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『火 Hee』桃井かおり監督 単独インタビュー

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『火 Hee』桃井かおり監督 単独インタビュー

50歳のころには今の自分を想像できなかった

取材・文:斉藤博昭 写真:平岩亨

日本映画を代表する女優の一人である桃井かおりが、自ら主演を務めて長編監督第2作『火 Hee』を完成させた。芥川賞作家・中村文則の短編小説に基づきアメリカで娼婦に身を落とした主人公が精神科医の前で過去を語るこの一作には、監督の野心に満ちあふれた斬新な演出が施されている。ロサンゼルスの自宅を撮影に使い、衣装も担当するなど桃井かおりの「現在」を感じさせる本作。監督、主演女優としてどんな思いで向き合ったのか? ロスを拠点とする彼女が“来日”して語った。

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予算内に収めるために最も効果的な方法

桃井かおり監督

Q:脚本と監督を手掛けつつ、自ら主演を務めるという決断をしたのは、なぜですか?

まず予算の問題(笑)。どこを削るか考えたら、主演女優のギャラだったんですよ。セットを作る余裕もないので自宅を撮影現場にして、衣装もわたしが全部用意した。音楽はダンナに頼んだし、我が家の犬にも出演してもらったのよ。

Q:ご自身を自ら演出するわけですよね。

撮影期間が10日間しかなかったので、他の女優さんに主演を任せたら、役柄を説明する時間がもったいないし、原作を自分と同じように理解してもらう必要もあったので。わたしは女優として、これまでも監督のイマジネーションを超えようと演じてきたから、監督が自分なら簡単にそれがかなう気がしたの。でも先日、黒柳徹子さんに会って、彼女なら主役を任せられたと思ったわ(笑)。

Q:監督の立場で、強く意識したことは?

これまで多くの名監督と仕事をしてきたので、その世界に新人のわたしの作品が加わるとなったら、「新しさ」で勝負するしかない。そこだけは強く意識しました。とはいえ、演出だけ担当していたら、頭の中で考え、冷静に撮っていたと思うので、ここまで作品を「産んだ」という感覚にはならなかったでしょうね。

ヒロインは登場するなり「ヤバい女」

桃井かおり監督

Q:それにしても、主人公の「女」は最初にスクリーンに現れた瞬間から危険な香りが漂っています。

まず「ヤバい人が出てきた」と思わせたくて、セリフを不明瞭にしたり、息が漏れる変な音を入れたりして演じたの。撮影後の音声をスタッフがクリアにしてくれたんだけど、あえて不明瞭な音に戻してもらった。

Q:主人公の女は放火した過去を持ち、さらに殺人を犯したかもしれない……という設定ですが、どこまで本当のことを告白しているのか謎めいていますね。

そこは、女の独白のみで展開する原作を意識しました。過去のシーンを映像で再現しようとも思ったけど、そうすると事実を提示することになってしまう。事実か嘘かは、観る人に委ねようかと……。この女は「死ぬ前に一度、誰かに(自分のことを)信じてもらいたい」と思って精神科医に語りかけている。だから映画を観る人は、医者と同じ目線になるんですよ。「この女、最低だけど生かしてあげたい」と思ってくれてもいいし、落ち込んだときに観たら「わたしの方がマシ」と助けになるかもしれない。そうなれば映画を作った甲斐があるもの(笑)。

Q:桃井さん自身と、この女が重なる部分はありますか?

10年前にアメリカへ行こうと思ったのは、「桃井かおりのなれの果て」を見るのがつらかったから。ちゃんとおばあさんになっていけるか不安だったの。でも『火Hee』の主人公は老けた売春婦という設定で、「桃井かおりのなれの果て」の方がまだマシかもと思えた(笑)。

渡米前は想像もしなかった現在の自分

桃井かおり監督

Q:ロサンゼルスを拠点としたことで、女優業のスタンスも変わったのでしょうか?

2006年の長編監督デビュー作『無花果の顔』がベルリン国際映画祭でNETPAC賞(最優秀アジア映画賞)を受賞して、それからいくつもの映画祭で審査員を任されたりするうちに、若い監督たちとも知り合って、シナリオが送られてくるようになったの。だからアメリカへ渡ってから、一度もオーディションは受けていません(笑)。

Q:それで各国の監督との作品が増えているんですね。

若いころのハングリー精神とは違うけれど、CMやハリウッド大作のような「おいしい」仕事と同時に、予算の少ないインディーズの作品も「その現場を見たい」と思ったら、参加するようにしています。『終戦のエンペラー』(2012)みたいに(女優としてだけでなく)美術スタッフでも入った作品もある。これまでもそうだけど、石が転がってきて、面白そうだったら拾う癖がついているので(笑)。わたしが出た『雨夜 香港コンフィデンシャル』(2010・日本劇場未公開)を映画祭で観て、わたしの家の電話番号を世界中の人に聞いて探し出し、オファーしてくれた監督もいたわ。

Q:「現在の桃井かおり」は、アメリカへ行こうと思った10年前には、想像もつかなかったのでは?

確かに50歳のころのわたしは、まさかアメリカへ行って、結婚もして、スペイン語や広東語もセリフで話す女優になっているとは考えもしなかったかも。でも密かに日記には目標として書いていたりしてね(笑)。

Q:インディーズ作品での経験が、この『火 Hee』にも生かされているわけですね。

これまで「自爆」する映画をいっぱい見てきたの。撮影にたどりつかない作品もあったし、撮影が始まっても撮り終わらない作品もあった。だから今回は何が何でも完成させたかった。

Q:『無花果の顔』から『火 Hee』まで時間がかかりましたが、監督としての次回作は?

『無花果の顔』の後、2年間くらい企画を練った作品があったけれど実現しなかったんですよ。だから今は、何か企画が転がり込んでくるのを待っているの。企画が来て、「自分ならこう撮りたい」という発想が、わたしには合っている気がするから。とにかく何とか早いうちに次回作を撮りたいと思っています。

Q:某ハリウッド大作をはじめ、女優としての活躍も期待しています。

その前に『火 Hee』を一人でも多くの人に観てほしい。ロサンゼルスから東京に来て、こうやって宣伝も頑張ってるわけだから(笑)!


桃井かおり監督

「これだと下北沢の朝帰りみたいだから着替えるわ」。インタビュー用の写真撮影の際、桃井は屋外で撮影場所を確認するなりこう言って衣装を選び直した。背景と自分の衣装の関係を瞬時に察知し、より良いバランスを判断。しかもユーモアを込めて、その意図を周囲に知らせる。まさに「監督・桃井かおり」のセンスを感じさせる一瞬だった。女優として多くの名監督と仕事をしてきた彼女は、一瞬の判断力も鍛え上げてきたのだろう。インタビューの受け答えも、100%まっすぐで自然。裏表を一切感じさせない姿が、映画監督として撮影現場で慕われる要因なのかもしれない。

ヘアメイク:宇田川恵司 スタイリスト:飯嶋久美子

(C) 吉本興業/チームオクヤマ

映画『火 Hee』は上映中

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