『アウトレイジ』に親子連れ多数!ジャ・ジャンクー創設の映画祭、会場作る本気ぶり(中国)
ぐるっと!世界の映画祭
【第64回】
ロバート・レッドフォードを筆頭に、アキ・カウリスマキ監督にエミール・クストリッツァ監督など地元で映画祭を主催している映画監督・俳優は多いが、世界三大映画祭の常連である中国のジャ・ジャンクー監督も地元・山西省で映画祭を創設。その名も「平遥(ピンヤオ)クラウチング・タイガー・ヒドゥン・ドラゴン国際映画祭」(以下、PYIFF)。10月28日~11月4日に開催された記念すべき第1回に、中国語映画を対象にしたフェイ・ムー賞の審査員として参加した東京フィルメックスのプログラム・ディレクター市山尚三さんがリポートします。(取材・文:中山治美、写真:市山尚三、平遥クラウチング・タイガー・ヒドゥン・ドラゴン国際映画祭)
映画祭名はあの映画のタイトル
初長編監督作『一瞬の夢』(1997)で第48回ベルリン国際映画祭に参加して以降、映画『長江 哀歌』(2006)で第63回ベネチア国際映画祭、『罪の手ざわり』(2013)で第66回カンヌ国際映画祭と、ジャ監督は出品者として審査員として、世界中の映画祭に参加してきた。映画祭は異文化に触れることができる絶好の機会であると実感したジャ監督は、中国の若い世代にも同様の体験を味わってほしいと、地元で映画祭を開催する夢を抱いていたという。そのジャ監督の思いと、平遥古城という世界遺産を擁し、文化都市としてさらに街を発展させていきたいという山西省の党幹部らの意向が合致し、創設に至ったようだ。
「本当はもう少し早い時期での開催を予定していたようですが、今年は5年に一度開催される中国共産党大会(10月18日~24日)があったため、閉会後に時期をずらしたようです」(市山さん)。
アート・ディレクターに就任したのは、中国留学経験もあり、ロッテルダム国際映画祭やベネチア国際映画祭など名だたる国際映画祭のディレクターを務めてきたマルコ・ミュラー。ミュラーといえば昨年新設されたマカオ国際映画祭のディレクターに就任したものの、開幕直前に辞任するという大波乱を巻き起こしたばかり。その彼が数か月後、同じ中国圏の新たな映画祭に携わるとは、映画界ではちょっとした“事件”でもあった。
ちなみに映画祭名の「クラウチング・タイガー・ヒドゥン・ドラゴン」は、アン・リー監督『グリーン・デスティニー』(2000)の英題。ミュラーはよほど本作が気に入っているようで、第1回マカオ国際映画祭でも部門名に付けていたほどだった。今回、新たにリー監督から使用許可を得て映画祭だけでなく、国内外の新人監督を対象にした部門に「クラウチング・タイガー」、世界中から集めた最新のジャンル映画部門に「ヒドゥン・ドラゴン」と命名。マカオ国際映画祭で実現できなかったアイデアをPYIFFに生かしたようだ。
さらに「クラウチング・タイガー・ヒドゥン・ドラゴン・イースト-ウエスト・アワード」と題した栄誉賞も設け、第1回の受賞者としてジョン・ウー監督に贈った。
会場は元工場をリノベーション
市山さんはオフィス北野に所属しており、映画プロデューサーとしての顔も持つ。ジャ監督の『プラットホーム』(2000)や『罪の手ざわり』(2013)なども担当しており、その縁から今回の審査員を依頼されたという。
「平遥を訪問するのは『プラットホーム』の撮影以来17年ぶり。だいぶ街が整備され、土日は観光客で大賑わい。こんなに発展しているとは驚きでした」(市山さん)。
中でも市山さんを驚愕させたのが、映画祭専用の会場が完成していたこと。約7万平方メートルのディーゼル・エンジン工場跡地に、1,500席の野外劇場、500席のメイン劇場、3Dと4K上映対応の4つのミニシアター(114席、98席、72席×2)と計6つの劇場を設け、上映環境は万全。さらに国際映画祭らしくチケットセンター、プレスセンター、記者会見場、宴会場、ギフトコーナーなどもある。
「上映劇場を押さえるのにどの映画祭も苦労していると思うので、本当にこの環境は羨ましい限りです。平遥にはシネコンがないようなので、恐らく今後、映画祭期間外もここで定期的に映画上映を行うのではないでしょうか。しかも野外劇場の名前に『プラットホーム』と付いていて、思わず笑ってしまいました。実はジャ監督は地元・汾陽で『山河故人』(『山河ノスタルジア』の原題)というレストランもプロデュースしており、宴会場でパーティーを行う際は、そこからケイタリングがやってきていました」(市山さん)。
専用の建造物を持つ映画祭といえば釜山国際映画祭の“映画の殿堂”やトロント国際映画祭のベル・ライトボックスがあるが、多くの映画祭が公共のホールや一般劇場を開催に合わせて利用している状態だ。しかも映画祭創設に合わせて建造してしまうとは! 継続して続けていこうという覚悟と気合いを感じるのだ。
中国インディペンデント界の今
映画祭の部門は、前述した「クラウチング・タイガー」「ヒドゥン・ドラゴン」のほか、メジャー作品を上映する「ガラ」、特別上映、世界各国の映画祭の話題作を集めた「ベスト・オブ・フェスト」、中国の新鋭監督を対象とした「ニュー・ジェネレーション・チャイナ」など。そのうち11作品が、市山さんが審査するフェイ・ムー賞(中国語映画賞)の対象となった。賞の名前は、『小城之春』(1948)などで知られる中国を代表する監督名を冠にしている。
「11作とも非常にレベルが高く、若手が育っているという印象を持ちました。PYIFFの上映作は全て当局から上映許可を得ているものですが、社会問題を扱ったものも結構ありました」(市山さん)。
審査の結果、最優秀作品賞に選んだのは、本年度のベネチア国際映画祭コンペティション部門にも選出されたヴィヴィアン・チュウ監督『天使は白をまとう』。ホテルのフロントで働く女性が、少女の性的暴行事件を目撃したのだが、オーナーからの圧力で嘘の証言をさせられるという社会派ドラマだ。奇しくも、市山さんが第18回東京フィルメックスでも特別招待に選んでいる。
「フィルメックスに応募があり選んだのですが、PYIFFでも審査員7人中5人が最高評価を与えた作品でした。実は中国では今年3月から、当局が許可した作品しか国際映画祭に出品できず、違反した場合は罰則があることが明文化されたのですが、性的暴力や一人っ子政策、有力者の圧力と中国の暗部を描いた本作が審査を通っている。恐らく、ベネチア国際映画祭に選ばれたことでOKになったのでは? そういう点でも興味深い作品です」(市山さん)。
監督賞には、東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門でも上映されたリウ・ジエン監督のアニメーション『Have a Nice Day』が選ばれた。両監督には共に、次回作の資金として3万人民元(約51万円、1元=17円換算)が贈られた。
またクラウチング・タイガー部門は、最優秀作品賞にあたるロベルト・ロッセリーニ賞を Elizaveta Stishova 監督『スレイマーン・マウンテン(原題) / Suleiman Mountain』(ロシア・カザフスタン・ポーランド)、最優秀監督賞を『ザ・ライダー(原題) / The Rider』(アメリカ)のクロエ・ツァオ監督が受賞した。同賞の審査員は、日本から女優・監督の桃井かおりや、ロベルト・ロッセリーニの息子で映画会社ゴーモン・イタリアの会長であるレンツォ・ロッセリーニらが務めた。
遂に中国で“世界のキタノ”上映
中国の若手監督や映画好きに向けたアーティスティックな作品が並ぶ一方で、地元の観客に向けた京劇などを上映する「チャイナ・ミュージカル」部門も用意。映画祭を知り尽くしたミュラーらしく、地域性を鑑みたバランスの良いプログラミングが目を引く。
特筆するのは、北野武監督の最新作『アウトレイジ 最終章』が野外上映されたこと。市山さんいわく、これまで中国での北野作品の上映は、国際交流基金が行っている日本映画週間などでイベント上映されたことはあっても、バイオレンス描写などの多さから当局の許可が降りたことがなかったという。
「もしかしたら今回が初めて、中国で正式に紹介された北野作品かもしれません。しかも中国にはレイティングがなく、当局が許可するか否かしかないので、上映会場には親子連れも多数。それはそれでいいのか!? とも思いましたが(苦笑)、それでも映画冒頭にオフィス北野のロゴマークが出た瞬間に会場から拍手が湧き起こり、上映中も度々爆笑が起こる盛り上がりぶりでした」(市山さん)。北野作品中国解禁に記念すべき映画祭となったようだ。
劇場を一歩出れば世界遺産
日本から平遥には、北京や上海で飛行機を乗り継ぎ、最寄りの太原武宿国際空港へ。そこから車で約1時間。または北京から高速鉄道で平遥古城駅まで約4時間10分の旅となる。市山さんは審査員としての参加のため、渡航及び宿泊は映画祭側の招待だった。
「街には西洋式の大型ホテルもあるのですが、審査員に用意されたのは、築280年の邸宅を改築したエルスウェア・ゴンジー・ホテル。そのホテルしかり、街全体がチャン・イーモウ監督『紅夢』(1991)の世界がそのまま残されていて、非常に趣があります。寺や史跡を観光できる周遊チケットもあるので、時間を見つければ市内観光も可能です」(市山さん)。
食事は、日当を渡されて自分で自由に摂るスタイルだったという。「映画祭会場を一歩外に出れば、ヌードル・ショップが多数軒を連ねているので、短時間に低価格で食事ができるという、まさに映画祭には理想的な環境です。また麺の本場ですので、美味しいんですよ」(市山さん)。
カンヌ国際映画祭の総代表ティエリー・フレモーは良い映画祭に必要な条件として「グッド・フィルム、グッド・フード、グッド・フレンド」をあげていたが、“フード”の部分も抜かりがないようだ。
後進を育てるアジア各国の巨匠たち
市山さんがプログラム・ディラクターを務める第18回東京フィルメックスでも、PYIFFを鑑賞することができる。前述したフェイ・ムー賞(中国語映画賞)受賞作ヴィヴィアン・チュウ監督『天使は白をまとう』のほか、ジャ監督プロデュースのオムニバス映画『時はどこへ?』を特別招待作品として上映する。
同作には、ブラジルのウォルター・サレス監督、『神聖なる一族24人の娘たち』(2012)のアレクセイ・フェドルチェンコ監督らが「時間」をテーマに競作したもので、ジャ監督も参戦。そのロケ地は平遥だ。
「ジャ監督は製作も多数手がけていて、フィルメックスでも第13回にソン・ファン監督『記憶が私を見る』を上映し、審査員特別賞に選ばれています。今年のコンペティション部門には『枕の上の葉』(1998)で知られるインドネシアのガリン・ヌグロホ監督の関連作品が2本あります。娘のカミラ・アンディニ監督『見えるもの、見えざるもの』と、ヌグロホ監督が原案を手がけたモーリー・スリヤ監督『殺人者マルリナ』です。偶然ですが、2人とも女性監督です。中国はジャ監督、カンボジアはリティ・パン(リティ・パニュ)監督、フィリピンはブリランテ・メンドーサ監督と、各国とも国際映画祭で活躍している監督たちが熱心に後進を育て、彼らが頭角を表しはじめています。ぜひアジアの若い才能に注目していただきたいと思います」(市山さん)。
今、アジア各国では振興の映画祭が続々誕生している。それは単に、街の認知度アップとか地域活性だけではない。そこに世界に発信したい逸材がいるからこそ、映画人や行政が一帯となって発表の場を創り上げようとしている。そんなアツさを感じるのだ。 第18回東京フィルメックス(公式サイト)は11月18日~26日、東京・有楽町朝日ホール他にて開催。