『ムーミン谷とウィンターワンダーランド』宮沢りえ 単独インタビュー
さりげないところに幸せって見つけられる
取材・文:高山亜紀 写真:杉映貴子
宮沢りえが12年ぶりに劇場版アニメに参加し、ムーミントロールの声を担当した『ムーミン谷とウィンターワンダーランド』。クリスマスのことを初めて知るムーミンたちが「クリスマスさんってどんな人?」とシーズンの到来を心待ちにする、とっておきの物語だ。ムーミンの生まれ育った環境をイメージして役づくりしたという宮沢が、声優業の奥深さはもちろん、ムーミン同様、子どもの頃に憧れていた意外なキャラクターについても語った。
声をあてながら、ムーミンに癒やされていたアフレコ
Q:12年ぶりの劇場版アニメ出演だそうですね。意外です。
人形劇では、三谷幸喜さんの「シャーロックホームズ」(2014)をやったりしたので、わたしもそんなにブランクがあるとは思ってなかったんです。いいタイミングで興味の持てるものに出会えれば、自分では全然、こだわりとかはありません。
Q:では、ムーミンは興味もタイミングもぴったりだったんですね。
ちょうど舞台が終わった後でしたし、自分が子どもの頃からみんなに愛されている作品ですから。長く愛されるものには、意味も理由もあると思うので、そういう作品に携われるというのは、とても光栄だと思いました。わたしの中で岸田今日子さんのムーミンの印象がすごく強いので、わたしの声で成立するのかなと最初はちょっと不安もありましたけど、同じものをなぞるのではなく、時代とともに新しくなっていっていいんだろうなっていう思いで参加させていただこうと決めました。
Q:岸田さんは声を低めに出していましたが、宮沢さんはどのように声を作っていかれたのですか。
性別とか、いろいろなことを考えました。男の子だから、もっと男っぽい声を出したほうがいいのかな、とか。だけど、ディレクターの方に聞いたら、わたしなりのムーミンでいいんだと言われたので、自信をもってやりました。表情が動かない分、自分の声の度合いもどのくらいがいいのか、迷うことも多かったです。目がちょっと動くくらいで、物語る。観ている側にすごくイマジネーションを与えると思ったので、あまり過剰にはせず、シンプルにやるほうがムーミンには合っているのかなと思いました。
Q:まるで読み聞かせているような柔らかな声に癒やされます。
それはムーミンを見ながら、やっているわたしが癒やされていたからじゃないでしょうか(笑)。自分の声色をいろいろ変えて、試したりしたんですけど、あまり作った声は似合わないかなと思って。普段、出してない声でやり続けるのは無理があるし、違和感がある。ムーミンの生活をしているムーミン谷をイメージして、あのお母さんとお父さんに育てられているムーミンの持つピュアさ、冒険心、好奇心、そういうものを大事にしようと思いました。
Q:ビル・スカルスガルドが吹き替えた海外版は観ましたか。
最初にお話をいただいたときに観せていただいたんですが、男性だったので、そこは別物として観ていましたね。お話をいただいた時点で、わたしの声を知っている方がオファーしてくださっていると思ったので、そこを信じてというか、わたしにあの方の声は出せないので、そこはあんまり意識しないで、単純に外国版として楽しみました。
子どもの頃、憧れていたのはあのキャラクター
Q:子どもの頃に親しんでいたムーミンと自分の声が合わさった作品を観て、どんな気持ちですか。
まず多少、照れくささはあります。どんな作品に対しても、自分がやったものを褒められない性格なので。「もっとこうすればよかった、ああすればよかった」という思いはありつつ、普遍的に時代を超えて愛されるストーリーだと思うので、長く愛される作品になったらいいなと思いました。
Q:自分が映っているものでなくても、同じくらい厳しく見てしまいますか。
そうですね。それは一緒です。視覚的なところは完璧というか、ムーミンの世界だから、そこにはないんですけど、声にしてみたら、もうちょっとこういう声にすればよかったかなとか、そんなことばっかりです。すみません。自画自賛できないタイプで(苦笑)。
Q:新しい発見は何かありましたか。
自分の表情と声で表現するのではなく、音だけで表現して、それが映像とマッチすることの面白さみたいなものはあるなと思います。あとはやはり、声にもすごく表情が生まれるんだなというのは今回、すごく勉強になりました。以前、「シャーロックホームズ」で、山寺(宏一)さんとご一緒したときに、本当に打ちのめされたんです。才能ってこういうことなんだなって。そのとき、声だけの表現の幅広さ、奥深さを感じましたね。
Q:子どもの頃、好きだったキャラクターはいますか。
やっぱり、ムーミンが一番、好きでした。おしゃまさんの記憶はあまりないんですが、今回はおしゃまさんの言う哲学的なことがとても面白いなと思いました。みんなそれぞれ本当に個性豊かで、キャラクターを通してとても広いことを表現しているんだなって、大人が観るときっとそう感じると思います。キャラクターが話す言葉の奥や先にすごく社会的なメッセージも含まれている。子どもは楽しめて、大人にも響く。そのバランスが素晴らしいと思います。
Q:子どもの頃、触れていた作品で、今後、声で参加してみたい作品はありますか。
子どもの頃、好きだったのはテレビアニメ「うる星やつら」のラムちゃんや「ルパン三世」の不二子ちゃんとか。あの頃はちょっと色っぽい人に、「大人だな」って、憧れを抱いていましたが、もう峠は越えたので、遠慮しておきます(笑)。そんなに熱心にアニメを観ていた方ではありませんでしたが、「ピンク・パンサー」とか、好きでしたね。
役づくりはある意味、芝居も吹き替えも一緒
Q:これからはブランクを空けず、どんどん出ていただきたいです。
タイミングが合って、やりたいなと思うものがあったらどんどんやってみたいと思います。自分たちの表現によって作品が大きく変わると思うから、責任重大だなって思うんですよね。子どもの頃に観たテレビドラマ「刑事コロンボ」とか、日本語の吹き替えの方のイメージがすごく強くて、字幕で観たときに「えっ、これは違うでしょう」なんて、思っちゃうくらいだったし。それほど吹き替えの声って力があると思うので、やっていて面白いし、いい緊張感があります。
Q:自分で演じるキャラクターとは、役づくりは異なりますか。
役によって取り組み方が違うから、舞台だから、吹き替えだからと大きく分けるのはなかなか難しいですね。吹き替えにしても、ムーミンのような役とほかの役では違うと思います。今回はムーミン谷という、ムーミンたちの生きている環境をすごく想像しました。正直に言うと、その人が育った環境や存在している環境を意識しながら演じるというのは、どの役をやるにしてもある意味一緒なんです。これほど穏やかで透明で夢がふつふつと膨らむような役をやるのは、すごく気持ちがいいです。
Q:心温まる作品ですが、出来上がった作品から感じたことはありますか。
背景の作り方もそうですが、大人が観てもはっとするような色使い。ムーミンがずっと表現し続けていることですよね。雪景色の中に、お家の明かりがぽっと灯るだけで、心がすごく温かくなったり、家族の住んでいるお部屋の中の空気感とか、そういったさりげないところにほんわかしている自分を感じていました。イルミネーションなどのきらびやかなものじゃなくても、とてもシンプルなところに幸せって見つけられるんだなって、この作品を観てすごく感じました。何千個のイルミネーションの素敵さをいまの時代のわたしは知っていますが、ろうそくで灯されたことによって輝くものもあるんだってことを忘れちゃいけないんだなって。
リトルミイなど、ほかのキャラクターの写真を見ながら、瞬間的にいろいろな声色を披露する宮沢。そんな彼女がムーミンにあてたのはあえてシンプルな自分自身に近い声。ふわっとしたムーミンの飾らない感じが実にマッチし、伝説的な岸田今日子とはまた別の個性の宮沢ムーミンに仕上がっている。毎作品、とんでもない集中力を見せる彼女だけにまたすぐ次とはいかないだろうが、まったく違う役柄の吹き替えもぜひ観てみたい。
映画『ムーミン谷とウィンターワンダーランド』は公開中