『三度目の殺人』福山雅治&役所広司&是枝裕和監督 単独インタビュー
息をするのも忘れる瞬間があった
取材・文:高山亜紀 写真:奥山智明
『そして父になる』のタッグから4年。是枝裕和監督が福山雅治を主演にすえて書き下ろしたのは、法廷が舞台の心理サスペンスだった。福山が演じるのは裁判で勝つためには真実は二の次という勝利至上主義の弁護士、重盛。彼の依頼人となる不気味な容疑者、三隅には是枝組初参加の役所広司。劇中では、証言が二転三転する三隅に終始惑わされっぱなしの重盛だが、果たして実際の関係性は? 「まったく新手のエンターテインメント」と今作について自信をのぞかせる是枝監督とともに語った。
監督の映画作りと福山の曲作りの意外な共通点
Q:福山さんは是枝監督から、オリジナルの心理サスペンスへの出演依頼があったときどう思われましたか。
福山雅治(以下、福山):僕は内容も撮り方も、是枝監督がやりたいものをやるのが一番いいと思っています。『そして父になる』で初めてご一緒させていただいた際、「またご一緒できたらうれしいです」と監督には伝えていました。あの作品を撮る前の段階でもいくつかほかのプロット、テーマがあったので、今回その中のどれかをやるのかなと思っていたら、全然違うものをいただきました(笑)。
Q:戸惑いや不安などがあったのでしょうか?
福山:不安はありませんでした。監督が原案・脚本・監督・編集を全部されるので、監督の中にある「何か」が必ず込められるはずと思っていました。僕の音楽制作の現場とは違うのかもしれませんが、僕もレコーディングのときは言葉でイメージを説明するよりも、やっぱり音を出して初めてわかることがある。映像作品の現場もそうで、打ち合わせはしますが、やっぱり撮ってみないとわからない。比べるのはおこがましいですが、きっと監督もそういう感じなんだろうなって。僕もスタジオに入って、録ってみて、歌詞もサウンドも直してまた録って、そこで初めてわかるという作業の繰り返しです。監督も、台本を書いて撮ってみてから「こうだったかな、ああだったかな」とか。これが、原案、脚本、監督、と是枝監督がすべて手がけているので、必ず着地点では「何か」になる。そういう確信があったので不安はないんです。
完成度の高いシーンを撮るために、粘り続けた撮影現場
Q:役所さんは今回が是枝監督作品は初でした。
役所広司(以下、役所):これまでの監督の作品を拝見して、「どんな現場なんだろう、どういう演出をされるんだろう」と興味を持っていました。実際にやってみて、あれだけ完成度の高いシーンを撮るには、ベストなものが出るまでスタッフもキャストも含め何度も粘らないとできないんだろうなと実感しました。
Q:迫力のあるシーンを撮るために相当テイクを重ねたんでしょうか。
役所:テイクもありますし、(接見室のシーンでは)僕たち二人はほとんど座っている状態なので、どういう風にアクションのある動きにするかというのは監督とカメラマン次第。それは現場でも工夫され続け、探り探りやっていらっしゃいましたね。僕らは座ってしゃべるだけでしたけど(笑)。
福山:いや、全然そんなことはなくて、役所さんのお芝居は本当に濃厚でした。三隅として、すさまじい殺人者であるようなときもあれば、神父のように「こっちが懺悔しなきゃならないんじゃないか」というような感じで登場してくるシーンもあった。全部で7回の接見シーンがあるんですけど、三隅の七変化から導き出された表現というのはこの作品の見どころだと思います。
Q:二人の迫力に圧倒されますが、あれだけアップで二人の表情を撮ろうというのは、最初から決めていたんでしょうか。
是枝裕和(以下、監督):台本読みをさせていただいて、接見室のシーンがポイントだというのがわかったので、そこから分量を増やしてアップの応酬も激しくしました。もちろん、シネスコ(シネスコープ)というサイズを選んだ時点で、クローズアップが勝負だなとは思っていましたから、あの二人の密室劇をどういうテンションで撮れるかがこの映画の勝敗を分けるとわかっていました。現場で見ていて息をするのも忘れるくらいの瞬間があり、「ああ、いいものが撮れているな」と僕だけでなく、スタッフも思っていたんじゃないですかね。
「この人になら殺されてもいい」と思えるほど役所にほれ込んだ福山
Q:脚本はお二人を想定して書かれたそうですが、お二人のどんな資質を入れたいと思われましたか。
監督:あのシーンは対決シーンで二人とも炎が燃えていないといけないんですが、二人の炎の色が違うと思っていたんです。赤い炎と青い炎。少し抽象的ですが、二人の炎の色、温度が違うと思っているんです。お互いに同じ色の炎をぶつけ合って芝居合戦のようになるのではなく、そうじゃない方向のぶつかり合い。それが役柄なのか、もともとのお二人の資質なのかはわかりませんが。
Q:お二人は共演してみて、それまでの印象に変化はありましたか。
福山:役所さんが役以外でしゃべっている姿をあまり拝見したことがなく、長崎の先輩だけどどういう人かなとちょっとミステリアスでした。で、最初に本読みをしたときの空気感ですごく品のある方だなと感じました。人柄もそうですし、役の三隅として向き合っていてもそれを感じました。三隅って本当に不気味なんですが、それでも「三隅にだったら殺されてもいいな」と思えるようなところがある。不思議ですが、それは役所さんご自身が持っていらっしゃる魅力なのかなと。それか、僕がまんまと騙されているのかもしれません(笑)。
役所:僕も福山くんは映画やドラマの中の姿しか見ていないし、現場で一緒になる前の印象はあまりよく覚えてないんです。唯一「長崎の同郷なんだな。すごく近い環境で育ってきたんだな」という思いから、以前から親近感を持っていました。お会いしてみて、映像で観てきた福山くんと実際の福山くんが非常に近いんだなと思いましたね。お芝居でそうしているんでなく、この人はこういう人なんだというのがすごく感想としてあります。あと同じ長崎県人として、意地悪な人じゃなく、いい人でよかったです(笑)。
監督:役の上で、二人が原風景を共有しているというのはすごく大事なことだと思っていたので、二人とも長崎出身と気づいたとき、設定も長崎にしちゃおうかと思ったくらいなんです。ただ、今回は雪景色、白というのがポイントだなと思っていたのでそこは避けました。
最近のわかりやすい映画に一石を投じる面白さ
Q:謎めいていて正解がわからないシーンもいくつかありますが、演じるにあたって脚本でわからなかったところなどはありませんでしたか。
福山:わからないところはわからないままやっていました(笑)。それでもやってみて、「監督がOKというなら、OKなんだな」と。
監督:実は僕もわからない部分があるんです(笑)。特に三隅に関しては、自分の理解を超えている存在にしようと思っていたから、「なんでこうするんですか」と聞かれても、「そうですよね。わからないですよね」という答えになってしまう。観た人も僕と同じような作業をしていくんじゃないでしょうか。
役所:お客さんが最後にはみんな陪審員みたいになって、この物語をどう観るのかというのが面白いところで、それが監督の狙いなのではないでしょうか。一回観ただけではわからないもんです。いい映画は何回も観るたびに発見があるものだと思います。
Q:役所さんはご自分の中に三隅の設定などあったのでしょうか。
役所:監督に聞いても答えていただけないので(笑)、実際にシーンごとに真実だと思ってやるのが自分の役割だと思っていました。それによって、接見した重盛がどう変化していくか。だから毎回言っていることは嘘じゃないと思って、演じていました。そういう人格の人っていますよね。
ああでもない、こうでもないと夢に見そうなほど、迷わされる本作。最後にダメもとで、「どう観るのが正解なんですか」と聞いてみると、「僕らも監督に聞いたんですよ」と福山と役所が声をそろえて答えた。妙に息の合う両者を対決させたら面白いと思った時点で、是枝監督の勝ちは見えていたのだろう。「観たいように観てください」とほくそ笑む監督には大きな自信が満ち満ちていた。
映画『三度目の殺人』は9月9日より全国公開