役者のリミッターを外す白石和彌監督の『孤狼の血』のハンパじゃねぇ撮影現場に潜入
第69回日本推理作家協会賞を受賞した柚月裕子のベストセラー長編小説を映画化する『孤狼の血』の撮影現場に潜入。主演の役所広司を始め、松坂桃李、江口洋介、石橋蓮司、真木よう子ら日本映画を代表する豪華出演陣が火花を散らすすさまじい撮影を目撃してまいりました!(取材・文:森田真帆)
役所広司×白石和彌監督が作り出す熱
この日、気温30度の室内では何度も何度も役者たちの怒号が飛び交っていた。役所が演じる刑事が、石橋蓮司演じるヤクザたちに向ける血走った目。主演の役所に引っ張られるようにテンションが上がっていく役者たちの迫真の演技を前にして、白石監督は「役者の皆さんが他の映画では見せたことがない表情を見るたびに、日々手応えを感じます」と満足げ。
役所の出演に白石監督は、「初日のワンカット目から、僕の想像をはるかに上回る演技を見せてくれています。役所さんの演技には、本当に説明ゼリフというものが必要なくて、彼の姿からバックグラウンドを想像させたい。説明過多の日本映画が多すぎますが、この映画では様々なことを観客に想像してほしいし観客の想像力を鍛えたい。その方が観客も絶対に気持ちがいいはず」と語った。
撮影現場に飛び交う放送禁止用語
映画『凶悪』『日本で一番悪い奴ら』、どちらも共に「下品な言葉の表現」が印象的だったが白石監督は本作でも「原作の柚月先生は女性の方なので、どちらかというと上品です。脚本では、そこに自分なりの下品さをプラスしていった」という。その言葉通り、この日のシーンでは、クラブのママ役で着物姿になった真木が「ママにちょっと触らしてみい」と松坂の股間を弄る場面も。『日本で一番悪い奴ら』でも、キャバ嬢の胸を揉みまくるピエール瀧の姿があったが、そういった“下品さ”が作品のリアルをさらに広げている。
一連のシーンが終わった後は、石橋ふんするヤクザの親分がクラブにやってくる。真木の尻を触ったことがきっかけとなって、双方がぶつかり合うシーンだが、そこでも石橋のセリフに放送禁止用語が含まれている。思わず顔をしかめたくなるようなセリフにこそ組長の不気味さと凶暴さが垣間見える。放送禁止用語、そして目を覆うほどの過激な暴力描写。白石監督は日本映画での暴力描写について、「テレビ局が製作する映画は、どんどん暴力描写の規制が厳しくなっていっている。昔は『エクソシスト』なんかがテレビで放送されていたけれど、今はホラー映画自体テレビで観ることができない時代ですから」と嘆く。だからこそ本作では、極限に挑みたいとし、「韓国映画の過激さに拮抗するバイオレンス描写を目指しています。この映画はテレビ局がついていない映画だからこそ、チャンスだと思っていますから(笑)。オファーをいただいた時点で挑戦したかった。ここから先は映倫との戦いが始まると思っています。たとえ使えなくても、挑戦することが映画の熱意だと思っているのでそれを信じて作っていこうと思っています」と語った。まさに極限の描写に挑もうとする白石監督に、ゾクゾクするような期待を感じた。
流れる汗が作り出す、男たちの獣フェロモン!
現場の温度がどんどん上昇していく中で、ふと気付いたのは「直し」が全く入らないというところだ。通常、映画の撮影現場ではメイクさんが撮影の前にひたいの汗を拭いたりする「直し」が入るのだが、この映画では役者たちが汗をダラダラと流したままだった。のちに白石監督に聞いたところ、これは演出なのだそう。「汗なんて拭かずに、そのギラギラした感じを出したかったんです」とのこと。
江口はこの日撮影したシーンについて、「ここから戦いが始まるかのような、少しでも引いたら負けという緊迫感がありました。それぞれの組織が対立する縮図のようなシーンでした。『仁義なき戦い』シリーズや『ゴッドファーザー』シリーズといった名作で見られた人間の生き様が、白石監督の手腕で実に巧妙に、むしろ新鮮に映っていると思います」と語っていたが、この映画はとにかく全員からヤバい匂いがするのだ。ひたいに汗をギラつかせながら、怒号を飛ばす男たちが持つのはまさに殺気。「殴りそう」とかそういうレベルではない、「殺るか殺られるか」の世界! 危険な男たちが醸し出す、獣フェロモンに女性は子宮がうずくはず!!
オール広島ロケが作り出す作品のリアル
この日撮影が行われていたのは、呉市にある飲食店が数多く入ったビル。普段は飲み屋として営業している場所を借り、真木が演じるママが仕切る高級クラブを美術スタッフが作り上げた。それでもセットで作ったものとは、やはり漂う雰囲気がまるで違う。しかもこの昭和の香りはなかなか出せない味わいで、監督も「美術さんが手を加えた部分はありますが、ほとんどそのまま使っています。東京だったら絶対に探せない、とてもいい雰囲気をまとった店です」と大絶賛。
白石監督自身、『仁義なき戦い』シリーズに、真っ向から勝負できるところは「オール広島ロケが持つ熱量」だと断言する。『仁義なき戦い』シリーズは、当時の映画会社の事情から東映のスタジオで全て撮影されていたが、本作は広島でオールロケを決行。監督は「あの時代は、いろいろな事情があってロケができなかったと聞きましたが、今なら広島でやれるんじゃないかと思ってロケハンに来て、この土地にほれ込みました」と言う。役者たちの意識も変わると言う監督は「広島及び呉で撮影することで、自分の演出の3分の1は完了すると思う」ときっぱり。「地方ロケのいいところは、日にちが重なるにつれて、役者の顔が変わってくること。空気や残像の中で撮影することはすごいです」と広島でのロケを語った。現在、広島の呉は映画『この世界の片隅に』の舞台として有名になっているが、新たな伝説が広島及び呉に生まれそうだ!
映画『孤狼の血』は2018年春に全国公開