鬼才たちによる傑作ずらり!ベネチア映画祭話題作
今週のクローズアップ
昨年は『ラ・ラ・ランド』を見出したベネチア国際映画祭。今年のコンペティション部門に選出されていたハリウッド作品は、ドナルド・トランプ米大統領が誕生したご時世を反映したかのように、怒りの感情に裏打ちされたものが目立った。アカデミー賞前哨戦とも言われる本映画祭で、話題を呼んだ作品とは?(編集部・石神恵美子)
娘を殺害されたシングルマザーの怒り
『スリー・ビルボーズ・アウトサイド・エビング, ミズーリ(原題) / Three Billboards Outside Ebbing, Missouri』
最優秀脚本賞を受賞した本作は、イギリス人劇作家にして、『ヒットマンズ・レクイエム』『セブン・サイコパス』の監督・脚本を務めたマーティン・マクドナーによるクライムドラマ。ベネチア現地&国際批評家による星取表では4.21と、金獅子賞を獲得したギレルモ・デル・トロ監督作『ザ・シェイプ・オブ・ウォーター(原題) / The Shape of Water』の4.18を上回り、事実上トップに君臨していた実力派だ。(ベネチア国際映画祭直後のトロント国際映画祭で観客賞も受賞している)
そんな本作の主人公は娘を殺されたシングルマザーのミルドレッド。犯人を一向に捕まえない地元警察にしびれを切らし、彼女は道路沿いの大きな広告板3枚を使って、「まだ逮捕なし?」「どういうこと、ウィロビー保安官?」「死にながらレイプされた」という挑発的なメッセージを掲載する。その過激な抗議はメディアの注目の的になる一方で、彼女と警察の争いはエスカレートしていく。
不公平な社会、つまるところ“運命”によって、登場人物たちがそれぞれに抱える憤りやもどかしさには、矛先の向けどころがなかったりする。そんなどうしようもない怒りが原動力となって突き進んでいくストーリーに、多種多様な登場人物たちを(現実でこんな具合になるかということはさておき)、パズルのピースのようにうまくはめ込んで、着地点を探っていったところが脚本の妙だろう。とりわけ、ワーキングクラスの白人女性を主人公にしたことで、階級、性別、人種における差別意識がよりはっきりと浮かび上がる。暴力描写もありダークコメディーのようなトーンの中で、重厚な人間ドラマが繰り広げられていく。怒りとどう向き合うのかを問われる、時代に呼応したエモーショナルな一作と言えるだろう。また、ミルドレッドを演じたフランシス・マクドーマンドは舌を巻く演技を披露しており、『ファーゴ』でのアカデミー賞主演女優賞受賞に続く、2度目のオスカー獲得に早くも期待が高まっている。
『スリー・ビルボーズ・アウトサイド・エビング, ミズーリ(原題)』は2018年日本公開
デル・トロ版“美女と野獣”!セクシュアリティーも描く大人向けダークファンタジー
『ザ・シェイプ・オブ・ウォーター(原題)』
金獅子賞に輝いた本作は、『パンズ・ラビリンス』『パシフィック・リム』などの奇才ギレルモ・デル・トロ監督の最新作。冷戦中のアメリカを舞台に、政府の極秘研究施設で清掃員として働く、声を発することのできないヒロインが、研究対象として囚われていた謎の水生生物と恋に落ちていくさまを描いたラブストーリー。
ちょっぴりダークながらも幻想的で美しいビジュアルは、デル・トロ監督の真骨頂とも言えるだろう。全体を貫くブルートーンに、ヒロインの恋心を表現する赤が印象的に使われているなど、入念に画をつくりこんでいるのがうかがえる。ヒロインが惹かれる水生生物は、鮮やかなうろこ状の皮膚こそ違えど、二足歩行であったり、かなり人間に近い造形をしているが、不気味の谷現象(ロボットやCGを人間に寄せる過程のあるポイントで、嫌悪感を抱くようになるという現象)を起こさせないクオリティーを誇っており、人間との異種族間恋愛に真実味を持たせている。
言ってしまえば、デル・トロ版“美女と野獣”なのだが、記者会見で「“美女と野獣”には2パターンある。プラトニックに愛し合って、決してファッ*しないタイプと、その逆のタイプだ。気味が悪いというか、僕はどちらのタイプにも興味がなかった」と監督が語っていたように、恋愛の多面性を自然に描いている。ヒロインの日常の一部としてのセクシュアリティーにも踏み込んだ大人向けのダークファンタジーに仕上がっている。
また、映画への愛にもあふれている本作では、主人公たちが住むのは映画館の上の階だったり、彼らがテレビで楽しむのは往年のクラシック映画だったりと、オマージュが盛り込まれているのもうれしいところ。
『ザ・シェイプ・オブ・ウォーター(原題)』は2018年日本公開
これぞ怪作!ダーレン・アロノフスキーにしかつくれない寓話サイコスリラー!
『マザー!』
『ブラック・スワン』のダーレン・アロノフスキー監督が、恋人となった女優ジェニファー・ローレンスと完成させたホラーサイコスリラー。自らの心臓をえぐり出すジェニファーふんするヒロインのイラストビジュアルが披露されたときもかなりの衝撃を放っていたが、本編もそれに負けない強烈さで、ベネチアの観客を二分させた。
詩人の夫と献身的に彼を支える妻が仲睦まじく暮らしていた一軒家に、ある日訪問者がやってくる……という一応のあらすじはあるが、後半は言葉で説明できないほど、カオスな展開を迎える。それが現代社会を映しているから、恐ろしい。
アロノフスキー監督やジェニファーらがこぞって主張していたように、本作は何層にもわたって解釈の余地を残している。監督の過去作『ファウンテン 永遠につづく愛』と同様に、宗教から多数の引用をしており、登場人物がそれぞれ一体何を示しているのか、そして彼らの行動が何を示しているのか、答えのない議論を呼ぶ。そんな宗教的メタファーの一方で、「家の床にゴミを捨てられたり、カーペットにタバコで穴を開けられたりしたら、誰だってそれに気づくのに、道端に紙きれを捨てても人々は気にしない」とアロノフスキー監督が指摘していたように、あまりにも身近な“家”という概念を通して、人間のエゴイズムについても考えさせられる。国家レベルでもそれがあてはまるから、様々な問題が絶えないのだということを痛感させられる。
また、ストーリーやテーマばかりが批評の対象になりがちだが、撮影や音響の技術も秀逸。一軒家の内部という閉ざされた空間でキャラクターを背後から追ったショットや、キャラクターたちの表情をクローズアップで捉えたショットが活かされており、序盤から「この人たち、一体何なの?」と思わされていたら、ヒロインと同期している証拠。これぞまさに体感型だ。そして後半、訪問者が次々にやってくるにつれ、速度をあげて動いていくカメラが捉える映像と、多方向から響き渡る重層的な音は、まるで悪夢のように観る者をぐねぐねと引き込んでいく。うごめく人間の欲望が一軒家に集約され、その中心に突き落とされるような感覚。『レクイエム・フォー・ドリーム』『ブラック・スワン』に通じるサイコスリラー感は健在だ。
映画『マザー!』は2018年1月19日より全国公開