錦戸亮「役づくりはしない」現場での瞬発力に懸ける
山上たつひこ、いがらしみきおによる第18回文化庁メディア芸術祭優秀賞(マンガ部門)に輝いた問題作を、『紙の月』などの吉田大八監督がアレンジを加え実写映画化した『羊の木』。殺人歴のある元受刑者の移住を受け入れた、ある港町の市役所職員・月末一(つきすえはじめ)を錦戸亮が演じ、彼らに翻弄されながらも町の治安を守る一途な姿が観る者の心を釘付けにする。錦戸が持つ不思議な磁力……この映画の生命線とも言える彼の人間臭い存在感は、いったいどこから生まれてくるのか。
主人公・月末を通して観客を翻弄したい
Q:本作のオファーが来る1週間前に、偶然、原作を読んだとお聞きしました。この作品のどこに惹かれたのでしょう。
普段からマンガが大好きで、面白そうな作品を見つけたら、タブレットにダウンロードして読みあさっているんですが、ちょうどその時期、読みたいものがなくなったので、「漫画 オススメ 面白い」でキーワード検索してみたんです。すると、あるサイトで本作の原作がたまたま紹介されていて、解説を読んでみたら“元受刑者を受け入れる”という設定自体にドキドキしてしまって。全5巻、一気に読破しました。このお話をいただいたとき、マンガの余韻がまだ心の中に残っていた時期だったので、正直、驚きましたね。すごいめぐり合わせがあるものだなって。
Q:ただ、映画版の脚本は、原作とはかなり変わっていましたね。
そうなんですよ。僕が演じた月末は、原作では中年のオジサン。奥さんと娘さんがいて、髪の毛もかなり薄くなってるんですよね(笑)。ところが、映画の脚本では、独身の市役所職員になっているし、月末だけじゃなく、彼を取り巻くキャラクターたちの設定も大胆に変更されている。もともと僕の中では、「この話をどう映像化するんだろう?」という好奇心があったので、原作との違いを発見しながら脚本を読む作業は楽しかったですね。
Q:錦戸さんの目には、月末という人物はどのように映っているのでしょう。
北村一輝さん、松田龍平くんらが演じる強烈な元受刑者がひしめく中で、唯一“普通の人”ですよね。基本は真っ直ぐでお人好し、仕事への熱意も持っている。でも、自分のために小さな嘘をついたり、悔しさを晴らすために言ってはいけないことをつい話したり……。ある意味、観客の目線に一番近くて、感情移入もしやすく、人間臭いキャラクターだと思います。観ているお客さんも月末と一緒に振り回されてくれたらうれしいですね。
■演じるというよりも流れに身を委ねる
Q:普通の主人公・月末を演じるにあたって、どんなことを意識されましたか?
役づくり的なことは、ほとんど考えませんでした。もともとそういうアプローチが得意じゃない、というのもあるんですが、特に今回は頭でっかちにならない方がいい気がしたんです。それよりも共演者の方々のお芝居や、吉田監督の演出に対して、常に敏感でいたかった、という思いがありましたね。
Q:「敏感でいたい」というのは具体的にはどういうことでしょう。
例えば、月末が元受刑者たちを順番に迎えに行くシーンがありますよね。同じやりとりを何度も繰り返すんですが、話す相手が変われば、リアクションも変わってくる。さらに、最初は気軽に構えていたけれど、月末の中で「何かがおかしい」と次第に違和感が強まっていく部分もあった。そういうシーンでの微妙な表情が、この映画では大事なのかなと思ったので、撮影中はなるべく気持ちをフラットな状態にして、その場の流れに身を委ねるようにしていました。
Q:本作だけでなく、普段から徹底的に役づくりをするタイプではない?
どちらかといえば、しない方ですね。例えば、今回は馬に乗らなきゃいけないとか、パティシエ役だから手さばきがきれいじゃないといけないとか、そういうときは、事前に練習しますが、それを役づくりと言わないのであれば、皆無に等しいですね。よく主人公との共通点は? という質問を受けますが、そういうものを見つけて役に生かそうと思ったこともありません。ただ1つ、理想があるとすれば、カメラが回っている間は、「役とともに生きていたい」とは思いますね。
Q:今回は普通の人ですが、「サムライせんせい」や『ちょんまげぷりん』など、キャラクターが際立った役のときは、自分の中にスイッチみたいなものがあるのでしょうか?
いや、全くないです、ゼロです。「サムライせんせい」も『ちょんまげぷりん』も、本人は「当たり前のこと」と思って行動していて、それが世間とズレているから面白いわけで、僕の中では、どの役も同じアプローチでした。スイッチを押すとか、消すとか、思ったこともないですね。あるんだったら押してみたいですが(笑)。
Q:役づくりというよりも、撮影中“錦戸亮”を忘れている、という感じが近いでしょうか?
これも、俳優さん次第だと思いますが、「俺、いま、月末モードだから話しかけないで」とか言われたら引いてしまうし、僕には無理ですね。富山(本作のロケ地)で撮影が終わったら、その日の夜に音楽番組やバラエティー番組に出なきゃならなかったりするので、いちいちモードに入っていたら何もできない。もっと瞬発的なものですね。そこに懸けている感じです。
■松田龍平のにじみ出る才能は「ずるい」
Q:月末としきりに“友達”になろうとする宮腰一郎役の松田龍平さんとは、今回が初共演ですね。ほぼ同世代で意識もされていたと思いますが、感想はいかがですか?
すごく共演したかったのでうれしかったですし、新鮮でもありました。龍平くんのセリフって変な味付けがほとんどないじゃないですか。淡々と普通にしゃべっているだけに見えるけれど、いろんな感情がジワッとにじんでくる。僕が真似しても単なる棒読みにしかならないと思うんですが、全てを成立させてしまうところが本当にすごい。うらやましいというか、「ずるい」って感じですね(笑)。
Q:松田さん演じる宮腰というどこかイノセントで謎めいた“元受刑者”を、月末はどこまで信じ、受け入れられるのか。この2人の関係性も大きなキーポイントでした。錦戸さんはどういう気持ちで演じられていましたか?
白でもない、黒でもない、グレーな部分ですよね。最初は市役所職員として接していたのが、どこかで宮腰に惹かれ、友達として受け入れていた部分もあったと思います。信じたい気持ちもあった一方で、宮腰の不可思議な行動に驚かされ、激しく動揺する瞬間もあったと思います。僕自身、龍平くんのあの口調で、真っ正面から「それは市役所の職員として言ってるの? それとも友達として?」と聞かれたら、言葉に詰まって、その場しのぎのことを言っちゃうかもしれないですね。
Q:撮影以外では、かなり松田さんと打ち解けたようですね。
ロケ先の富山では、よく一緒に飲みにいったりしましたね。最初は北村さんにお膳立てしていただいたんですが、酔っ払いながらいろんなお話をさせていただきました。本当に贅沢な“富山ナイト”でしたよ!
Q:同世代といえば、関ジャニ∞のメンバーもドラマや映画でがんばっています。直近では、『泥棒役者』で丸山隆平さんも熱演されていましたが、やはり気になりますか?
もちろん、みんながんばってほしいし、映画もヒットしてほしいなと思いますよ。ただ、嫉妬心じゃないですが、もしも『羊の木』が丸山とかほかのメンバーに話が行っていたら、どう演じていたのかな? とか、そういうのは、ちょっと気になったりしますね。
Q:なるほど、錦戸さんと丸山さんの作品が逆になっていたら、と考えると面白いですよね。
それはない! チェンジはさせないです。月末は僕以外の人にはやらせません! まぁ、両方の作品を僕がやるのはいいですけどね(笑)。
【取材後記】
オーラを完封し、ごく平凡な市役所職員をリアルに体現してみせた錦戸。そのスキルの高さに驚かされ、根掘り葉掘り、言葉を尽くして突いてみるも、出てくる言葉は極めてシンプル。「役づくりはしない」「共感部分も探さない」「ただフラットな気持ちでそこにいるだけ」。頭で算段した演技ではなく、心で反応した自然体の表現は、ここまで人の心に刺さるものなのか。錦戸演じる月末を観ながら、俳優という職業の奥深さを改めて考えさせられた。(取材・文:坂田正樹)
映画『羊の木』は2018年2月3日より全国公開
(C) 2018『羊の木』製作委員会 (C) 山上たつひこ、いがらしみきお/講談社