『愚行録』妻夫木聡&満島ひかり 単独インタビュー
もはや身内!? 二人の絶対的な信頼感
取材・文:坂田正樹 写真:高野広美
一家惨殺事件の真相を追う週刊誌記者・田中武志(妻夫木聡)と、育児放棄の容疑で逮捕された妹・光子(満島ひかり)。不穏な空気を漂わせる兄妹のはざまで、人間のおぞましい嫉妬、羨望、見栄、駆け引きが悪夢のように連鎖していく。映画『愚行録』は人気作家・貫井徳郎の小説を新鋭・石川慶監督が映像化した群像ミステリー。難役に挑んだ妻夫木と満島が、苦労しながらも深い信頼関係で取り組んだ撮影を振り返った。
映画化不可能と言われた原作への挑戦
Q:原作、または脚本を読んだときの感想はいかがでしたか?
妻夫木聡(以下、妻夫木):僕が演じた田中は、原作ではフィーチャーされているわけではない。でも、ストーリーテラーとしてとても重要な役割を担っている。そこのバランスが特に難しかったですね。
満島ひかり(以下、満島):映画への参加が決まってから貫井さんの小説を読みました。あまり現実的だとは思わなくて、ファンタジーのようでした。もしかすると、現実っぽいから、現実離れしているように感じたんでしょうか……?
Q:これを映像化すると聞いて、どんな作品になると思いましたか?
妻夫木:芝居をしてお客さんに何かを見せるという感覚が、どちらかというとない方がいい作品になると思いました。僕らの生活がちょっとのぞかれているという感覚、そういう意味合いでお客さんに観てもらうことが一番重要なことなのかなと。
満島:映画にしたら大変なことがいっぱいあるだろうなって思いました。プロデューサーさんや石川監督とお話したときも、どういう意図でこれを映画にしようと思ったのか、根掘り葉掘り聞きました(笑)。原作が水面をピョンピョン歩いていくような作品なので。さっきまであったことが、振り返るともうなくなっている。そんな話の連鎖をどうやって映像にするのか想像もつかなかったんです。
Q:実際に完成した作品をご覧になっていかがでしたか?
妻夫木:どちらかというと、映画って主観的になる作品が多いと思うんですけど、今回はすごく客観的な作品。ドキュメンタリータッチなにおいも醸し出している。みんながみんなさらけ出さない中で、こういうふうに思っているんじゃないか? っていうことを常にお客さんに想像させるところが、この作品の重要なポイントでもありますね。
満島:予想していたよりもずっと美しい作品でした。説明っぽくないし、明るくも暗くもない、カラッとしたところが好みでした。例えるなら、良くも悪くもない朝のような映画だなあ、と。
「存在しない」「表現しない」芝居
Q:妻夫木さんは、一家惨殺事件に執着する週刊誌記者・田中をどのように演じようと思ったのでしょう。
妻夫木:今回は、ある新聞社さんにお邪魔して、いろいろなところを見せていただき、実際に記者の方にも取材させていただきました。田中は映画の中で重要な役ではあるので、印象はある程度残さなきゃいけない。でも、あまり印象を残し過ぎてもよくない。キャラとしてはっきりと成り立たない方がいいんだろうな、というのはありましたね。だから、もしかしたら多面的に見えてもいいのかなと。はっきりと田中を見せる、ということよりも、そこに“いる”ということを特に重要視しました。「存在」しているけれど「存在」を消す、ということの方が大切だったのかなと思いました。
Q:妻夫木さんがインタビュアーになる某ビール会社のCMも役に立ったんじゃないでしょうか。
妻夫木:そうですね(笑)。人と接して何かを聞き出す、という点では、あのCMも役には立っていますね。でも、今回は事件記者なので、もう少し考える部分はありましたね。すごく細かいことですが、例えばボイスレコーダーを回したり、メモを突然取り出したり、書くのをやめたり、そもそも書く動作もしなかったり、そういうところも対面する相手によって振り分けたりとかしていましたね。聞く人によってどういう立ち位置であるかとか、どういう自分でいるべきか、ということは意識していました。
Q:満島さんが演じた光子もいろいろなことを内包しながら、それでいて無邪気なところもある複雑な役でしたね。
満島:たぶん光子は、子供のころからのクセで、本当のことに気が付かないように生きてきたんだと想像しました。地に足を着けたことがないのかな、という印象を受けたので。何かを伝えたくてしゃべっているのか、ただ何となくしゃべっているのか、何をどこまで出せばいいのか、そのサジ加減をよく監督と話していました。光子にわたしをつかまれないように、わたしが光子をつかまないように、何かを表現しないようにとか、そんなふうにやっていました。
お互いを認め合う唯一無二の信頼関係
Q:お二人は映画『悪人』やドラマ「若者たち2014」で共演されていますが、お互いにどんな印象をお持ちですか?
妻夫木:たぶん「若者たち」で距離が縮まったんじゃないかな。ひかりちゃんに関しては、役のためにいろいろ打ち合わせをするとか、もうそういうレベルではないですね。なんか、パッと入ってきたときの第一印象というか、雰囲気とか、空気とか、においとか、全部ひっくるめた中で、「よし、受け止めよう」という感じなんです。
満島:妻夫木さんは、役によって少しずつ顔の印象が変わるように感じます。今回はパッと見たときに「あ、なんか大人っぽい」と思いました。『悪人』のときよりもずっと色っぽくなったなあって。妻夫木さんの作品への取り組み方とかもわかるし、愛の深い人だって信頼もあるから、焦らず落ち着いて、この物語を解釈しながら、一緒にやっていこうという安心感がありました。
Q:以前、テレビで満島さんが妻夫木さんを「全く別の生き物」とおっしゃっていましたが、その真意は?
満島:波長みたいなものは似ている気がするのですが、わたしの中では、妻夫木さんは物の考え方が「男っ!」なんですよね。とにかく信念が強い。わたしは弱い。
妻夫木:いやいや、弱いっていうのとは違うと思う。ひかりちゃんの場合、「なぜそうなるのか」ということが自分でわからないと、わからないまま終わりたくない、という信念の強さがあるんです。だから時々、役者や監督と意見がぶつかってしまうこともある。でもそれは、作品のことを一番に考えて起きている衝動なわけで、お互いの意見を言い合うことは作品にとって正しいことだと思う。
Q:お二人もぶつかったことはあるんですか?
満島:一度「若者たち」の撮影で、セットの茶の間で悔しくて泣き出したことがあって。そうしたら妻夫木さんに「お前、現場で泣くのは違うぞ!」って言われて。「そんなことわかってる」ってさらにメソメソしたことがありました。でも、わたしや誰かが悩んで監督と話し合っていると、パッとそこに参加してくれて、一緒に考えてもくれるんです。
Q:今回も、妻夫木さんが出られるなら出る、とおっしゃったそうですね?
満島:撮影時間が短い中で、お兄さん役が「初めまして」の人だったら大変だろうなと思って伺ったら、「妻夫木さんです」って言われて。「ああ、それなら大丈夫! たぶん日本で一番、大丈夫です!」って(笑)。
妻夫木:そうなんだ! いやぁ、うれしいですね。それは役者としてうれしいのか、身内的な感じになってしまっているのか、不思議な感じですけど、素直にありがたいですね。
決して馴れ合いではなく、お互いを高い次元で認め合い、たたえ合い、時にはぶつかり合いながら、絶対的な信頼関係を築き上げた妻夫木と満島。二人の緩急入り交じった言葉のキャッチボールを眺めていると、仲むつまじい兄妹のようでもあり、しのぎを削る戦友のようでもある。最新作『愚行録』で、またしても新たな境地へと足を踏み入れた二人。そこにはいったい、どんな景色が広がっているのだろうか。
映画『愚行録』は2月18日より全国公開