沼映画と話題!男たちのロマンスノワール『名もなき野良犬の輪舞』監督インタビュー
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韓国で公開されるなり熱烈なファンを生み出し、日本でも公開前からTwitterでファンによる応援アカウントが誕生するなど、ハマったら抜け出せないその魅力から“沼映画”と話題を呼んでいる『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』。来日したビョン・ソンヒョン監督がインタビューに応じ、第70回カンヌ国際映画祭で特別招待作品として上映された本作のキャスティングやロマンス要素などについて語った。(編集部・吉田唯)
ソル・ギョング×イム・シワンの化学反応!
物語の主軸になるのは、ソル・ギョング(『殺人者の記憶法』)演じる無慈悲なヤクザ・ジェホと、イム・シワン(『弁護人』)ふんする刑務所の新入り・ヒョンスという二人の男だ。この二人によって映画の成否が決まると言っても過言ではないほどジェホとヒョンスのキャスティングは重要だが、ソル・ギョングとイム・シワンは見事な化学反応で映画を引っ張っていった。果たして、キャスティングの決め手は何だったのだろうか。
「ソル・ギョングさんは僕が映画の道を進もうと思っていた頃から、自分にとっては偶像的な存在の人でした。今回こうやってご一緒できて夢がかないました。シワンさんのことはドラマ『ミセン -未生-』を通して知りましたが、『こんなに良い俳優さんがいるんだな』と驚いたことを覚えています。キャスティングできて本当に良かったです。ヒョンスはルックス的にも美しさが必要だと思っていたのですが、そういった意味でもシワンさんの印象はヒョンスの役柄にピッタリ合っていると思いましたし、ルックスだけではなくて演技の面でもシワンさんの演技は人を共感させる演技力を持っていると思います」
世代を超えて固い絆で結ばれていくジェホとヒョンスの絶妙な距離感は、「タメ口」交じりのセリフにも表れている。一歳でも年上なら敬語を使うのが常識の年功序列社会である韓国で、ヒョンスは年齢差のあるジェホにタメ口交じりで話しかける。その行為が許されているということ自体が、二人の信頼関係を端的に表しているのだ。
「実際にお二人の年齢の違いは自分にとって一番大きな問題でもありました。当初はシワンさんもタメ口を使いづらいなと感じた部分もあったと思います。ソル・ギョングさんとシワンさんほどの年齢差がある人にタメ口を使うのは日本でも問題になると思いますが、韓国でも文化的にやはり難しいことでした」
そこで、二人の年齢差を感じさせないようにするために監督は最初にシワンにある依頼をした。韓国では「ソル・ギョング先輩」といった風に、年上の相手の場合は名前の後に「先生」「先輩」「兄さん」などを付けるのだが、監督はシワンにソル・ギョングを「先輩」ではなく、もっと身近な感覚で年齢差を感じさせない「兄さん」と呼ぶように伝えたという。
「シワンさんは『正しい』という言葉がピッタリと合う人でもある反面、ちょっと意外で唐突なことをするところもある人で、(監督には)『いやそんなことできないですよ。どうやってそんな風に呼べるんですか』と言っていたのですが、ソル・ギョングさんと最初に会った時の挨拶からもう『兄さん』という言葉が出ていたはずです。ただ、劇中では最初からずっとタメ口なのは観客に違和感を与え得ると思ったので、丁寧語とタメ口をうまく使い分けることをシナリオ段階から少し意識していました」
また、二人の距離感に関しては俳優二人の力が大きいと監督は語る。
「それぞれのキャラクターを理解して、二人がどういう距離感を維持すべきかを、私がディレクションする前からお二人が理解してくれて、むしろ俳優さんから僕にそういう話をしてくれることがあったと思います。だからお二人それぞれが、自分の演じるべきキャラクターにうまく同化してくれました」
ヒット作『新しき世界』とは異なるスリル(この章はネタバレを含みます)
物語のターニングポイントとなるのは、ヒョンスが潜入捜査官であることをジェホに告白するシーンだ。すでに潜入捜査映画はジャンルの一つとして確立するほど多くの作品が生み出されてきた。中でも韓国では、日本でも多くのファンを生み出したヒット作『新しき世界』(2013)が記憶に新しい。本国公開時にはその題材ゆえに『新しき世界』を思い浮かべた観客も少なからずいたようだが、ビョン・ソンヒョン監督はそうした既存の潜入捜査ものと本作の差異について次のように説明した。
「『新しき世界』のお話が出ましたが、『インファナル・アフェア』や、ハリウッドではアル・パチーノが出演した『フェイク』など、アンダーカバー(潜入捜査)を素材にした作品はいつも魅力的だと思います。実際に『新しき世界』を観て自分もアンダーカバー映画を撮りたいと思いましたが、当初は周囲の人たちが反対しました。ありふれた作品になってしまうのではないかという意見もあったのですが、自分はあくまでも今までと違う作品、違うストーリーの映画が撮れると主張しました。アンダーカバー映画の妙味は、やっぱり『いつか相手にバレてしまうのではないか』とハラハラするスリルの部分だと思うのですが、じゃあそのスリルを超えて、今度は逆に告白してしまったらどうなるんだろうと考えました。自分の知る限り、潜入捜査官が自分は警察だと告白してしまう作品はなかったと思います。だから、本作においてはドキドキするスリルよりも、むしろ自分から告白してしまって、その後に二人の関係性はどうなるのか、その二人の感情やメロドラマをこの映画のベースに置いてみようということで、他の作品とも差別化を図ってシナリオを書いていきました」
『名もなき野良犬の輪舞』は“ロマンス映画”だ
華麗なアクションシーンもある本作は一見スタイリッシュなノワール映画のようでもあるが、実は男たちの“ロマンス映画”でもある。実際に、韓国の公開時には親密な男性同士の関係を表す「ブロマンス」という言葉が紹介に使用され、監督も“ロマンス映画”として本作を撮ったと認めている。
「本作にはクィア(性的少数派)の要素というものを入れたいなと思いました。もちろんそれを十分に見せるだけの要素はたくさんは入っていないと思うんですが、映画の所々にそれを入れているんです。例えば格闘シーンや、エレベーターの中で何か持っていないか探る少しセクシャルなものを感じさせるシーンなどが出てきたりします」
そして、このロマンス要素に対する観客の反応を、監督は次のように振り返っている。
「映画を観ても男性はあまりそういう要素があることに気付かない人が多いようなのですが、女性の方が気付くようで、中でも若い女性はそういうところをうまくキャッチしてくれているみたいです。映画完成後に行ったブラインド試写会では、女性の点数も決して低かったわけではありませんが、男性の方がより高い点数をつけてくれました。ただ、試写会に参加した数百人の中で、この映画はメロドラマであるという評価を出した人は一人もいませんでした。その時に自分がこの映画の中でベースに敷いていたメロドラマ的な要素というのはちょっと失敗したりもしたのかなと思ったのですが、実際に映画が公開された後に女性が主流のファンの集まりというのができました。映画関係者はむしろこの映画の中にメロドラマ的な要素があるというと驚く人もいるくらいなんです。少なくともそういう要素を感じとっていただけなかったとしても、この作品を一本のノワール映画として楽しんでいただければなと思いますし、そのノワールの中に実はメロドラマ要素が含まれているということを感じていただけた方にはより楽しんでいただけるんじゃないかなと思います」
ビョン・ソンヒョン監督は、前作『マイPSパートナー』ではセクシャルな男女のやり取りを軽快な会話で描いた。先述の通り、本作でもセクシャルな印象を与えるシーンが登場するが、今回はあくまでも隠喩的な表現に徹することを意識したという。
「人間なら誰しも性的な部分に関心があると思います。前作では主にそれをセリフや行動で直接的に目に見える形で表現していました。一方、本作においてはそういうセクシャルな部分が表面的にならない方がいいなと思いました。一度観て感じとれるものではなく、『アレ? これはいったい何なんだろう? この感情は何なのかな?』という風に感じてもらえるような表現にしたかったんです。全体の流れから見ても、やっぱり二人(ジェホとヒョンス)の感情が大きく揺れ動いて初めてこのストーリーが成立するわけで、二人の感情をセリフなどで直接的に表現するのではなく、俳優たちの表情や行動、カメラワークといった隠喩的な方法で表現することを考えました。ですから、演出上はむしろ前作よりも本作の表現方法の方がより難しい演出になったと思います」
根底にある“人間関係”と“罪の意識”
デビュー作の青春音楽映画『青春とビート、そして秘密のビデオ』、その次作にあたるラブコメディー『マイPSパートナー』とはまったく趣が異なるノワールというジャンルへの監督の挑戦は話題を呼んだ。しかし、違うジャンルではあるものの、本作も過去の作品と同じく、「相手を信じることができるのか」という問いがテーマになっている。
「僕の場合はシナリオや文章を書いていくと、やっぱり人間関係について書いていくし、人間関係からくる罪の意識というものがその文章に表れるみたいです。自分の中でこういうものを書こうと意識しているわけではないのですが、シナリオや文章を書いていくとどうやらそういう方向へ向かうようです。自分自身では作家主義の監督だとも思っていませんし、一つの映画を通じてこういうことを伝えたいという考えを持って書いているわけでもないのですが、書いていくと自然に人と人との信頼や罪の意識について書くことになりますね」
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映画『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』は公開中