古舘寛治が見た!カンヌ国際映画祭の舞台裏(フランス)【第47回】
ぐるっと!世界の映画祭
第69回カンヌ国際映画祭(2016年5月11日~22日)のある視点部門で、深田晃司監督『淵に立つ』(10月上旬公開)がある視点部門審査員賞を受賞! 日本中を駆け抜けたこのニュースは、ここ数年、日本の若手監督の進出が難しかったカンヌで、新たな才能が世界に認められたとして大きな喜びを持って報じられた。その喜びの瞬間を味わったのが、現地入りしていた『淵に立つ』の俳優・古舘寛治。同じ劇団青年団に所属し、深田監督の成長を見守ってきた盟友だからこそ知るエピソードと共に、リポートします。(取材・文:中山治美 写真:古舘寛治、(C) 映画「淵に立つ」製作委員会/COMME DES CINEMAS)
世界最大規模の映画祭
ドイツのベルリン国際映画祭、イタリアのベネチア国際映画祭に並ぶ世界最大映画祭の一つ。成り立ちもライバルを意識したもので、1932年に始まったベネチア国際映画祭に対抗して、フランスでも国際的な文化イベントを! と、当時のフランス教育・芸術大臣ジャン・ゼイの主導で創設。1939年にスタートする予定だったが、第2次世界大戦が勃発し、第1回は戦後の1946年に行われた。1948年と1950年は予算不足、1968年には五月革命の余波で中止になるという波乱もあったが、映画を売買するマーケットも併設し、今や会期中に3万人以上の映画関係者と4,000人以上のメディアが集まる世界最大級の映画祭へと成長した。
主要部門はコンペティション、特別招待、ある視点、短編コンペティション、シネフォンダシオン(映画学校の学生映画対象)、カンヌクラシック。監督週間はフランス監督協会、批評家週間はフランス映画批評家組合がそれぞれ主催しており、映画祭とは独立した部門となる。
深田監督『淵に立つ』が選出されたのは、独自の視点や切り口を持った先鋭的な作品を集めたある視点部門。古舘は、深田監督から電話で朗報を受け取ったという。
「カンヌなんて一生縁がないと思っていたので、物凄くビックリしたし、無茶苦茶嬉しかったです。僕は20代の時にニューヨークへ演技留学していたのですが、その時、部屋に飾ってあったのが、第29回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールを受賞したマーティン・スコセッシ監督『タクシードライバー』(1976)のカンヌ用ポスター。僕とってカンヌは、まさに映画界の頂点のような場所。そんな所に裏街道しか歩いていなかった自分が行けるとは夢にも思いませんでした」(古舘)。
6年前から始まった…
映画『淵に立つ』は、小さな金属加工工場を営む一家の元へ、夫の古い知人(浅野忠信)が現れて共同生活を営むことになり、徐々に家庭に不協和音が生じていく人間ドラマだ。古舘演じるは、一家の大黒柱。深田監督作には、『東京人間喜劇』(2009)、第23回東京国際映画祭の日本映画・ある視点部門で作品賞を受賞した『歓待』(2010)、『ほとりの朔子』(2013)に続いての出演。その『歓待』の頃から『淵に立つ』の構想があり、夫役での出演を打診されていたという。
「『歓待』では印刷所を営む一家に侵入する男を演じましたが、今度は侵入される側の夫の役を演じて欲しいと深田監督から話がありました。深田監督からは『一緒に企画を立てていきましょう』とまで言われたのですが、話半分に聞いていたのです。すると、しばらくしてから『古舘さんが何もしてくれないから一人で(企画実現の為に)動きましたよ』と、『淵に立つ』の依頼が届きました。当初より物語はだいぶ変わってましたが、侵入される側という設定は同じでした」(古舘)。
深田監督は映画美学校(東京・渋谷)フィクション・コース終了後の2005年、平田オリザ主宰の劇団青年団演出部に入団した。以来、古舘は深田監督の成長を見てきた。
「当初劇団では“何も出来ない子”という印象。そのうち舞台制作ではなく、映画を撮り始めたのだけど、ストーリーを作る能力は凄い。そこは、平田さんはさすが見る目があると思いました。ただ『東京人間喜劇』の現場では段取りは悪いし、僕もイライラして監督を怒鳴りつけたこともあった。ひどい映画になるかも? と思ったら、これが面白かった。なんだコイツは!? ですよね(笑)。その頃に比べると、『淵に立つ』では演出の指示も非常にしっかりしていて、逆に大丈夫かな? とちょっと心配になるほど。頼りない時の方が面白い作品を作っていたという監督が結構いるらしいですから。でも蓋を開けたらカンヌとは」(古舘)。
ラルフローレンと共にカンヌへ
カンヌでの『淵に立つ』の公式スケジュールは以下の通り(※全て現地時間)
<5月14日(土)>
午前中 フォトコール
14時 プレス上映 カクテルパーティー
22時15分 公式上映 上映後、日本メディアの取材
<5月15日(日)>
午後 取材
16時 プレス上映
「慌ただしくバタバタしていた印象です」(古舘)。
メインイベントは、5月14日の公式上映。会場は1,068席のドビュッシー劇場。カンヌ名物レッドカーペットがあるのはメイン・コンペティションが上映されるリュミエール劇場(2,309席)の方だが、8年前からある視点部門参加者もレッドカーペットを通ってから会場入りする演出が用意されるようになった。そのため、ソワレ(夜上映)の際は正装が義務付けされる。古舘は、米国のファッションブランド「ラルフローレン」からタキシード一式を借りて公式上映に臨んだ。そして上映後は、熱いスタンディングオベーションを受けた。「スタンディングオベーションは長かったですね。でも、慣れないことだし、僕も素直な人間ではないので、その長さが何を意味しているのか分からないところもあります。ただ上映後はいろんな場所で『映画良かったよ』と褒められることが多かったです」(古舘)。
そうして声を掛けてくれた人に対して、古舘はすさかず、用意していた自身の連絡先入りのポストカードを手渡したという。米国留学経験のある古舘は、英語が堪能。これを機会にコネクションを作り、企画から撮影・編集まで、たっぷり時間をかけて製作する海外の作品に参加出来ればという思いがあったという。
「100枚用意し、40枚程配布しました。Facebookで繋がった人もいますが、メールで連絡が来たのは一通ぐらいかな(苦笑)」(古舘)。ベテランとはいえ抜かりのないこのアグレッシブな姿勢を、ぜひ国際映画祭に参加する映画人は見習いたいものだ。
カンヌ・フル参戦
通常、出品作品参加者は公式行事のある3泊程度の滞在がほとんどだが、古舘はせっかくの機会だからと、5月12日に現地入りし、22日のクロージングまで映画祭を味わいつくした。その間の渡航・宿泊共に自費で、宿泊は1LDKのアパートを確保。深田監督や途中参戦した共演者の俳優・太賀と共同生活を送った。公式行事以外は、もっぱら映画を鑑賞していたという。
「監督賞を受賞したオリヴィエ・アサイヤス監督『パーソナル・ショッパー(原題) / Personal Shopper』とクリスティアン・ムンジウ監督『バカロレア(原題) / Bacalaureat』、ジム・ジャームッシュ監督『パターソン(原題) / Paterson』、マーレン・アーデ監督『トニ・エルトマン(原題) / Toni Erdmann』と、コンペティション部門作品を中心に鑑賞しました。結構(映画祭ゲスト用のランクの高い)強いバッジを頂いたので、予約・抽選制のメイン会場でのコンペティション作品を見ることが出来たんです。やはりコンペティション作品は予算も時間もかけられたものが多く、コンペティションとある視点部門合わせても、僕たちの『淵に立つ』が一番撮影日数が少ないんじゃないかと比較しながら(苦笑)」。
中でも印象に残ったのは、下馬評は高かったが無冠に終わった『トニ・エルトマン(原題)』。疎遠になっていた父娘が再会したことで巻き起こる騒動を描いたコメディーだ。「映画祭期間中に配布される映画誌の星取表を見たら皆が絶賛していたので、これは見に行かねば! と。なかなか映画祭でプレスの意見が一致する作品ってないと思うんです。実際僕も、ゲラゲラ笑いながら最後は泣かされました」(古舘)。
空いた時間には、マーケット会場へ。参加企業・団体は、世界各国から1万1,900社強。映画産業の最前線を間近で見た。「小さい頃、父親にある産業の見本市に連れて行ってもらった記憶があるのですが、全く同じように映画が商品として売られていることを新鮮に感じました。それがまた大勢の人で賑わっていて、映画産業ってなんて豊かなのだろうと。しかも、『淵に立つ』上映後には米国で売れたとかいう情報がどんどん入ってくる。これまでも自分の出演作が“フランスでの公開が決まった”とか、“○○の国で何館で上映されるらしい”と聞いてもピンと来ない部分があったのですが、特別な実感を持って『淵に立つ』が世界に出ていく瞬間に立ち会うことが出来ました」(古舘)。
そして夜は、あちこちで開催されるパーティーに参戦。カンヌの華やかしき部分も、ビジネスのシビアな部分も両方を体感出来たようだ。
決意も新たに…
ある視点部門の受賞発表は5月21日。どの賞を受賞しているかは事前に知らされなかったが、映画祭事務局側から「授賞式に来て欲しい」という連絡が入り、深田監督、共演の筒井真理子と共に会場のドビュッシー劇場へ。再びラルフローレンのタキシードに着替えて歓喜の瞬間を味わった。
続いて翌日22日夜は、メイン会場のリュミエール劇場で行われたクロージングセレモニーに招待され、客席からコンペティション部門などの受賞結果を感慨深く見守ったという。「人間というのは、欲が止まらないものなのですね。カンヌに参加するなんてありえないとすら思っていた人間が、いざ参加して、ある視点部門で賞を頂くと、まだ頂いていないモノへと目移りしてしまう。またカンヌに戻ってきて、今回よりもさらに良い賞をもらいたい! と、思わなかったと言ったら嘘になります」(古舘)。
古舘自身も今年は、マキノノゾミ・作の舞台「高き彼物」(2016年10月31日~11月25日。静岡芸術劇場・メロープラザ)で初演出に挑む。「深田監督ともまた一緒に作品を作りたいなと思っています。日頃“三次元では何も出来ない男”と言いふらしているのに何ですが(苦笑)、やはり僕としては凄い才能の持ち主だと思っています」(古舘)。それぞれの分野で己の道を極めながら、再び映画で顔を合わせる。深田監督×古舘コンビの良好な関係は、今後も続きそうだ。