『ナラタージュ』有村架純 単独インタビュー
恋愛映画では本気で相手を愛したい
取材・文:斉藤博昭 写真:中村嘉昭
高校時代に一人の男性として憧れを抱いていた教師に、大学生になってから再会。しかし彼には、離婚が成立していない妻がいた。切なくも危ういラブストーリー『ナラタージュ』で、ヒロインの工藤泉役に体当たりで挑んだ有村架純。念願だった行定勲監督との撮影現場、共演した松本潤とのラブシーン、そして新たな経験となった役へのアプローチ……。女優としてのターニングポイントとも言うべき本作について、その思いをまっすぐに語った。
念願の行定監督と撮った“オトナの恋”
Q:朝ドラ「ひよっこ」が終了したばかりですが、『ナラタージュ』は、その前に撮影していたわけですよね。どんな風に撮影の日々が思い出されますか?
こうして取材を受けながら、「あの時はこう思っていたな」と気付きながら思い出しています。胸がキュンキュンするような青春恋愛映画が多い中、『ナラタージュ』のような年齢に関係なく感情移入できる“オトナな”恋愛映画って貴重だと、改めて感じています。
Q:有村さんにとっても特別な思いがあったというわけですか?
そうですね。こうした恋愛映画を、どうすれば皆さんの心に残すことができるか。クランクイン前は正直、不安もありました。「単なる恋愛映画にしたくない」という思いを、行定(勲)監督や、共演者の松本(潤)さん、坂口(健太郎)さんと一緒にかたちにしたかったんです。
Q:その思いは、女優として成長したいという願望の表れでもありますよね。
わたしもこの映画を通して成長できると感じていました。以前からご一緒したいと思っていた行定監督の作品ということで、「どういう方なんだろう」「どんな作品になるんだろう」という期待感がありましたね。行定監督の現場は大変だという話は聞いていたので、自分も鍛えられたいという思いもあって(笑)。
Q:行定監督の撮影現場は予想通り厳しかったですか?
もちろん粘る時は粘りますし、テイクを重ねたりしますが、噂に聞いていたほど過酷ではありませんでした(笑)。最初に(リハーサルとして)細かくセッションをしましたが、その後は松本さんやわたしに任せ、監督は一歩引いて見てくださっていました。「粘る」というより、その「瞬間」をとらえるという感じが近いと思います。「瞬間」が来れば一発でOKが出ます。だから意外に撮影がスムーズに進んで、みんなで夕ご飯を食べに行く時間もあったりして、「行定組にしては珍しいね」なんてスタッフさんの声も聞きました。
泉と葉山先生はゲームの駆け引きのような関係
Q:泉を演じるうえで、監督から何かアドバイスはあったのでしょうか。
撮影前に監督や脚本家の方と、お互いのイメージを共有し合ったんです。泉は何を言われても動じない、本当の強さを持った凛とした女性だという話が出ました。そこで監督に観るように勧められたのが、成瀬巳喜男監督の『浮雲』(1955)でした。ヒロイン(高峰秀子が演じた幸田ゆき子)が泉っぽいということで、参考にさせていただいたんです。その結果、表情をころころ変えるのではなく、ちょっとした目線の動きなどで表現することを心がけました。
Q:『浮雲』も道ならぬ恋のストーリーですよね。観た感想は?
今回は楽しむ余裕はなく「演技を勉強する」という目線で観るのが精一杯でした(笑)。
Q:この『ナラタージュ』では泉の高校時代、大学時代、そして社会人という3つの時代が描かれます。それぞれの時代を演じ分ける苦労は?
一人の女性の数年間を、約1か月の撮影期間で演じるわけですからギリギリまで悩んでいましたね。高校時代は先生(松本潤が演じる葉山)への純粋な思いを表現すればよかったので大変ではありませんでした。先生に向ける目線も意識して輝かせたり、キラキラした気持ちを大切に演じました。でも時が経つと、葉山先生を好きな気持ちは変わらないけど、「この人には負けちゃいけない」という気持ちが強くなっていきます。なので、気持ちを隠し、何食わぬ顔でいるような演技にシフトしていきました。泉と葉山先生の関係って、ゲームの駆け引きのようで、こちらがボールを投げてもどこか違う場所に返される感じ。そのもどかしさが繰り返されるんです。
Q:大好きな思いを隠す演技は難しそうですね。
そうなんです。すがりつきたい思いを相手に見せたら負ける気がする……。演じていて、ちょっとしんどかったです。
Q:こうした恋愛映画に出演する場合、有村さん自身は相手をどれだけ好きになるのでしょう。
相手の方を好きになるように努力します。やっぱり「こうすれば好きになっているように見えるかな」とテクニックで演じると、見透かされてしまうと思うんです。演じる自分もそれはキツいので……。映画の中では、その人だけを見るようにして、その人だけに思いを伝えるようにします。
一発OKだった松本潤とのラブシーン
Q:『ナラタージュ』では雨が印象的に使われています。有村さんご自身は、雨は好きですか?
雨、嫌いです(笑)。傘をさすのが面倒くさいので。両手がふさがっちゃうし。走る車の水がかかって、ずぶ濡れになった思い出もあるし……。
Q:ずぶ濡れといえば、『ナラタージュ』では浴室でのラブシーンがありました。
あのシーンは緊張しましたね。失敗したら、また体を乾かして撮り直さなくてはならないので、みんなが幸せになるために一発OKが必要だったんです(笑)。相手にシャワーをかけるなんて日常ではあまりしないですよね? だからどうしても自然な動きにならなくて。でもその違和感は、泉にとっての違和感でもあると思って、その非日常的な感覚を大切に演じました。
Q:結果は一発OKでしたか?
はい(笑)。緊張感がいい方向へ働いてくれたようです。
Q:『ナラタージュ』に出演したことによって変化したご自身を、今改めてどのように感じていますか?
こういう女性を初めて演じられた実感はあります。背中に何か一本、芯の強い棒が入っているような女性というか。演じている間、ずっと背筋が伸びた状態でいる感覚でした。これは過去になかったことです。『ナラタージュ』では初めて海外の映画祭(釜山国際映画祭)にも参加させていただくので、どういう反応があるのか、楽しみです。
朝ドラ「ひよっこ」のクランクアップ後も多忙な日々が続く有村架純。「ひよっこ」以前に撮影した『ナラタージュ』について、記憶をたどりながら質問に丁寧に答えようとする姿勢が印象的だった。「国民的女優」という肩書で語られることも多くなってきた彼女が映画に出たいと強く思うようになったのは、山田洋次監督の作品や仲代達矢主演作『春との旅』(2009)を観てからだそう。特に『春との旅』は、「劇場で観た後に包まれた空気感が今でも忘れられない」と言い、「観た人の心にいつまでも残る映画に出たい」と目を輝かせた。
映画『ナラタージュ』は10月7日より全国公開