『永い言い訳』本木雅弘&西川美和監督 単独インタビュー
裸でいいって言ったじゃん!
取材・文:編集部 小松芙未 写真:橋本龍二
昨年、昭和天皇を演じて日本アカデミー賞助演男優賞を受賞した本木雅弘。初めての女性監督となる西川美和とタッグを組んだ新作では、不貞の最中に妻を亡くした小説家を、身を切るような熱演で体現した。行間の感情が流れ続けるような胸に迫るドラマは、二人のどんなやりとりから生まれたのか。付け入るスキのない完璧な実力者に見える本木の意外な一面も明らかになった。
本木の身の丈に合った役
Q:本木さんが「自分のようだ」とほれ込んだ役とうかがいましたが、どのあたりが自分と似ているところですか?
本木雅弘(以下、本木):ねじれた自意識ですね。西川監督の言葉を借りれば「自己愛の度合いは激しいのに、健全な範囲での自信に欠ける」という、変なバランスです。わたしもずっと表立った仕事をしているわりには、内面が小さかったり、散らかっていたりするんです。自分の弱さやもろさをうまく吐き出せずにいる男という意味で、似ていると思いました。
Q:特に自分とリンクしているようなシーンはありますか?
本木:実は自分の中に不安があるんだけど、妻に対して嫌味を込めた物言いをする冒頭のところとかですかね。
Q:あのシーンがリンクしていると言われると、見方が変わってきます(笑)。
西川美和監督(以下、西川監督):変わりますよね。外からじゃそんなふうに見えないですもんね。
本木:なんとなくいつも「どうせ」っていうのがあるんです。“似非感”って言うんですかね。
Q:ある意味、達観されているようなお言葉ですね。
本木:いや、不安の塊ですよ。
Q:本木さんと不安という言葉が、あんまりマッチしないです。
西川監督:すごいですね、やっぱり。世間はそういうふうに思っていますよね。
本木:本音を言うと、不安って言いながら不満なんです(笑)。自分に対する不満です。出来ない自分への不満足。
Q:自分に対する不満と闘っている一般の方も大勢いらっしゃると思いますが、本木さんはその不満とどう向き合っているのですか?
本木:その術をこの映画で知りました。自分が高をくくっているものの中に、実は大いなる世界が広がっているということ。劇的なことばかりで人生や考え方がガラッと変わるのではなく、ささやかなことの積み重ねで気付いていけることもあるんですよね。わたしは映画を通じてそれを感じ、実生活でもより人に優しくなりました。
西川監督:すごいことだと思う。
本木:普段はどちらかというと偉人の役が多かったりするので、そういう意味では自分とのギャップが大きすぎてめまいがしていたんですけど(笑)、今回は身の丈に合った役だし、非常に響くものがありました。
西川監督のシビアな観察眼でバレたこと
Q:西川監督は、「映画を志した頃から『いつかは』と思いを寄せていた人」が本木さんとのこと。どんなところに惹かれますか?
西川監督:やっぱりとても華がある。主人公は華のある人にやってもらいたいし、これだけの眉目秀麗なお顔立ちでありながら、すごくチャーミングで。跳ねるというか、若い頃の作品にはよくそういう感じが出ていたと思います。ジタバタしつつも人間的な魅力が発揮できる本木さんにいつかはという憧れがあったんですが、お人柄的に完璧で、変な葛藤なんかもう超越しているような方だろうという皆さんも思われているようなイメージを持っていたんです。わたしの書いている、ありとあらゆる感情と自意識をごちゃまぜにしたような、ドロドロしたものを抱えてはいないだろうと。ところが、とある筋から「この主人公にとても似た性格だ」という情報をキャッチして。
Q:とある筋が気になります。
西川監督:わたしの師匠の是枝(裕和)監督です。是枝監督は樹木希林さんとも、本木さんのお嬢様の内田伽羅さんともお仕事をされた経緯があったので、本木さんと会ってみたところ、すごく主人公に似ているよって。
Q:是枝監督の情報がなかったら、キャスティングは違ったんですか?
西川監督:わたしが思っていたような人物像だったら、なかなか勇気を持つことが出来なかったかもしれませんね。外見の良さも内面のねじれもものすごい大きなウエイトを占めている設定で書いていましたから、内面性でどこかリンクしているのであれば、こんなにいいことはないだろうなと思って。
本木:西川監督はシビアな観察眼を持っていますので、すぐに案外脇の甘い人間だってことがバレてしまったらしいです。そのボロさがわたしの魅力だと(笑)。
西川監督:でも本当にそうなんですよ。しかもそのボロさを実はそんなに隠そうとしていない。ナルシスティックではないんですよね、本木さんて。ボロさを結構平気で人に配り歩く(笑)。そういうフランクなところがあって、本当にかわいらしくて魅力的な方だなと。
本木:でも、もうやめなさいっていうくらい終わったことをグチグチと言ったり。もしくは始まる前から百ほどのエクスキューズを言ってスタートするみたいな(笑)。男として厄介だと思いますよ。
西川監督:でもね、取り付く島があるというのか。自分も同じように思いますからね。わたしは内心は違っても「はい、OK。大丈夫ですよ」と言って終わろうとする、体裁屋なんです。その内心を代わりに本木さんが言ってくれるんです。
本木:西川監督の本質がわかるわけではないですが、なんとなく、見せずにいるけどこう思っているんだろうなっていうのは感じたりして。その一部を共有するつもりで自分の言葉として言ってみたりはしますが、その奥で監督が何を思っているかは明かされていないので、誰の前だったら監督は自由なんだろうなって思ったりします。
西川監督:自由なんですけど、謎めいているって思わせているとしたら、成功ですね(笑)。演出家ってどこかで怖がられている方がいいと思うんですよね。
心が“全裸”の本木を要望
Q:本木さんのちょっとした動きや表情に、主人公の抱える苦悩がにじみ出ていますよね。ああいった表現は本木さんありきなのでしょうか。
本木:いや、調整されていますよ。わたしはどちらかというと、悲しみというより自分に対する苛立ちだけで吐き出しがちなんです。そこを西川監督いわく「もろさゆえの不安から逃げ出したい弱さ」というニュアンスを少し足す。ただ荒れて自暴自棄になりすぎると、共感ではなく、単に哀れで距離ができてしまう。もっと揺れながら格闘するというような微妙な感覚を求められた気がします。
西川監督:たぶん、感情の根幹は一緒だと思うんですけどね。映画って、俳優がどう感じているかということよりも、観客にどう見えるかという問題なので、表面的な調整をさせてもらったんだと思います。
Q:微妙な調整こそ本当に難しいのではないでしょうか。
本木:難しいですよ。似ている役だと言ったって、自然に演じられるのではなく、感情などを作り上げていくわけです。役者として演じることに向かう不安や、行きつかないジレンマというのは同時に抱えて内心ジタバタしていました。でも監督が「最初から自らの当惑を封じ込めずに、整理しないまま見せてください。わたしたちもそれを狙っている」と言っていたので、よし、裸でいいのかって(笑)。
西川監督:でも裸じゃ出てこないんですよ。必ず1枚まとって出てくるんです(笑)。裸でいいって言ったじゃん! みたいなね。
本木:そうそう(笑)。なんかきれいな包装紙が1枚かかっちゃってるとか、ちょっとリボンついていますね、みたいなことを言われるんですよ。
西川監督:テストの時まで裸だったのに、何で本番で着るの? みたいな。
Q:何でなんですかね?
本木:サガなんでしょうね。結局恥ずかしいのか、体裁をかぶる。わたしにはどこかで本当はずっと隠している自分がいる。せっかく自分に近い役をもらったのに、どうしても裸になれないというのは、事実でしょうね。
西川監督:裸になれないとおっしゃっているけど、ある意味、裸になっているようには見えているんですよ。そこが大事なところです。わたしの計算と違って、本木さんの感情表現にいただいたものもたくさんあるのだと思います。
監督が異性だから発見できる、新たな自分を感じたかったとも語っていた本木。その好奇心旺盛で貪欲な姿勢が、本木雅弘という人間の根底に流れているのだろう。気取らない雰囲気は、本質を追求する西川監督のクールさと融合し、まさに表裏一体。二人が創り上げた名シーンの数々が胸に刻まれる。
映画『永い言い訳』は10月14日より全国公開