『エルネスト』オダギリジョー&阪本順治監督 単独インタビュー
チェ・ゲバラの映画が日本でつくられるなんて!
キューバの革命家チェ・ゲバラとともに戦ったフレディ前村という日系人がいた……。実はゲバラがキューバ革命直後に来日していたという知られざるエピソードに始まり、歴史上の事実を基にゲバラとフレディ前村の理想を求めて生きる姿を描く、日本とキューバの合作『エルネスト』。この映画で主人公のフレディ前村を演じたオダギリジョーと阪本順治監督が撮影を振り返り、スペイン語を話す日系人を演じること、言葉の通じないキューバでのロケについて語った。
■チェ・ゲバラを描くも、戦争映画ではない
Q:異色SFコメディー『団地』(2016)のつぎに『エルネスト』というのは、改めて監督としての振り幅の大きさに驚きました。
阪本順治(以下、監督):実は準備は『団地』の前からしていたんです。別の映画の企画を4年前に考えていて、その登場人物を日系移民という設定にしたんです。それでブラジルやペルー、ボリビアの日系移民を調べるうちにこの映画の主人公であるボリビア日系2世のフレディ前村の存在を知りました。当初企画していた映画はなくなってしまったのですが、彼の印象がずっと残っていて。それでプロデューサーに話し、「やりましょう!」ということになったんです。
オダギリジョー(以下、オダギリ):この映画の企画を聞いたとき、なんだか胸が躍るというか胸が弾む……というとちょっと小学生みたいで恥ずかしいですけど(笑)。単純にワクワクしました。企画を聞いて「またそういう挑戦的な映画をつくろうとしているのか……」と驚きましたし、流行りとは無関係に、心から自分がつくりたいものをつくろうとしている阪本監督の姿に対して、本当にうれしくなって。いまの日本映画界には絶対に必要な作品だと思いました。
監督:企画が通ったあと、フレディについてリサーチするために彼のご家族が書かれた「革命の侍:チェ・ゲバラの下で戦った日系二世フレディ前村の生涯」という本を読んだり、フレディと一緒に大学で学んだ人たちを取材したんです。彼らはもうおじいちゃんですけど、思春期や20代のころってがむしゃらに突き進みたいという強い思いを抱くものですよね。それでフレディ前村は銃を持ち、最終的には生死にかかわることになるのですが、自分にもそういう時代があったなと思って。それを英雄として描いたらちょっと気持ちが引いたかもしれませんが、最終的には彼の学生生活に興味を持ちました。
■オダギリがゲバラ役!?
Q:理想を追う、自由のための戦いというのは現代の日本を舞台にしたら描きにくい物語だと思います。
オダギリ:そうですよね。日本は良くも悪くも熟した社会ですもんね。僕は昔からゲバラに興味があったのですが、まさかゲバラに関する映画が日本でつくられるなんて想像もできませんでした。それはやっぱりうれしかったです。
Q:オダギリさんがキューバ人の中にいることに違和感がなくて驚きました。
オダギリ:そういえば、撮影前に何人かにこの映画のことを話したら「ゲバラをやるの!?」って言われたんですよ。いやいや、僕がゲバラをやったらコントになるでしょ(笑)。
監督:キューバの人たちも「彼がゲバラ役?」って聞いてきたよ(笑)。
オダギリ:まぁでもボリビア生まれの日系人ということでしたから、準備にはいろいろと時間をかけました。スペイン語もボリビアの方言じゃないとおかしいですからね。
監督:オダギリくんには先に現地へ行ってもらい、僕らが広島で撮影している間にキューバの俳優さんたちとトレーニングをしてもらった。それで僕が合流したときには求められる準備はしっかりと終わっているだろうと思っていました。クランクインして最初に撮った1カット目、ゲリラ戦のシーンを撮ったときにオダギリくんの体を通してフレディ前村がそこにいる! と思いました。もちろん本人は大変だったと思いますが、こういう性格なので(オダギリは)そういうところは見せないんですよね。僕も現場ではやることがたくさんあって構っていられませんでしたから(笑)。「本番行くよ~」と言っただけ(笑)。
オダギリ:でもスペイン語のレッスンのとき、(監督は)ほとんど顔を出してくれましたよね?
監督:オダギリくんと同じようにスペイン語を覚え、現場で台本がなくてもセリフが理解できるようにしようと思ったんだけど途中で諦めた(笑)。通訳さんもいるし、僕にはほら、やることがたくさんあったから(笑)。
■挨拶を大切にするキューバ人
Q:キューバではどのように過ごされたのでしょうか。一緒にお酒を飲みに行ったりされましたか?
監督:スタッフは行っていたけど、僕とオダギリくんはホテルのベランダで飲んだりしてました。オダギリくんはマネージャーさんなしで来ていたので、撮影がないときは1人で出かけたりしていたよね。
オダギリ:1人でウロウロするのが苦じゃないんです。ただ……海岸沿いで体を焼いていたら、一度だけ怪しいキューバ人が声をかけてきて。「これからパーティがあるから一緒に行こう!」って。経験上「これは面倒なことになる」と思ったので断りました(笑)。(監督に向かって)キューバではよくラムを飲みましたよね?
監督:日本から来た人が焼酎を差し入れしてくれたりするけど、やっぱり気候にあったラムが主体でしたね。
Q:キューバの人にはラテン系の熱さを感じましたか?
監督:彼らの気質に圧倒されることが多かったです。撮影現場では挨拶がすごく大事なんです。ぜんぶで100人ほどのスタッフがいたのですが、朝集合すると必ず男性とはハグ、女性とは頬にキス。それをず~っとやってふと時計を見ると「おっ1カット撮れたな」って(笑)。撮影が終わったら「また明日!」と言ってハグ。今日はカンカン照りでしんどいな……と思っていると、向こうからハグしようと、ぐわ~っと走ってくる(笑)。それで「頑張ろう!」ってなるんですけど。
■逆境がアイデアを生む
Q:完成した映画を観た感想は?
オダギリ:撮影中はトラブルも多かったですし、台本をそのまま忠実に画にすることがいかに難しいかを現場で見ていました。なので、できあがった映画を観て「うわっ、スゴイ! ちゃんとした映画だ!」と思って(笑)。本当に驚きました。
監督:はははは!
オダギリ:いやそのくらい大変だったので。よくあの状況というか環境で、こんなにちゃんとした映画がつくれたなって。いや、本当にすごいことですよ。
監督:褒め言葉として受け取ります(笑)。もし予想外に起きたことに対処せずにいたら、歯抜けな物語になってしまいます。現場で撮りながら映画が変わっていくというか、変えていく。「変わっていく」だとそれは流されてるだけだから。だから台本にないカットもたくさん撮ったし、当初は台本にはなかったナレーションも入れました。映画は撮影だけじゃありません。編集、音楽、効果音などでもう一度豊かにするチャンスがある。いまとなっては、逆境がアイデアを生んでくれたのかなと。やっぱり映画づくりって水モノなんです。
Q:劇中、フレディから「あなたの絶対的な自信はどこから?」と聞かれたゲバラは「自信ではなく、いつも怒っているんだ」と答えます。お二人は、自信というものはなにに由来すると思いますか?
オダギリ:やっぱり、努力じゃないでしょうか。自信が持てるほど努力ができるかどうかだと思います。野球でも死ぬほど素振りをすればきっと打てるようになるじゃないですか。そういうことに近いのかなと思います。
監督:自信ね……。目的がハッキリしていれば自信を持ってそこへ向かうことができると思います。そうでないと現場でOK! とかNG! なんて言えません。その境目に監督が迷いを持っていると、やっぱり現場の人間は不信感を抱くだろうし。映画の仕事をしているときだけは、その自信を持っています。
Q:映画の仕事をしているときだけですか?
監督:だけ、でいいじゃないですか。
オダギリ:(笑)。
オダギリと阪本監督がタッグを組むのは『この世の外へ クラブ進駐軍』『人類資金』に続いて3度目。だからこその信頼感が2人の間には確かに流れている。スペイン語の習得、ボリビアの日系2世という外見、兵士として説得力を持たせるための減量、そして現地の人とスペイン語でやりとりをして自然な演技に着地させること。「彼ならきっとやってくれる」という信頼がなければ、どう考えてもハードルの高いこの役をオファーしないはず。そしてオダギリはその信頼に応え、この難役をまるでその人であるかのように演じ、不自然さがまったくなかった。だからこそ、チェ・ゲバラとともに戦った日系人がいた! という驚きの実話に深く感情移入できるのだろう。
取材・文:浅見祥子 写真:高野広美
映画『エルネスト』は10月6日より全国公開