ハリウッドにおける大統領選!緊急公開『マイケル・ムーア・イン・トランプランド』ってこんな映画
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3度のディベートも終わり、最終ステージに入った今年のアメリカ大統領選挙。民主党候補のヒラリー・クリントンに対して、ハリウッドでは完全に悪役と化した共和党候補のドナルド・トランプ。トランプの過激な発言の数々についてはあえて説明しないが、多くのスターたちが、トランプが大統領になることについて危機感を抱いているのは明らかだ。ハリウッドでは、ジョージ・クルーニー夫妻、レオナルド・ディカプリオ、マット・デイモン、ビヨンセ、レディー・ガガなどそうそうたるAクラスのスターたちがヒラリー支持を表明。ちなみに、トランプ支持を表明しているスターは、ブルース・ウィリス、アンソニー・マッキー、ジョン・ヴォイトなど、チーム・ヒラリーに比べるとかなり地味なメンバーだ。
こういった状況の中、カンヌ国際映画祭で最高賞パルム・ドールを受賞した『華氏911』やアカデミー賞受賞作『ボウリング・フォー・コロンバイン』など、常に議論を巻き起こす題材を扱いながら、娯楽性とユーモアに富んだ語り口の良質なドキュメンタリーを作り続けるマイケル・ムーアが、新作『マイケル・ムーア・イン・トランプランド(原題) / Michael Moore in TrumpLand』を突然18日からニューヨークとロサンゼルスの劇場で1週間だけ限定公開。ほぼ同時にiTunesでも作品をリリースした。
この新作は、共和党支持者が多いオハイオ州の小さな町ウィルミントンで、10月7日、ムーアが劇場を借りて、ヒラリー支持者、トランプ支持者、バーニー・サンダース支持者、インディペンデント候補支持者たちを集めて行った、彼のワンマントークショーを基にしている。ムーアはショーの出だしでまず、メキシコ系移民とイスラム教の観客を劇場2階のバルコニーに隔離し、「イスラム教の観客の頭上にはカメラの付いたドローンを飛ばして監視します。メキシコ系移民の観客たちの周りには、壁を配置しますから安心してください」と言い、実際に劇場の中でドローンを飛ばしたり、壁を配置したりするという、トランプの言葉を実践した際どいジョークを披露。
そして、自分は決してクリントン支持者ではないと主張するムーアは、トランプ支持者たちを突き動かしている、今の政府や社会、経済状況などに対する多くの不満や怒りに共感を示しながらも、その状況が、いかに最近のイギリスのEU離脱の経緯に似ているかに言及。その先にあることを深く考慮せずに、怒りだけで離脱賛成に投票してしまった多くのイギリス人たちが、今その結果をどれほど後悔しているかということを説明する。
また、最近全米でよく起こる銃乱射事件や多くの犯罪を例に挙げ、そういった暴力的事件で女性が犯人であるケースがいかに少ないか、今の全米の大学の過半数以上が女性で占められている現実などを伝え、女性がリーダーとなる時代に希望が持てること、かつて男性に頼らずに生きることができなかった女性たちが、もう男たちを必要としなくなった時代がやってきたことを、「僕ら男たちは、そのうち彼女たちに収容所に入れられることになるよ」といったジョークを交えながら、ユーモアたっぷりに語る。
自ら大嫌いなジョージ・W・ブッシュの好きな点を三つ述べたムーアは、トランプ支持の観客に向かって、ヒラリーの好きな点を三つ挙げてほしいと呼びかける。ムーアは、トークショー全体を通して、あからさまにトランプの批判をするというよりも、子供たちのために学校環境を良くするとか、国としてのアメリカを良くするという、アメリカ人なら誰もが抱く共通の思いを提起しながら、トランプ支持者とクリントン支持者を互いに歩み寄らせる方法を模索していく。そして、フィルムメイカーにならなくても、スタンドアップコメディアンとして十分成功したであろうムーアの巧みな話術に、観客は徐々に引き込まれていく。
映画の一番の見どころは、前作『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』で旧ソ連のエストニアに行ったムーアが、20年前にヒラリーが、出産した女性の死亡率が世界で最も低いこの国に、ユニバーサル保険制度(今のオバマケア)を実現するためのリサーチに来ていた事実を知った時のエピソードだ。現地の人に「あなたたちアメリカ人は、そのヒラリーの夢を議会で糾弾し、粉砕したんだよ」と言われたムーアは、観客に向かって、保険を持っていないがためにちゃんとした治療を受けられずに年間5万人もが死亡するとアメリカの現実を訴えながら、「もし僕らがその当時、ヒラリーが主張するユニバーサル保険制度を実現できていたら、この20年間で100万人もの同胞を救うことが出来たじゃないか? 僕らは一体何なんだ? アメリカに生まれていなかったら助かったかもしれない人たちが100万人もいたかもしれないなんて……」と熱く語りかけ、多くの観客の涙を誘う。
さらに、ヒラリーが、夫のビルがアーカンソーで初めて政治家として出馬しようとして以来、常に性差別に遭い、不当な扱いを受けてきたこと、それに屈せず、多くの女性たちの夢を今実現しようとしていること、そして彼自身が初の女性大統領に多くの希望を感じていることを語り、最後にトランプ支持者たちに向かって、「ヒラリーを嫌いなままで構わない。でも、その気持ちを抑えて、アメリカのために、選挙では嫌いなヒラリーに一票を入れてほしい」と呼びかける。
ヒラリー支持者にとっては間違いなく楽しめる内容になっているが、映画としては、トークショーをそのまま見せるスタイルで、ドキュメンタリー作品としてのクオリティーは決して高いとは言えない。大手映画批評サイト「ロッテントマト」では、支持率は50%と半々の評価となっている。また、ヒラリーを批判した映画『ヒラリーズ・アメリカ:ザ・シークレット・ヒストリー・オブ・ザ・デモクラティック・パーティー(原題) / Hillary's America: The Secret History of the Democratic Party』というドキュメンタリーも7月に公開されたが、こちらはかなり偏った内容で、同じロッテントマトでの支持率4%と非常に低い評価となっている。
ロサンゼルスのハリウッド大通りには、ハリウッドで活躍した人たちをたたえる星型のネームプレートが並んだ、ウオーク・オブ・フェームがある。26日、リアリティー番組「アプレンティス」のホストとして全国的スターとなったトランプのその星が、何者かによってハンマーで叩き壊されるという事件が起きた(翌日犯人は逮捕)。トランプのハリウッドでの人気もここまで来たかといった印象を与える事件だが、物を壊すというやり方で怒りを表す方法は、決して褒められるべきではない。選挙まであと1週間あまり、『マイケル・ムーア・イン・トランプランド(原題)』がどこまで選挙に影響を与えることになるかわからないが、最後まで、投票者の心に訴えかけるポジティブなキャンペーンが続くことを祈るばかりだ。(取材・文:細谷佳史)
【今月のアメリカ在住HOTライター】
■細谷佳史(フィルムメーカー)
プロデュース作にジョー・ダンテらと組んだ『デス・ルーム』など。『悪の教典 -序章-』『宇宙兄弟』ではUS(アメリカ側)プロデューサーを務める。