2017年前半の成功作・失敗作…独立系監督はストリーミングサービスへ
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世界の映画産業の中心・アメリカの最新映画情報を現地在住ライターが紹介する「最新! 全米HOTムービー」。今回は、2017年前半の全米ボックスオフィスの傾向を分析。どんな映画が興行的に成功あるいは失敗したのか、さらにはストリーミングサービス大手のNetflixやAmazonの本格的な映画製作業への進出まで、アメリカの映画産業には今どんな変化が生まれているかに迫った。(数字は Box Office Mojo 調べ、1ドル110円計算)(細木信宏/Nobuhiro Hosoki)
まず注目すべきは、ストリーミングビジネスで大成功を収めたNetflixが、2015年の『ビースト・オブ・ノー・ネーション』以降、優れた独立系映画を同社で製作し始め、才能あふれる映画監督に資金を提供しながら本格的な製作の地盤を固めてきたことだ。さらに190か国での視聴も可能になり、フィルムメイカーや俳優陣もNetflixのもとで製作をすることを望む傾向にある。今年もブラッド・ピット主演の『ウォー・マシーン:戦争は話術だ!』、ポン・ジュノ監督の『オクジャ/okja』、そしてナット・ウルフ主演の『Death Note/デスノート』など話題作がそろった。
この傾向は200か国近くで配信しているAmazonでも同様で、2015年から『イン・ザ・ベッドルーム』『21グラム』などで知られるインディー映画の有名プロデューサー、テッド・ホープがアマゾン・オリジナル・ムービーを率いるようになってからは、巨匠スパイク・リー、ウディ・アレン監督などもAmazonを選ぶようになった。要するに、大手映画スタジオとの契約がなくても独立系映画を製作することが可能になり、さらにそれらは200か国近くの人々に鑑賞してもらえるのだ。
独立系映画を製作する知名度のある監督や若手監督がストリーミングサービス大手とタッグを組むようになった理由の一つに、大スタジオがこぞってテントポール作品をできる限り多く製作するようになったことがある。テントポール作品とは、1作でスタジオを支えることができるような安定した興行を見込める映画であり、ヒット作の続編やマーベル作品をはじめとしたスーパーヒーロ映画、有名アニメ作品の実写化など。そうした作品に一層力を入れることで、製作費わずか1,000万ドル(約11億円)~1,500万ドル(16億5,000万円)の独立系作品を知名度のある監督でさえ作れない環境になっていった。
2017年前半の全米ボックスオフィスランキング(8月23日時点)
- 『美女と野獣』
- 『ワンダーウーマン』
- 『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』
- 『スパイダーマン:ホームカミング』
- 『怪盗グルーのミニオン大脱走』
- 『LOGAN/ローガン』
- 『ワイルド・スピード ICE BREAK』
- 『レゴバットマン ザ・ムービー』
- 『ゲット・アウト』
- 『ザ・ボス・ベイビー(原題) / The Boss Baby』
だが、こうしたテントポール作品群に少々過食気味になっていた観客が注目したのが、コミックや小説を原作にしていないオリジナル作品で、今年はそんな作品群が前半期の興行成績で目を見張った。中でも人種差別を題材にした異色のホラー『ゲット・アウト』はわずか450万ドル(約4億9,500万円)の低予算作品であるにもかかわらず、興収1億7,548万4,140ドル(約193億325万5,400円)をたたき出し、前半のランキングでも9位に食い込む特大のヒットとなった。
これが監督デビューとなったジョーダン・ピールは、キーガン=マイケル・キーと組んだコメディーシリーズ「キー・アンド・ピール(原題) / Key & Peele」で名をはせた人物。そんなお茶の間で注目されてきた彼が、どんな映画を作るのかと公開前から話題となり、公開されるや初登場1位と大成功。「人種に関するステレオタイプを鋭く指摘しつつ、エンターテインメント性の高い作品」だと口コミが広がり、予想外に記録が伸びた形だ。
クリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』も興収1億6,607万7,762ドル(約182億6,855万3,820円)で前半の全米ボックスオフィスランキングで13位にランクイン(これより上位のオリジナル作品は『ゲット・アウト』のみ)。『ダークナイト』シリーズや『インターステラー』のノーラン監督は、毎作その内容が期待されている監督ではあるが、今作は若手俳優フィオン・ホワイトヘッドやトム・グリン=カーニーを中心にした配役。しかし、上官たちの会議や兵士たちの作戦シーンなどを排除し、陸・海・空の三つの視点で戦争を映し出す究極の体感映画として作り上げ、観客の間でも話題となった。70mmフィルムを通常の映画よりもチケット代が高いIMAXで鑑賞する人々が多く、それが興行の良さに直接反映された。
そして、作品の規模からは異例の、興収1億ドル(約110億円)を超えるヒットとなったエドガー・ライト監督の『ベイビー・ドライバー』もオリジナル作品。音楽に乗って天才的なドライビングテクニックを発揮する、犯罪組織の逃がし屋を主人公にした同作は、批評家から激賞され、公開後にはiTunesのサントラ部門でNo.1になるほど。リピーターも多く、ライト監督史上最大のヒット作となった。こうしたオリジナル作品の大健闘は、映画業界にとって明るい兆しといえるだろう。
一方、興行的に大失敗した作品は、ガイ・リッチー監督、チャーリー・ハナム主演の映画『キング・アーサー』など。通常アメリカでは大作はテストスクリーニングをやり、その評価次第で宣伝の力の入れ具合が変わり、試写の回数を多めにしたり、逆に少なくしたりする。同作はオールメディアの試写もなく、出来があまりよくないことが予想されていた。そんな中公開されるとやはり1億7,500万ドル(192億5,000万円)かけた制作費を全く回収できずに、当初予定していたシリーズ化の計画さえ白紙となってしまった。
また、特筆すべき作品として、アニメでは世界中から高い評価を受けていた『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』を実写化した『ゴースト・イン・ザ・シェル』が挙げられる。スカーレット・ヨハンソンを主演にしたことで「ハリウッドのホワイトウォッシュ(白人化)」などと公開前からアニメのファンおよびメディアからバッシングを受け、製作費1億1,000万ドル(121億円)をかけたにもかかわらず、公開第1週でわずか1,867万6,033ドル(約20億5,436万3,630円)しか上げられず大苦戦。
その結果を受けて同作配給パラマウントの国内配給部門チーフ、カイル・デイビスが「メディアによる『ハリウッドの白人化』批判が興行に大きな影響を及ぼした」と語るほどの異例の事態をもたらした。「白人化」のレッテルを貼られた作品は総じて興行に苦戦しており、スタジオはこの問題に真摯に取り組むことが求められている。
【今月のHOTライター】
■細木信宏/Nobuhiro Hosoki
海外での映画製作を決意し渡米。フィルムスクールに通った後、テレビ東京ニューヨーク支局の番組「ニュースモーニングサテライト」のアシスタントとして働く。現在はアメリカのプレスとして活動中。