『サニー/32』北原里英 単独インタビュー
この映画を持って卒業できることが幸せ
取材・文:坂田正樹 写真:中村嘉昭
新潟のある田舎町。内気な中学校教師・藤井赤理(北原里英)は、24歳の誕生日を迎えたその日、2人組の男、柏原(ピエール瀧)と小田(リリー・フランキー)に雪深い山麓の廃屋へと連れ去られ、監禁される……。白石和彌監督のもと、「犯罪史上、最も可愛い殺人犯」として神格化された通称“サニー”をめぐる狂気の群像劇で主演を務めたNGT48の北原里英。「涙が出るくらい過酷で幸せだった」と述懐する彼女が、座長としての重責、撮影の舞台裏、さらには卒業間近のAKB48グループに対する積年の思いを赤裸々に語った。
恋愛映画を観ていたら運命が変わっていた?
Q:Twitterで「これはわたしの人生で事件です」とつぶやいていましたが、 この作品には相当思い入れがあるようですね。
とにかく(映画公開の)情報解禁が待ち遠しかったです! 大好きな白石監督の映画に、瀧さん、リリーさん、(門脇)麦ちゃんたちと一緒に出演できて、しかも主演ですから。早くみんなに自慢したかったですね(笑)。
Q:「AKB48のオールナイトニッポン」で、秋元康さんから「北原主演の映画を撮ります」とサプライズ発表されたことにより、本作の企画につながったとお聞きしましたが。
そうなんです。実は3年ほど前に、オールナイトニッポンの放送内で発表したんですが、その後、いろいろ紆余曲折がありまして、このタイミングとなりました。ファンの皆さんも、握手会などで「映画、どうなったの?」と気にしてくださっていたので、夢が叶い、ずっと心待ちにしてくださっていたファンの皆さんにもやっと報告できたのでうれしいです。
Q:それにしても、白石組の映画とは驚きました。しかも、瀧さんとリリーさんに拉致されるかなりハードな役です。どういう経緯で決まったんですか?
秋元先生から、「ところで北原は、どんな映画に出たいの?」と聞かれまして、その頃観た映画の中で一番印象的だった「白石監督の『凶悪』(2013)のような映画に出演してみたいです」とお伝えしたんです。そうしたら白石監督が本当にメガホンを取ってくださることになって! もし、あのとき、恋愛映画を観ていたら、運命がガラッと変わっていたかもしれないですね。わたし的には、暗め、重め、エンタメ(韻を踏むように)、が大好きなので、本当に運が良かったと思います。
Q:プレッシャー、あるいは役柄に対する怖さ、みたいなものはなかったですか?
何でもやる覚悟はできていたので、役柄に対する不安はありませんでしたが、脚本が非常に面白かったので、「自分の力不足で全てを台無しにしてしまったらどうしよう」という心配はありましたね。白石監督はとてもエネルギッシュな方なので、その勢いも止めたくなかったですし。でも、いざ、現場に入ってみると、瀧さんとリリーさんをはじめ、皆さん、(映画の現場に)不慣れなわたしをとても優しく支えてくださったので、のびのびとやらせていただきました。
Q:北原さんのホームグラウンドである新潟が舞台だったことにも気持ち的に助けられたのでは?
確かにそうですね。新潟の方はとても温かくて、控え室として使わせていただいていた民宿の方から、「いつも(NGT48で)新潟を盛り上げてくれてありがとう!」と声を掛けていただいて、それも励みになりました。
感覚が麻痺して、暴力のインフレ状態に
Q:殴る、蹴る、縛られる撮影は、かなり肉体を酷使していたようですが、何が一番大変でしたか?
一番過酷だったのは、やはり、2階から飛び降りて、雪の中を(コスプレ姿で靴も履かずに)逃げるシーンですかね。生まれて初めて、痛くて、寒くて、泣きました。できれば泣きたくなかったのですが、もう、涙が止まらないくらい辛かった。でも、周りを見渡せば、キャストもスタッフも白石監督を中心に、まるで体育祭のように「一つのものをみんなで作るんだ!」という気合いがみなぎっていたので、辛いと同時に「幸せ」だとも感じて。やっぱりわたしは、映画の現場が好きなんだと改めて実感しました。
Q:本編のような緊張感というか、ピリピリした感じはなかったんですね?
瀧さんとリリーさんが気さくで常に和ませてくださったおかげもあり、全くありませんでした。白石監督も楽しそうに撮られていて、「本気で叩いても大丈夫だから」「この辺をちょっと舐めて」と過激な指示が出ることもありました。わたしも段々感覚が麻痺していったように思います。その感じが映画の内容とすごくリンクしていて、ちょうどいい具合に映像に表れていたように思います。ただ、怖いなと思ったのは、実際、罪を犯す人間もこうやって善悪の境目がわからなくなっていくのかな、ということを考えさせられた点ですね。もちろん、白石監督は確固たるヴィジョンを持って演出されていると思いますので問題ありませんが。
Q:映画では狂気乱舞している瀧さんとリリーさん、裏では相当、お茶目なんですね?
お二人とも、いい意味で力を抜いて演じていらっしゃる感じが素敵です。よく冗談で「俺たちをキャスティングした方が悪い!」とおっしゃっていますが、そのスタンスがまた、余裕があってカッコいいですよね。
Q:瀧さんとリリーさんは、性格も似たような感じなんですか?
瀧さんは、少年の心をいつまでも忘れない大人のイメージですね。リリーさんは、年齢が少し上なので、包容力のあるダンディーなイメージ。2人でじゃれ合っている姿にすごく癒やされましたし、みんなが仲良くなれたのは、瀧さんとリリーさんのおかげです。
この映画は「偶然」という名の「必然」
Q:卒業が決まっているとはいえ、NGT48在籍中に、本当に思い切った作品に出演されましたね。その勇気は素晴らしいと思います。
作品の公開と卒業のタイミングが重なったのは運命的なものを感じます。このようなチャンスは今までなかったですし、この先もあるかどうかわからないわけですから、この映画を持って卒業できるなんて幸せです。きっとこれは、「偶然」という名の「必然」ですね。
Q:AKB48グループの後輩たちに、いい背中を見せられたんじゃないでしょうか。
少し前までは、卒業後、自分が女優として成功し、「後輩たちに道を作ってあげなければ」と勝手に思っていたのですが、最近、AKB48グループの在り方も変わってきて、卒業した後のヴィジョンを持った子が少なくなっているような気がします。AKB48がものすごくブレイクしてからは、AKB48は夢の途中ではなく、「AKB48に入るのが夢」という子が増えて、センターになりたい、総選挙で上位に行きたい、という夢はあっても、その先を目指している子はかなり減ったように思います。
Q:なるほど、女の子の考え方も変わってきているんですね。
どんなカタチでもいいので、メンバーには幸せになってほしいですし、これからも夢に向かって頑張ってほしいですね。わたしは一足お先に、この作品を自分への手土産として、女優の世界で頑張っていきたいです。
自分のキャリアよりもメンバーの輝きを優先してきた北原が、「この映画は、わたしが女優になるために、手土産として持って行くもの」と言い切った。AKB48グループで過ごした10年の集大成、インタビューを通して、自己犠牲を惜しまない心優しい彼女の胸の内に“覚悟”と“闘志”が見えたのは決して気のせいじゃない。生傷だらけで奮闘する本作の北原を見れば、それがわかるはずだ。
ヘアメイク:大西麻理子(A and ON Atelier)/スタイリスト:渡邊とも子
映画『サニー/32』は2月17日より全国公開(新潟・長岡にて先行上映中)