『羊の木』松田龍平 単独インタビュー
相手によって変化するのが面白い
取材・文:坂田正樹 写真:永遠
殺人歴のある元受刑者6人が、過疎化対策の一環である港町へ移住してきた。その中の1人・宮腰一郎(松田龍平)は、宅配便のドライバーとして働き始め、その天真爛漫な性格で、受け入れ担当の市役所職員・月末一(錦戸亮)の心を和ませる。山上たつひこ、いがらしみきおによる第18回文化庁メディア芸術祭優秀賞(マンガ部門)に輝いた問題作を、『紙の月』の吉田大八監督がアレンジを加え実写映画化した『羊の木』。純朴だが、どこか謎めいた宮腰を絶妙のラインで演じる松田の存在感が、町を覆う雲のように不穏な空気を醸し出す。
錦戸演じる月末との関係性に興味津々
Q:かなり衝撃的な内容ですが、本作のオファーを受けたとき、どんな印象をお持ちになりましたか?
すごく面白い脚本だなと思いましたね。フィクションですが、現実的に起こりうるお話ですし、港町のさびれた感じや、逸話とともに祀(まつ)られた神の存在など、どこか幻想的なムードもあるじゃないですか。元受刑者がその狭間に入り込んでいくところも興味をそそられましたね。
Q:キーパーソンとなる6人の元受刑者の1人・宮腰一郎を演じていますが、このキャラクターについてはいかがでしょう。
物ごとを素直に受け入れてしまうので、その純粋さが仇(あだ)となっている感じがしましたね。普通は損得を考えますが、彼はできなかった。それゆえに受刑者になってしまったんだと思います。更生するために港町にやってきますが、錦戸くん演じる月末とどういう関係性を結んでいくか、ここが大きなポイントになっていくと思いますね。
Q:これは元受刑者を演じた6人全員に言えることですが、後半に向かって徐々に不穏な空気を醸し出す“さじ加減”がすごく難しかったと思いますが。
演じているときは、あまりそういうことは考えなかったですね。ただ、台本を読みながら、「なぜ、こんな行動に至ったんだろう」とか、「どうしてこんな言葉が出てくるのだろう」とか、自分なりにずっと宮腰の心情を模索していたような気がします。吉田監督が思い描いているイメージもあったので、そことすり合わせながら、という感じですね。
Q:なるほど。でも、松田さんの目に心の変化が絶妙に出ていた感じがしました。
見え方として、優しさを出していこうとか、狂気を出していこうとか、そういうことは全く思ってなかったです。セリフをどれだけ自分が納得して言えるか、それだけですね。宮腰がしゃべる言葉や行動を自分の中に落とし込んでいけば、それが自然と演技となって表れるわけですから。
Q:吉田監督との初タッグはいかがでしたか?
基本は、セリフをちゃんと自分の中に入れて、その意味を解釈することですかね。自分なりに思い描いた宮腰を、1度吉田監督の上にのせてみて、それをいい感じでマイルドにしていただいた、そんな感触が残っていますね。
錦戸くんがいたから自分の役を想像できた
Q:宮腰に対して、常に優しく接してくれる月末を演じた錦戸さんとは初共演ですよね? どんな感想をお持ちですか?
撮影初日が「初めまして」という感じでしたね。ファーストシーンで、月末が車で迎えに来てくれて、一緒にお刺身を食べるんですが、あのシーンは印象に残っていますね。錦戸くんが演じる月末と宮腰のムードみたいなものが、僕が思い描いていた感じと全く違っていたので、最初はちょっと戸惑いましたが、それがそのまま芝居につながったような気がして、すごく面白かったです。物語が進むに連れて月末と宮腰が友人関係を築いていくところに、その感情がうまく生きていったかなと思いますね。
Q:他の元受刑者たちと比べても、一緒にいる時間が一番長かったと思いますが、錦戸さんとは演じやすかったですか?
すごく素直な人で、お芝居も、作り込んだり、決めつけたりすることもなく、いろんなことに反応しながら演じていたので、とてもやりやすかったですね。あと、男の色気を持った方だなと。月末なしでは、宮腰を想像しきれないところもあったので、錦戸くんが共演者で本当によかったなと思います。
Q:月末が幼なじみとやっている週末バンドの演奏シーンは、ちょっと異質というか、かっこよかったです。途中から宮腰も参加しましたね。
どういう音楽なのか聞いてなかったので、ちょっとコアな感じで驚きました。沈んでいくようなループをずっと繰り返しているところがかっこよかったですね。田舎町の倉庫で、こんな自由な音楽をやってるなんて、おしゃれだなと。ただ宮腰はギターの初心者なので、ひたすら隅っこで練習しているだけでしたけどね(笑)。
Q:ロケ先の富山では、錦戸さん、そして元受刑者の1人を演じる北村一輝さんと3人でよく飲みに行ったそうですね。
結構、行きましたね。撮影が終わったあとの息抜きだったので、すごく楽しかったです。
Q:お魚も新鮮で美味しかったんじゃないですか?
釣ってきたばかりのものを出していただいたので、新鮮で美味しかったですね。でも、お店の方に「すごく美味しいです!」って熱く伝えても、「あ、はい」「ええ」みたいな感じで反応が薄くて(笑)。「美味しいでしょー!」って威勢よく返ってくるのかな? と思ってたんですが、美味しいのが当たり前だから、「別に普通でしょ?」っていう感じなんでしょうね。その温度差にお互いの「らしさ」があって、面白かったですね。
相棒役によって変化する面白さ
Q:松田さんが月末になって、元受刑者の錦戸さんを迎え入れる映画を観たくなりました。
結構ゆるい感じになるんじゃないですかね。「あ、どうも、いらっしゃい!」って感じで(笑)。
Q:今回の月末と宮腰の関係性も、「相棒」的要素があったと思いますが、『まほろ駅前多田便利軒』や『探偵はBARにいる』など、松田さんはバディムービーが本当にお上手ですよね。何か秘訣があるんですか。
ありがとうございます。相手に合わせて、一番面白いところを引き出しながら楽しみたいなっていうのはあるかもしれないですね。自分が「こうしたい」「ああしたい」という欲求はお互いにあると思うので、ときには向こうにちゃんと受けてもらうことも必要だと思いますが、バディムービーは相手によってどんどん変化していくので、演じていて面白いですね。
淡々とセリフを語っているようで、さまざまな感情がそこはかとなく滲み出るのはなぜだろう。唯一無二の不思議な俳優・松田龍平。その秘密が今回のインタビューで少しだけ明らかになった。上っ面で心情を表現せず、あくまでも「セリフを自分の中にしっかり落とし込む」こと。口先でなく、体内から発せられる真実の言葉は、何よりも説得力を持つことを、松田は本作でも見せつけた。
(C) 2018『羊の木』製作委員会 (C) 山上たつひこ、いがらしみきお/講談社
映画『羊の木』は2018年2月3日より全国公開