ファンで埋まったという。
「私自身もこの事業のお手伝いをさせて頂いているのですが、国際交流基金は毎年テーマを決めて、英国各地で日本映画の巡回上映を行っています。新作のみならず、英国未公開の日本映画を発掘・上映することで英国での日本映画の固定ファンの獲得に、大きく貢献していると思います」(中崎さん)。
今年の国際交流基金の日本映画巡回ツアーは2月5日~3月26日、ロンドン、マンチェスター、シェフィールドなど13都市で開催。「生きる」をテーマに、木下恵介監督『日本の悲劇』(1953)や岡本喜八監督『江分利満氏の優雅な生活』(1963)といった旧作から呉美保監督『きみはいい子』(2014)まで14作品が上映される。今の海外での日本ブームの背景には、長期的な視野に立って地道な活動をしている人たちの存在があることを忘れてはならない。
LGBTはじめます
第24回の開催は9月21日~10月2日と決定(作品の申請は6月10日まで)。来年は新たにLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー)部門を設置。さらに障害を持つ観客のために、クローズド・キャプション(BGMや効果音などの文字情報を含む英語字幕)を用いた視聴方法に取り組む。同映画祭では短編部門でミュージック・ビデオを上映するなど流行発信地ロンドンの映画祭らしい特色を持っているが、さらに多様な観客に門戸を開くようだ。
「前述したように、大きな映画祭のようなホスピタリティを提供するのは難しいです。その代わり、各々が積極的に自分でコミュニケーションを取るくらいの気持ちで参加すると、有意義な機会になると思います」(中崎さん)。
最近は、映画祭応募サイトに登録し、あまり情報を仕入れず、引っかかった映画祭に参加するという人たちも多い。しかし映画祭にはそれぞれ個性がある。自身の作品の特色や、今後の目指したい展開を考慮して映画祭を選ぶことを心がけたい。特にレインダンス映画祭のように、映画祭は時代と共に変化してきている。その変化を楽しむのも、映画祭巡りの楽しみなところだ。