『彼女がその名を知らない鳥たち』蒼井優&阿部サダヲ 単独インタビュー
全員が最低な人間なのに愛おしい
取材・文:イソガイマサト 写真:奥山智明
沼田まほかるの同名ベストセラーを、『凶悪』『日本で一番悪い奴ら』などの白石和彌監督が映画化した究極のラブストーリー『彼女がその名を知らない鳥たち』。見るからに汚くて下劣な男・陣治を演じた阿部サダヲと、15歳も年上の陣治の稼ぎで生活していながら、彼を毛嫌いし、昔のDV男・黒崎のことが忘れられないクレーマーの嫌な女・十和子に扮した蒼井優が、共感度0%で不快度100%なのに、心の奥底からじんわりと感動してしまうこの数奇な愛の物語の撮影を振り返った。
嫌な女と下劣な男の愛の風景
Q:『彼女がその名を知らない鳥たち』は少し変わった“究極の愛”を描いた作品ですが、台本を最初に読んだときはどう思われましたか?
蒼井優(以下、蒼井):わたしはメンタルに支障がある女性の役をやらせていただくことが多いので、本当は清廉潔白ないい子の役もやってみたいのですが、十和子はいままで演じた女性の中でもいちばんどうかしちゃっている、いままでの人たちとは次元が違うヘビーな女性だったので挑戦したいと思いました。
Q:十和子はクレーマーでもある嫌な女ですけど、演じられる自信はありましたか?
蒼井:少し不安はあったんですよ。でも、白石監督に最初にお会いしたとき、わたしが「十和子って最低ですね」って言ったら、監督が「そうなんですよ。最低なんです」って笑顔で答えてくださって。あっ、最低でいいんだと思って。監督はきっと最低な女性を最低に描くことで、その奥にあるものが見えてくる計算をされているんだろうなと思いましたし、十和子に言い訳できるような要素があったらいけないような気がしたので、徹底的に嫌な女を演じようと思いましたね。
阿部サダヲ(以下、阿部):僕は台本を最初に読んだときに、まんまと騙されたし、そこが面白かったです。それに映像作品でここまで姿形が汚くて下品な役はやったことがなかったので、印象を変えられるこういう役をいただけたのはうれしかったですね。
Q:映画は十和子がキツい関西弁でクレームの電話を入れているところから始まります。
蒼井:ああいう言葉をずっと言い続けていると心がガサガサになりますね。それに、関西弁がとにかく大変でした。阿部さんなんて、方言指導の方が吹き込んでくれた関西弁のセリフをずっと聞いていましたものね。
阿部:あんなに聞き続けたことはなかったですね。普通は撮影中でもホテルに帰ったらテレビの電源を入れるんですけど、今作ではテレビもつけずに、録音していただいた方言指導の声をずっと聞いていましたから。
Q:それにしても、阿部さんが演じられた陣治は本当に汚いですね。
蒼井:撮影中の阿部さんはそれでもチャーミングだから、うわっ、陣治、好きってなりそうだったんですよ。でも、映画を観たら、本当に不潔だったから驚きました(笑)。
阿部:うどんを食べながらここで差し歯を取って、靴下を脱いで足の指のゴミを取ってという流れが監督の頭の中にすべてあったので、僕はそのままやっただけです(笑)。監督やスタッフさんが作り込んでくださるので、自分からアイデアを出すことはほぼなかったですね。
蒼井:でも、鍋料理をよそってくれるときなんて、すごく汚かった。陣治って雑だから、受け取った器がベチャベチャになっちゃって(笑)。
阿部:あのへんは面白かったですね。目玉焼きの黄身をこぼしても大丈夫だし、普通はダメだろうなと思うことも大抵OKだったので。すき焼きの卵がこぼれたのも汚かったですね(笑)。でも、あれも大丈夫でした。
実感する陣治の狂気と十和子の寂しさ
Q:撮影しながら相手のことが嫌だな~って思うことはなかったですか?
蒼井:水島(松坂桃李)と浮気をした十和子を、陣治が待ち伏せていて名前を呼ぶシーンがあるんですけど、あの「十和子」って呼ぶときの陣治の言い方が優しくて。それが余計痛かったのをすごく覚えています。十和子にも後ろめたい気持ちもやっぱりあるし、人として間違っているということもわかっているから。不潔なところよりも、陣治がそうやってあまりにも真っすぐに来るのが怖くて、苦しくて。真っすぐ来られれば来られるほど十和子も彼と距離を作ってしまって、心を閉ざしていくわけですけど、わたしもそっちの方が嫌でしたね。
阿部:僕は、部屋にいるときの蒼井さんの表情を見て逆にかわいそうだなと思うことの方が多かったですね。テレビをつけっ放しで寝ちゃっているあの感じとかもたまらなかった。それに、あのソファーがいいんですよね。
蒼井:あのサイズ感が(笑)?
阿部:ピッタリ収まっているあの十和子サイズがいいんですよ(笑)。
Q:この映画にはお客さんをかく乱するための仕掛けもありますが、そこも意識しましたか?
阿部:僕も台本を最初に読んだときに騙されたので、そこは絶対にひっかけないといけないなと思っていました。いちばんわかりやすいのは、電車に後から飛び乗ってきた若い男をバンって外に弾き飛ばすシーンです。あの狂気的な表情は気を使いましたね。
蒼井:あのシーンは撮り直しましたよね。
阿部:あっ、そうでしたね。
蒼井:最初に撮ってOKが出たテイクは、十和子が飛び乗ってきたあの若い男性のことを一瞬にして好きになるというニュアンスがあったんですよ。でもわたし、あのシーンは小説を読んだときもけっこう衝撃的で、陣治、怖いと思ったし、やっぱり陣治が……っていう思考になったから、十和子に落ち度があったら絶対にいけないと思って。それで、若い男性がただ飛び乗ってきたというだけという、実際に使われているテイクを撮ったんです。
誰もが隠している共感できる要素
Q:演じられた自分の役に共感できるところはありましたか?
阿部:いまのところないですね。あるとしたら、十和子のことをかわいそうだなと思って、お金をそっと置いて出かけるところくらいでしょうか。陣治が十和子に言う最後のあの愛の言葉はゾっとしました(笑)。
蒼井:わたしもあれはちょっと理解できないところがありましたね(笑)。
阿部:でも、映画を観たら回想が入っていい感じになっているんですよね。あれは監督の力もあるでしょうし、原作では途中に少しずつインサートされる回想を最後のあそこに持ってきた構成も効いていて、とてもいいシーンになっていたのでスゴいと思いました。
蒼井:無防備だった幼少期を過ぎて大人になると、非常識な部分は常識だったり、社会的な立場や人間関係だったり、後から付随してきたものによって抑えられてしまうんですよね。でも、その抑えているものをすべて取ってしまったら、女性は特にクレーマーになる可能性があると思います。「これは絶対に違う!」って言ってしまう可能性だってあるし、退屈と寂しさをそれでまぎらわす人もいるような気がする。社会的な立場があったり、常識が疑われる恐れもあるから「共感した」とは絶対に言わないけれど、周りの女性の話を聞いても「実はね……」という意見はけっこう多かったですね。
Q:でも、おぞましい真実がわかった直後に、二人でステーキを食べるあの神経にはちょっと理解し難いものがあります。
蒼井:あのタイミングでね(笑)。でも、映画には映っていないですけど、わたしは焼いている肉からブワ~っと出てきた血を見て、これを食べるんだよなって思いながら、この人をこの後どうしようかな? とも考えていて。どんな状態でもお腹がすく人間ってなんかヘンだなという気持ちでした。
阿部:でも、陣治は肉をのどに詰まらせて吐いちゃいますからね。それにあそこは子供をほしがっていた彼が「俺がもうちょっと若ければな」と言った後のシーンでもある。何年も使ってなかったテーブルの上の物をどかして、「こっちで食べよう」って言う陣治とそれに素直に従う十和子を映画で観て、なんかかわいそうな二人だなと思いました。
『彼女がその名を知らない鳥たち』は、彼ら二人を始め、最もクズな男・黒崎を演じた竹野内豊、病的にゲスな男・水島にふんした松坂桃李といったメインキャストが、ほかの作品では見せたことのない表情と生々しい芝居を行い、奇跡的なバランスで完成した今年最も注目すべき傑作ラブストーリーだ。だがそれを支えたのはやはり、役ととことん向き合い、役を分析し、最悪だけど愛すべき十和子と陣治に全身でなりきった蒼井優と阿部サダヲ。最後の最後で、それまで最悪だったエピソードの数々が美しい愛の風景に反転する仕掛けも絶妙で、この感動を仕掛けた彼らの凄みを感じられる一作だ。
『彼女がその名を知らない鳥たち』は10月28日より全国公開